29 祝!離婚成立
時間は少し戻って家庭裁判所での話だ。
顔以外に良いところを探す方が難しい、私の元夫ノア・ベルナールだが、不摂生が祟ったのか、最近ではその顔も美しさに大分翳りが見えてきていた。
だからと言って微塵もミジンコ程度にも同情出来ないし、何の感情も動かないわけで、とにかくさっさと済ませてしまいたい以外思うことはない。
離婚協議という段階は勿論お話にならず、裁判になっていた。
何しろ相手は人間の形をしているお猿さんなので、キーキー威嚇するしか出来ないのだ。あらやだお猿さんに失礼だったわ。
多分、脳みそがヘチマみたいにスッカスカな宇宙人の方が適切な表現だろう。
宇宙人の親は宇宙人なので、義母ももれなくキーキー語を話す種族なのだが、「何故か」今は檻に入っているので、直近の裁判はスムーズだった。
そもそも愛する息子チャンの裁判だからと言っても、その息子はもう二十六なのだ。
小学校の発表会をハラハラ見守るでもあるまいに、何故か毎回無理矢理付いてきては、待ち合わせで大暴れしていたのが今まで異常すぎたのだ。
ヘチマ脳みそな息子チャンが義母に付き添い人として付いてきてもらえるということは、私も自慢の社員たちを連れて行けるということである。
前回は家庭裁判所の入り口に入ってすぐの場所で、
「ベルナール家を抜けようだなんて恥知らず!」
「離婚だなんて、ましてや女の方から離婚しようだなんて、常識知らずにもほどがあるわ!」
「お前のせいで、ノアちゃんの戸籍とキャリアに傷がついたわ!これだけ家に損害を与えて、ただで済むと思っているの?!」
とまあよく動く口で喚き散らしていた。
「そうですね!恥知らずですし、常識もない嫁ですから、これはさっさと離婚しましょう!すぐに成立させましょう!
ところで、『ただで済むと思っているの』という言葉は脅迫ですかね?そんなに会社が苦境でいらっしゃいますか?」
と私は事実を確認し、双方のメリットがある落とし所に向けて提案したのだが、義母は竹の扇子を振りかぶってきた。
相変わらず小物の使い方を学ばない人だ。
紅茶のカップや扇子や皿や花瓶は投げるものではないというのに。
今までは、動物園の猿が観客に向けて食べかすを投げようとするのと同じように、義母が歯茎をむき出して物を投げようとすると、体を左右に動かして避けていたのだが、今はその必要がない。
私の両脇をガッチリ固めている優秀な社員がいるのだ!
義母と同じか、あるいは少し年上の元軍人のおじいさまたちは、それをただ手を上に上げるだけというような無駄のない動作で受け止めていた。
「奥様、扇子をお忘れのようですよ」
そう義母に戦術を手渡すと、ロマンスグレーの元軍人のおじいさまはウインクなどもしてみせた。全く余裕綽々である。
家の名前を笠に着て、女性の社交界という狭い世界の中だけでボス猿をしていた義母と、戦ってきた場所がまるで違うのだ。
あの時、義母は何か言いたげに口をパクパクしていたけれども、何を言ったところでこの人たちに勝てるわけがないと野生の勘で悟ったのか、肩を怒らせて私に向かって、息子そっくりのスカスカな脳みそで思いつく限りの罵詈雑言を叫んでいた。
「まあベルナール侯爵夫人様ー!そんなお下品な言葉を、こーんな大勢の方がいらっしゃるところで大声でお話になって、私恥ずかしいですわあ!」
「家の名前を出すんじゃないわよ!」
実際にはあまり周りに人はおらず、職員や、今日裁判を控えている人々の関係者だろう方々がまばらに歩いているくらいだった。
だが義母は他人からの視線にだけはやたらと反応するので、慌てて控室に引っ込んでいった。
ノアはと言うと、もう二十六になっており、立場上は大きな会社の役員であったはずなのに、肩書上は公爵であったはずなのに、小学校の入学式でママと離されてどうしていいか分からない子供のようにオロオロと視線を漂わせた後、母親について部屋に入っていった。
「鴨の子でしたっけ?親の後ろをくっ付いて歩く鳥って」
私の問いに、弁護士ポールも警備員たちも、一瞬の間の後、ブフッと吹き出していた。
「鴨……!あの短い足でテクテク道を歩いてるあの……!」
「確かに『お母さん待って〜』って感じでしたけど……!」
しばらく皆身体をプルプルさせていた。我が社は笑いのツボが広い人間が多いようだ。
◇◇◇
そんな前回と比べると、今回は非常にスムーズだ。
晴れて私は独身に戻ることができた。
口頭弁論でヘチマ頭猿が何か言っていたけれど、会社の書類上の氏名変更にかかる手続きの煩雑さを考えていて、よく覚えていない。
さあ、諸々変更しなくては!と意気込んでいた。




