10 侵入者と僕
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ここパドの街は大陸の南方にある。辺境の都市ではあるものの、街には軽く1000人を軽く超える人々が住んでいるため、規模としては大きめ。商業が活発で名産品も多く、それ目当てに遠方から訪れる旅行客も多く、街は賑わっていた。生活に必要な施設も一通りそろっていて快適に過ごせる。田舎でありながらそこそこ便利。スローライフを楽しみたい人には、うってつけの環境。
街の中心部には、ひときわ大きな中央広場があり、ときどきイベントが開かれる。中央広場からは東西南北に四本の大通りが伸びていて、昼間は、たくさんの人で賑わっている。通りに沿って、いくつものおしゃれな店が並び、皆、足を止めては思い思いに買い物を楽しんでいた。
エーテルの換金が終わったゼロが、帰路につく。ちなみに、カマキリ男のエーテルは200万クレジットだった。これはA級悪魔の中でも多めで、嬉しい収入。
南大通りから西側に延びる路地。その突き当たりにゼロの家はある。狭いながらも大通りに一本でアクセスできる好立地。
ドアを開けて玄関に入ると、奥から「おかえりー」の声。
「ただいまー」
何気なく返すと、玄関の側壁に備え付けられたフックからハンガーをはずす。慣れた手つきで漆黒のマントをハンガーにかけて、フックに戻す。やたらと存在感のある羽織ものがなくなり、少年は赤いTシャツと白いズボンという、さっぱりした格好へ。と。
「誰!?」
ゼロがビビる。
ゼロは一人暮らし。
聞こえるはずのない"おかえり"の声。
待っても返事はない。
らちが明かない。意を決して部屋の奥へ。玄関からまっすぐに延びる短い廊下を進むと、すぐにリビングを兼ねた寝室に抜ける。部屋の奥にはベッド、中央にはキッチンテーブルとイス、手前側にはキッチン。部屋は、この一室だけ。広くはないけれど一人で暮らすには十分な広さだった。
部屋の奥、窓際にあるベッドの上には、リラックスした体勢で寝転がる少女。淡い紫色の長髪。肩から先と膝から下の露出した、涼しそうな紫ローブを着た少女は、魔法陣が描かれた黒い表紙の本を読んでいる。
ゼロに気づいた少女は、枕からわずかに頭を起こし。
「どうしたのよゼロ?」
「いや、誰!?」
部屋の入り口でビクッと身をすくめるゼロ。
ムッとした少女が勢いよく起き上がる。
「はあ!? さっき会ったばっかでしょ! ほら、カマキリ男から助けてくれたじゃないの」
少女は読んでいた魔導書をパタンと閉じると、枕の横に置き、ベッドの上であぐらをかいた。
「ああ! さっきの子か」
幽霊じゃないとわかり、ほっと胸をなでおろす。
「やっと思い出したのね。そうよ! あたしがサーニャ様よ!」
不法侵入者は、片手を突き出してカッコつけると、聞いてもいないのに自己紹介する。しかも謎に自信満々。
ゼロはベッドの横まで行き、サーニャを見下ろす。
「こんにちは、サーニャ様。で、なんで俺んちにいるの?」
「あなた! 足をケガしてるあたしを置いて帰ったでしょ!」
「あ……。そうか。ごめん」
「あの後、村まで帰るの大変だったんだからね!」
サーニャがプリプリ怒る。
「足、大丈夫?」
「今は平気よ。村にいる腕利きのヒーラーに治してもらったから」
「そりゃなにより」
一瞬、納得しかけるも。
「いや、おかしいじゃん! なんでいるの?」
「お礼を言いたかったの。あなたすぐ帰っちゃったでしょ?」
「だとしても、せめて家の前で待つとかあるじゃん?」
ごくまっとうなツッコミ。
「細かいこと気にするのねえ」
サーニャにとって、不法侵入は細かいことらしい。なんとも豪快な性格だと、皮肉まじりにゼロは思った。
まるで悪びれないサーニャに、ゼロがコホンと咳ばらい。
「想像してみ? 『帰宅したら、家の中に知らない誰かがいる』ってめちゃくちゃ怖いぞ?」
「あ、コーヒーあるじゃん!」
サーニャは、キッチンの食器棚にあるインスタントコーヒーのビンを目ざとく見つける。
「聞けよ! てか、ここはお前ん家か!」
ゼロは、自由奔放な少女に、振り回されっぱなし。
ベッドから飛び降りた少女が、パタタッと軽快に走る。ゼロの家はワンルームなので、キッチンは目と鼻の先。
「ふんふんふーん」
ゼロを無視して、鼻歌混じりにヤカンを火にかけるサーニャ。
(無視かよ……)
天真爛漫な少女に対して、いろいろと言いたいことはあるものの、ヘタに刺激すると余計に面倒くさくなりそうな予感がしたので、黙って様子を見守る。
お湯が沸くと、サーニャはティーカップなみなみのコーヒーを作り、湯気の立つカップを鼻に近づけ。
「うーん、いい香り!」
許可も無くコーヒーを淹れて満足げ。少女は、ゼロの横を通り過ぎると、機嫌よさげにベッドに座る。
湯気の昇るコーヒーから、香ばしい香りが立ち、狭い室内をアロマで満たす。
少女がカップに口をつける。
足を組んでコーヒーを飲む姿は、様になっている。
