【閑話】ジャッド・デュラン伯爵令嬢について
ジャッド・デュラン伯爵令嬢について。
【ロミ・シモン男爵令嬢の証言】
ジャッド・デュランは貴族学校の幼稚舎から中等部まで同級生だった。けれど一度も距離を近付けることはなかった。
彼女はずっと一人異質だった。
正直言って幼稚舎の頃は私が幼すぎてあまり記憶がないのだが、初等部の頃にはいつも一人だったと記憶している。
私の家を含め、祖父世代では戦後の混乱を経て家ごとに大きく方針が異なるようになった。
一口に貴族と言っても多種多様な考えがある。
今ある貴族としての財産を活かしてビジネスで成功するか、それを卑しいときら嫌いプライドと共に没落するか。
復興のためなら女性も活躍すべきという意見に賛成するか、女性は控えめにすごさねば恥ずかしいと否定するか。等など。
子供にとって面倒なのは、家の中で大人の意見が異なることだ。
祖母や母世代の貴族女性たちは、女性の社会進出を、ガツガツと前に出て恥ずかしいと捉える人たちばかりだった。
それが正しいと長年教育され続け、周りもそうなのだから、今更考えを変えるのは難しいのだろう。
だが子供にとっては、祖父や父、国は女性活躍を推奨し、祖母や母は否定するかとなると混乱する。
どう動けば良いのか迷って、とにかく安定を得るために、周りの大人が全員一定納得するように、家の事業の糧になるような男性との縁を求める同級生の女子たちはとても多かった。
祖父や父たちだって、国が謳い文句にしているような女性が役職持ちになるような活躍は望んでいない。
そこはまだ「女のくせに出しゃばって」という根強い固定観念がある。
ならば、祖母や母が望むような良いお嫁さんになるために良い伴侶を。
祖父や父が望むように家の事業に貢献出来る人材の発掘、つまり良い伴侶を。
けれど自身は表に出ず、あくまで夫のサポートレベルでの仕事による社会進出を。
上記を言語化出来なくても、子供たちは無意識の内に実行していた。
そんな同級生の女子たちに交わらず、ただ一人自分の道を歩んでいたのがジャッドだった。
花畑にいるかのように錯覚する、美しく着飾った同級生の中で、極めて素朴で何の飾り気もなかった。
それでいて、ただ後ろで括っただけだったり、バッサリと文房具の鋏で切ってしまった顎下までの髪も似合ってしまう。
雪のように白くくすみのない肌や、皮を剥いたばかりの瑞々しい果実のように澄んだ丸い瞳も、窓の外を眺めて少しばかり開いた唇の隙間さえ、美しかった。
私たちは教師に注意されないように仲間内で何度も作戦会議をしてお粉をはたき、こっそり持ち込んだ母の口紅を薄く指で塗って、チークの代わりになると言えばお互いにピチピチ頬を叩いたりして。
朝はどんなに眠くても早く起きて、髪を梳かして念入りに香油を塗って寝癖を整えて、三つ編みくらいしか許されない髪型の中で、どうしたらお洒落に見えるか必死に工夫して編み込んだり、逆に真っ直ぐに整えたりして。
情報源のお洒落な雑誌は購入を禁止されている家がほとんどだから知らない所持している女子とお友達になるところからアレコレ考えて。
そんな風に同級生が必死に頑張っている努力を、あくびをしながら軽々と飛び越えていくような人だった。
ジャッドは男性との婚姻も、男性に媚びる女子にも興味はないと言わんばかりで、ただただ学問に邁進していた。
そういう子はたまにいるだろう。本の虫とかガリ勉とか言われて、大抵流行りに敏い子たちに少し馬鹿にされるのだ。
ただジャッドに場合は、それが馬鹿に出来る雰囲気ではなかった。ただ成績を良くしたいのではないような、もっと先を見据えているような、子供ながらに少し目線が違うと思わせるものがあった。
オドオドとして身体を丸めるなどということは一度もなく、いつも背筋を伸ばして長い脚で闊歩していた。
気に障る子が多くて、嫌がらせもされていたけれど、それすら微塵も気にしていないようだった。
私を含め結婚相手探しに余念のない女子から持ち上げられて調子に乗った男子から、上から目線で告白でもされれば、どれだけ相手の爵位が上でも冷たい視線をくれるだけで、断りの文句すら言わなかった。
怒った男子の一人が、休み時間に教室でジャッドを打った時は大問題になった。
令嬢の顔を男子が打つなんて信じられない行為だ。
男子はジャッドが自分を無視したと言っていたけれど、初等部で告白なんて色気付いたことをしているのに貴族の親たちは引いていたし、それでもしジャッドが了承していたら小学生の母なんてことになりかねないと逆に男子が怒られていた。
無視しなくてもいいとか何とか言っていたが、どうせ断ったら断ったでこの様子では納得するまい。
男子に顔を打たれて、親まで謝罪に出てきて大騒ぎの割に、ジャッドは落ち込んだ様子もなかった。深窓の令嬢ならベッドからしばらく出られないなどとなりそうだが、ジャッドには無縁の言葉のようだった。
あの子は私たちとは違う。
きっと心の臓が鋼で出来ていて、傷つくことなどないのだろう。
◇◇◇
「二十代も半ばの子爵夫人の言葉とは思えないですね。あまりにも幼い」
「この国の女性のレベルはこんなものです。学ぶ機会がなかったのですから、疎まれても自分から学びに行ったジャッド・ベルナール侯爵夫人が珍しいのですよ」
ゴミゴミとした敗戦後の突貫工事で増えた雑居ビルの一室。何屋なのかよく分からない看板を掛けた会社の社員の男たちが最近上がってきた調査書の一つを読んで溜め息を吐いた。
「で、その稀有な才女を攫って手籠にしろって?姑さんが?地獄だなこの国の女性のレベルは……。これが由緒正しい貴族女性様のやることかい?」
「何が正しくて何が正しくないのか。基準が自分たちと同じか否かしかないんでしょうね」
男たちはガタイがよく、そして身体に残る傷跡から戦争に出ていたのだろうと推測できた。
「まあ、戦争が終わってお払い箱にされた後、こんな仕事してる俺らが言ったことじゃないわな」
そう言って男の一人が、ペンを手に取り指示書を書き始めた。
ジャッドを心身共に傷つけるためだけの指示書を。




