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異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
帰郷編

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第90話:新橋警察署・地下金庫の『共鳴鍵』。100年前の録音盤と、アステリアの真実

第90話:新橋警察署・地下金庫の『共鳴鍵』。100年前の録音盤と、アステリアの真実


二〇二六年八月二六日、午後二時。

 新橋警察署、地下四階。通常、署員さえ立ち入ることのない旧式の証拠品保管庫の奥に、その重厚な鋼鉄の扉はあった。

 山本警部から預かった「封筒の刻印」こそが、この扉を開くための唯一の譜面スコアだった。

「……ハンス。聴こえるか。……この厚さ三十センチの鋼鉄の向こうから、一世紀前の『静寂』が漏れ出している」

「……ええ。……アステリアの王宮に眠る古文書の山と同じ、重苦しい歴史の匂いがします」

 エルナは、手に入れたばかりの**『彗星銀』**を扉の鍵穴ではなく、その「面」へと垂直に押し当てた。

 

 ——……チチチチチッ……。

 封筒の裏に刻まれていた極小の突起。それを彗星銀の微細な振動で読み取り、扉の分子構造へと逆位相で叩き込む。

 

 ——ゴゥゥゥゥンッ。

 無機質な電子音ではなく、巨大な歯車が噛み合う重厚な駆動音と共に、扉が開いた。

 部屋の中央に鎮座していたのは、一九二〇年代のものと思われる、真鍮製の巨大な「音響増幅型蓄音機」。そしてその傍らには、何枚もの「琥珀色の円盤シリンダー」が並べられていた。

「……これは……!? 蓄音機の盤ではない。……アステリアの『記憶石』を、当時の技術でレコードに加工したものか!」

 エルナは、震える手で一番古い円盤を蓄音機にセットした。

 針を落とした瞬間、激しいスクラッチノイズの向こう側から、一人の女性の「歌声」が響いてきた。

『……聴こえますか。……未来の新橋を守る、音の騎士よ。……私たちは、アステリアの滅亡を逃れ、この新橋の地下に、最初の「出汁」の種を蒔きました……』

 その声は、エルナの絶対聴覚が知る「アステリア初代女王」の周波数と完全に一致していた。

 百年前。アステリアから新橋へと渡った先遣隊は、この街の「食の豊かさ」に、音響文明の未来を託していたのだ。

「……そうか。……パノプティコンが狙っていたのは、この蓄音機に隠された『根源の出汁ルート・スープ』の配合比率だったのだな」

 蓄音機が奏でる旋律そのものが、新橋の地下水と素材を組み合わせ、アステリアの魔法をも凌駕する「奇跡のスープ」を作るためのレシピになっていた。

「……エルナ様、大変です! 蓄音機の振動に反応して、警察署のモニターが……!」

 ハンスが指差した先。地下の静寂を破り、部屋のモニターが強制起動した。

 そこに映し出されたのは、新橋駅前広場で、再び集結し始めたパノプティコンの「音響軍」の姿。

 

 彼らはもう、隠れるつもりはない。

 百年前の真実が暴かれた今、彼らは「根源の出汁」を強奪し、東京を完全にパノプティコンの植民地へと変えるための総攻撃を開始しようとしていた。

「……警部! ……地上の指揮を頼む! ……私は、この百年前の『歌』を抱えて、奴らの喉元に叩き込みに行ってやる!」

 エルナは彗星銀を強く握りしめた。

 アジフライの熱が、まだ腹の底で燃えている。

 新橋の過去と未来を繋ぐ一膳の箸。その真の役割が、いま最終局面で明らかになろうとしていた。

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