第61話 幼女、美しく咲き誇る
ドロワ平野の元前線基地で一晩を明かしたベラドンナ傭兵団は朝方には支度をしてモルソンの街へと向かい、昼を過ぎた頃には街へと辿り着いていた。
そして、彼らを待っていたのはベンマーク商会のコーザの使いであった。昨晩に街へと戻った商人たちに頼んだ言伝は正しくコーザに伝わっていたようである。
「此度の戦はご苦労様でした。おかげさまでこちらも随分と稼がせていただけましたよ」
ベンマーク商会所有の館で待っていたコーザが笑顔でベラを迎え入れる。そしてコーザの使いが通した部屋は、装飾華美な内装をした立派なものであった。
その光景に一緒に通されたパラはデイドンの元で慣れているのか特に反応もせず、護衛としてついているバルもまた興味がなさそうな顔をしていた。そんな中でベラだけはいつもよりも陽気な笑顔でコーザに口を開いた。
「はっ、趣味の良い部屋じゃあないか」
「貴族様専用のお部屋なんですよ。その、ベラ様は女男爵となられましたからね。こうした商売では身分に合わせた部屋の格というものもありますので」
コーザの言葉にベラが「ヒャッヒャッ」と笑う。
そして、コーザの言葉通りにベラはすでに男爵の爵位を得ていた。その証拠にベラの胸にかけられた竜心石には金の装飾が付けられており、それこそが貴族の証となっていた。そこにその身分を認めたデイドン・ロブナールの名も刻まれているのだ。
また、その地位を得たことにより特別何かがあるわけではないのだが、こうしてコーザに貴族専用の部屋へと案内されているようにベラ自身の立ち位置は平民の頃とは違っていた。
「こそばゆいねえ。まあ、もらえるもんはもらっておくのがあたしの主義さ。邪魔なら捨てるけどね」
そう言って胸の竜心石を弄びながらベラはコーザに視線を向けた。本日の目的はベラが得た戦いの報酬として得た地位を祝ってもらうためではない。ベラがここに訪れたのは、前線基地とババール砦で倒した鉄機兵の残骸の換金や、デイドンの報酬金などをあるものに換えるためである。
「それで、約束のものは揃ってるんだろうね」
「ええ……」
コーザが後ろにいる従者に視線を送ると、従者は一歩前に出てコーザに対して持っていた黒い箱を手渡した。
「こちらにございます」
そう言ってコーザはテーブルの上に黒箱を置いて、箱を開ける。
「これは……」
事前に聞かされていなかったパラが驚きの顔をした。
「なかなか大粒を揃えてくれたみたいだね。しかし、よくもまあ……あのときは口約束だったから半分も用意できないとは思ってたんだけどね」
ベラがコーザに依頼をかけたのは前線基地で勝利をあげた後のことである。ババール砦・鉱山街攻略もまだできてはいなかった。
「活躍なさってくれるとは信じておりましたから。しかし、それでも足りなかったのは申し訳ないですが」
ベラの言葉にコーザが肩をすくめる。黒箱に入っていたのは宝石であった。鉄機兵の残骸などにより、鉱物の単価が低い世界ではあるが、魂力で生成できるような一部のものを除けばこうした宝石類は逆に高騰化しており、換金性の高いものとしても重宝されているのである。
「鑑定書も共に。この街とコロサスとで併せてかき集めさせていただきました。指定通りに、すべて指輪に加工してあります」
「ああ、そうだね。これが欲しかったんだよ」
ベラはワシャワシャと指を動かすとさっそく、箱から宝石の指輪を取り出して指にはめ始めた。リングのサイズはそれぞれが子供の指に合わせたものになっている。
もっとも幼女の指に収まっても玩具には到底見えない本物の輝きを放っており、片手だけで鉄機兵一機分には相当する。そんなものを身に付けていては例え無謀であっても襲いかかる輩もいるだろうとはパラにも推測できる。
そんなシロモノをおもむろに身に付け始めたベラにパラが一言何かを言おうとしたが、横にいるバルの表情を見て思い留まった。バルは笑っていたのだ。
目の前のラーサ族の剣士は恐らくパラと同様の結論に行き着いたのだろう。その上で笑っているのは、襲われることを期待しているのだろうと。寡黙な男ではあるが、目の前のソレは人斬りであるのだ。同時にパラは一瞬忘れていたが、目の前の幼女がその姿のままの存在ではないことを思い出した。そして、戸惑いの顔を見せているパラの心を見透かすようにベラが声をかけた。
「パラ、どうだろうね。綺麗だろう?」
「は、はい」
ベラは後ろを振り向き、己の指にはめられた宝石たちをパラに見せる。それに対して従者としてはあるまじきだが、僅かに遅れてパラはベラの言葉に頷いた。
「これひとつひとつが、あたしらが殺した連中の血の結晶だと思えば、なかなか感慨深いモノがあるんじゃないかい」
「ええ………そ、そう、思います」
