9 決着
「ほーーーーーっほっほっほ! 勝負ありましたねえ!」
攻撃がヒットし、緑の悪魔が高らかに笑う。
しかし勝利の余韻も束の間、カマキリ男の目の前からゼロの姿が霧のように消えていく。
「なっ……! 残像……だと!? ヤ、ヤツはどこへ……」
ゼロの姿を探すべく、カマキリ男が顔を横に向けた瞬間。
「じー」
カマキリ男の肩に立ったゼロが、怪物の血走った眼をのぞきこむ。
「ぬわあっ!?」
少年と目が合った瞬間、カマキリ男が後ずさる。
そのはずみ、ゼロは悪魔の肩から軽やかに飛び降りて、怪物の足元に着地する。
少年は何事もなかったかのように怪物を見上げて。
「いままでの戦いでわかった」
そこまで言うとゼロは怪物を指さす。
「お前、A級悪魔の中でも結構強いほうだな」
それは本心からの言葉。今までに数多くのA級悪魔を倒してきたゼロだが、このカマキリ男という相手は、その中でもそこそこ強い部類だった。ゼロとしては純粋に相手を称賛したつもりだったのだが……。
悪魔は頬をピクピク震わせ。
「なめるなあーーーーーーーーーッ!」
怒りに顔を歪ませた怪物が、巨大な足で蹴りつけてきた。
「――!」
散々、上段攻撃を放った末の、不意打ち的な下段攻撃。唐突な攻撃パターンの変化に、ゼロは、まるで反応できない。無防備な腹に、緑の足裏がクリーンヒットする。
ゼロの、はるか後方、クレーターの向こう側にいるサーニャの顔がサッと青ざめる。少女の視線の先で、少年の背中が浮かび上がる。
「まずい! モロだわ!」
体重60キロのゼロの体は、その重さを感じさせない恐ろしいスピードで、はるか彼方へ吹っ飛ばされる。受け身も取れずに背中から大地に叩きつけられる。全身に衝撃。華奢な体が、地面を勢いよく転がる。さんざん大地を転がった後、その体は次第に減速し、クレーターに落ちる寸前でやっと止まった。静止した少年は、仰向けに倒れたままピクリとも動かなかった。
「おっと残念。ホールインワン賞は、おあずけですねえ」
嫌味な顔で、くつくつと笑う怪物。攻撃が命中したことで、怪物は上機嫌だった。
そのとき、クレーターの縁に倒れている少年の指先が、ピクリと動く。
「ほほー。あの攻撃を受けてまだ息があるとは。人間の分際でタフですねえ。しかし大ダメージは確実。ひとおもいに殺してあげましょう」
怪物はゼロにトドメを刺す気らしい。
と、倒れているゼロがムクリと体を起こり、無言で立ち上がる。
倒れたはずみに服に土や砂がついてしまったようだ。パンパンと払って衣服をきれいにする。念のため全身を確認する。とくに漆黒のマントを入念に。
「よかった、やぶれてない」
お気に入りのマントにキズが無くてホッとする。
「バ、バカな! なぜ立ち上がれる!?」
渾身のケリをモロに食らっても、少年はピンピンしている。
カマキリ男のカマ先が震える。
(震え? この私が?)
カマキリ族のエリートは、たった一人の人間ごときに恐怖していた。
「ふざけるな! おのれ人間ごときが! 後ろの娘もろとも消し去ってくれるわッ!」
恐怖をかき消すように、カマキリ男は全身を怒りで塗り固める。その全身はワナワナと震え、今にも飛びかかってきそうだ。
その時。
ゼロは怪物に向かって、無言で右手を突き出す。
今まで攻撃らしい攻撃をしなかったゼロの異変。悪魔はピタリと動きを止める。
「なんだ? あんな遠くから、なにをする気だ?」
不審がる怪物に対して、ゼロはなにもしない。構えたまま、ただじっとしているだけで、次の行動に移らない。
(ふん。奴はおそらく魔法使いではない。であればあんな遠くからできることなど、なにひとつ無い!)