パラの言葉にベラが「あーそうかい」といつも通りに笑う。ベラはこのパラというエルフの青年のそうした戸惑う姿を見るのは嫌いではなかった。他の奴隷連中にはない新鮮さがあった。
「それとですね。代金に足りなかった分の金額は金のインゴッドで纏めておきましたが……」
そして、コーザが言葉を続けた。これもまた宝石と同様になるが、金は魂力によって精製ができない金属のひとつであり、金銭価値としてもオリハルコンに準じるほどに高いものであった。
「この国を発つおつもりですか?」
コーザがそう訪ねるが、ベラは肩をすくめて首を横に振った。宝石も金もルーイン王国紙幣とは違い、他国においても換金しやすいモノであり、外に出る者がよく揃えるものでもあった。
「いんや。今のところはないね」
「左様ですか」
コーザが若干ホッとした声で返す。
もちろんコーザにはベラを拘束する権利などないが、ベラが戦場で稼いだように、ベラを見出して一足早くに近付いたコーザの方の懐も当然潤っていたのである。コーザにしてみればベラはまだまだ稼げる飯の種でもあった。
「ま、うちは人数も少ないし金を管理するのも面倒でね」
なるほどとコーザも頷く。
「そうした類の人間を用意することもできましょうが?」
「今はいいさ。こっちのパラに任せるつもりだしねえ」
ベラの言葉にパラが頷いた。奴隷という立場ではないため自由も多く、また、ここまでデイドンに仕えていたという実績もある分パラは対応できることも多い。
「それにね。やっぱりキラキラしてるもん持ってる方が楽しいじゃあないか」
「なるほど。ベラ様は装飾品にも興味がおありなのですね」
コーザの言葉にベラが口をとがらせる。
「意外そうな顔をするんじゃないよ。今までは懐の問題があったから手を出さなかっただけさ。女なら誰だって綺麗に着飾っておきたいものだろう?」
そう言いながら、すべての指にはめた指輪をコーザへと見せつける。そのひとつだけでも貴族の婦人が喜ぶような代物だ。その姿を見てコーザは以前に聞いた話を思い出した。
「確か、クィーン・ベラドンナや怪神リディアなども戦場に豪奢な格好で着飾って出ていったと聞きますが」
「女である以上は当然の心構えってぇヤツだ。おかしなことじゃあないさ」
ベラは当然とばかりに頷くと、それからコーザは後ろに控えているもうひとりの従者が持っていたウォーハンマーを受け取り、ベラへと手渡した。ソレを握ったベラが、グルンと振るって笑顔を見せた。
「はっ、悪くないもんだね」
「苦労しましたよ。オリハルコン製の剣ならそれなりに出回ってもいますが、ウォーハンマーとなるとほとんどありませんでしたから」
稀少鉱物オリハルコン。その強靱さからドワーフの特別な製法しか武具へと加工できぬものだ。
材質が変わったからといってそれで威力が増すと言うこともないが、鉄機兵の膂力であっても破壊されぬ硬度と換金性の高さは魅力的なものがあった。
「それと、ベラ様の要望通りに鉄機兵用のカタナもそれなりのものをご用意させていただいております」
その言葉には横にいたバルの表情がピクリと動いた。
「主様。それは……?」
「ま、今のナマクラじゃあやり辛いと思って用意しておいたのさ。もっとも、頼んだときにはここまで不甲斐ない結果になるとは思っても見なかったけどね」
バルの表情が固まる。ここまでにも幾度となく鉄機兵を壊しているバルは失点が続いている状態だった。周囲から見ればベラに次いでの実力者であるバルは一目置かれているが、ベラから、そしてバル自身から見れば、実力に見合った成果とは見ていない。
「その原因が使ってるのがナマクラってこともあるだろうからね、まあ、次は挽回しな」
「ハッ、かたじけない。次こそは必ず」
バルがそう言って深々と頭を下げた。それをベラがニタリと笑う。
「期待してるよ。次はすぐにあるんだからね。ねえ、コーザ?」
ベラの投げかけた視線にコーザが頷いた。その二人の反応をバルと、状況の把握できていないパラが首を傾げる。
「それで例のものは見つかったんだろう?」
ベラがズイと顔をつきだしてコーザを見るとコーザが強く頷いた。
「ええ。バル・マスカーの以前の鉄機兵についての情報は手に入っておりますが、少々難儀ですよ?」
その言葉にバルの瞳が見開かれる。バル・マスカーのかつての鉄機兵。それはラーサ族で育て上げた百年モノの『ムサシ』という鉄機兵であった。
唐突に訪れたかつての愛機の話に、バルは怒気を露わにしてベラを睨みつけた。
次回更新は7月31日(木)0:00予定。
次回予告:『第62話 幼女、目的地を告げる(仮)』
お手々にキラキラ嬉しいな。幼女も笑顔でご満悦です。
でも大きなお友達は少し機嫌が悪いみたいです。
こんなときは魔法の言葉が必要かもしれませんね。