悪魔は笑う。
「クックック。ハッタリ野郎め。冷静に考えればキサマはさっきから逃げ回っているだけ。どうせまともな攻撃など、できんのだろう?」
そして見下すような目を少年に向けると、続ける。
「そもそも私の防御は鉄壁! 人間ごときの攻撃では、キズ一つつけられんぞ! さあ、やれるものならやってみなさい! ほーっほっほっほ!」
勝ち誇ったように笑うカマキリ。
ゼロは冷静な口調で。
「そこ、間合いだぞ」
「……あん?」
その瞬間、ゼロの右手が光り輝く。手のひらから鈍く輝く剣先が現れ、空に向かって斜めに伸びる。剣は、一瞬のうちに少年の背丈を超え、さらに怪物の背丈さえもあっさりと超えてしまった。
「なにいっ!?」
驚愕する怪物。超巨大サイズに成長した剣は、怪物の視界を完全に遮る。
巨大なカマキリ男の、さらに数倍はある超巨大な塊が、空に向かって斜めにたたずむ。
「バ、バカな! なんだこれは!?」
鈍く輝く銀色の塊は、先端が鋭利にとがっている。その下には刀身が続き、さらに下は柄になっていた。
「こ、これは……剣!?」
目の前の巨大物質が剣であることに、怪物はやっと気づく。
それはデタラメに大きな剣。あまりにも巨大すぎて一目見ただけでは、それが剣であることに気づくことさえ難しい。
超巨大剣は太陽の光を完全にさえぎり、カマキリ男の全身を闇のような影で覆い隠した。
「勇者の剣ッ!」
ゼロの叫び。同時、剣がカマキリ男の全身に襲いかかる。まるで規格外のその武器に、カマキリ男は、なすすべもなく、剣の下に姿を消していく。
「ぐわーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
草原にこだまする怪物の絶叫。
勇者の剣が作り出した、すさまじい風が、草原のかなたへ駆け抜ける。
剣は大地に接触していない。叩きつけてしまうと草花がつぶれるからだ。ゼロは勇者の剣の根元を片手で持ったまま、宙に保持している。
すると巨大な剣が、突然、煙のように消えていく。剣が完全に消滅すると、つぶされたはずのカマキリ男は見当たらない。かわりに、さっきまで怪物がいた場所には、キラキラと光り輝く、手のひらサイズの玉が落ちていた。
「ウ、ウソでしょ!? A級悪魔を、たった一撃で!」
サーニャがクレーターの向こう側で驚いている。
ゼロは、大地に転がる光り輝く玉に小走りで近づき、満面の笑顔でつかみ取る。むんずと握られた玉が、手の中でキラキラと輝く。
「ヒャッホーゥ! 本日、二個目!」
嬉しさのあまりピョンピョンと飛びはねる。勝利の喜びを満喫すると、玉を握った手を背中にまわして、マントをガサゴソ。しっかりと中にしまう。せっかく手に入れたのに落としてしまったら台無しだ。
「さーてと、パドの街に帰るか」
漆黒のマントをはためかせながら、ゼロは、ものすごいスピードで、その場を後にする。
そんな少年の背中を、遠目に見つめるサーニャ。
「な、なんなの、あのとんでもない強さ……」
A級悪魔をたった一撃で倒した少年。それは、どう考えても人間の戦闘レベルを超えていた。ゼロのことが気になるのか、少女は、うーんと頭をひねる。
と、サーニャが考え込んでいるほんのわずかの間に。
「って、もういないじゃない!」
一瞬で消え去った少年にサーニャが呆れる。
「にしても、なんだったのかしら、あの力……。あたしの使う魔法とも違うみたいだし。……でも、とんでもなく強いことは確かね。あの力の秘密を解き明かせば、もっとすごい魔法が作れるかも……」
サーニャは、ゼロの立ち去った方角を見つめ。
「あの男の子、パドの街に帰るとか言ってたわね。……よーし」