黙っていれば聡明そうに見える彼女。
「それ飲んだら帰れよ」
ベッドに座る少女を見下ろして、ムスっと告げる。
「嫌よ」
「はあっ!? なんでだよっっっ!」
意味不明なサーニャの返答に、納得できないゼロが大音量でツッコむ。
とうとつな大声にビクッとしたサーニャが「あっ」と小声で漏らす。同時、彼女の手からカップがポロリと落ちる。宙を舞うカップが上下さかさまになり、サーニャのスカートを目指して自由落下。熱々のコーヒーを素足に浴びれば、ヤケドは免れない。瞬間、サーニャは猫のような素早さでその場から離脱する。直後、さかさまのカップはボトリとベッドに着地した。
「うわああああああーーーーーーーー!」
絶叫するゼロの目の前で、なみなみのコーヒーが、ぶちまけられていく。
「黒がシミ込んでいくよおおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーー!」
ゼロはすぐさまカップを持ち上げて、急いでキッチンテーブルの上に置く。そして、大慌てで棚からタオルを取り出してシーツにポンポン。暗黒の液体をぶちまけた当の本人は、ゼロの背後で冷静に見守っている。少年は振り返ると。
「なにやってんのおおおおおおお!?」
「あんた、昼間っから元気ねえ」
「だれのせいだよ!」
サーニャはのんきに感心している。ゼロは、めちゃくちゃムカついたものの、ギリギリこらえてベッド処理を優先した。
しかしコーヒーはあっという間にシーツに広がり、暗黒のシミが完成してしまう。
「シミになるうううううううぅぅぅぅ!」
「もうなってるわよ。シーツ変えといてね」
なんという態度でしょう。ゼロはさらにムカつきました。
(なんなの、この子ぉぉぉぉぉっ!)
サーニャが新しいコーヒーを淹れに行く。
「くっそー……。なんで俺が……」
ブツクサ文句を垂れながら、ゼロは汚れたシーツを外して新しいものと交換する。ぼやきながらも、ベッドが汚れるのが嫌なので動作はテキパキ。
ベッドメイクが終わると、新しいコーヒーを淹れたサーニャがドスンとベッドに腰かける。
「おいしー! やっぱコーヒーは淹れたてよね!」
ゼロはキッチンテーブルのイスを引くと、ベッドに座るサーニャの正面に置き、彼女と対面して座る。その後、サーニャがコーヒーを飲み終わるまで、ゼロは決して声を出さなかった。2度目のぶちまけだけは絶対にイヤだった。
「ふー。ごちそうさま。はい」
少女が空のカップをゼロに渡す。少年は、なにも言わずにカップを受け取ると背後のテーブルに置いた。人の家のコーヒーを勝手に飲んだ上に片付けまでさせるとはどういうことだよと、ノド元まで出かかったものの、コイツには、なにを言ってもムダだとすでに理解していたので、ゼロはあえて何も言わなかった。
「ねえ、ゼロって何歳?」
「16だよ」
「えっ、タメじゃん! いえーい!」
サーニャが両手を上げてハイタッチを求めてくる。
(め、めんどくせえコイツ……)
ゼロが引き気味に顔をピクつかせているとサーニャが。
「へいへーい! ここよ、ここ! ほら!」
両手をゼロの目の前に近づけて、ハイタッチを急かす。
半ばヤケクソになったゼロが「いえーい!」と手を合わせる。
パシンッという小気味良い音を鳴らしてハイタッチが成立する。と、サーニャは急に態度を改め。
「聞きたいことがあるの」
少女はゼロの顔をまっすぐに見つめて語り出す。さっきまでとは打って変わって真面目な雰囲気。
なんのことか分からず無言で見つめ返すゼロ。するとサーニャが。
「あの剣のことよ」
「剣?」
「とぼけないでよ。めちゃくちゃおっきな剣でカマキリ男を倒したじゃない」
「ああ、勇者の剣か」
「そう! それよ! それ!」
サーニャが、興奮して身を乗り出す。
目の前に迫ったサーニャの顔から逃げるように、イスの背もたれに弓なりに身をそらしたゼロが。
「なんでそんなこと知りたいんだよ」
「あたし、魔法使いなの」
そう告げると魔法使いはベッドに座りなおす。
「へー! 君、魔法使いなんだ」
「そう! いずれ世界に名を轟かせる大魔法使いになるのよ! サイン欲しいなら今のうちよ?」
機敏な動きでサインを書くマネをするサーニャに、ゼロは冷めた瞳で。
「……それはいいや」
「そう? 後から言っても遅いわよ」
「で、なんで魔法使いのキミが俺の剣に興味あるわけ?」
「あたしは魔法の研究家でもあるの。知らないことに興味を持つのは当然でしょう?」
無駄に好奇心の強い研究家に、ゼロは面倒くさそうに目を細める。
「で、あの剣はなんなの? 魔法なの?」
「さあ」
ゼロはそっけなく答えた。
「はあ!? なによ"さあ"って! さあってこたぁないでしょ、さあってこたぁ!」
ゼロのテキトーな返答が癇に障ったのか、サーニャがムッとしながらゼロに詰め寄る。
怒りたいのはゼロの方だ。いい加減、ウザさに耐えられなくなり。
「ああっ、めんどくせえ! なんなんだよ、お前は!」
「なによ! 秘密にする気? それとも言えない理由でもあるわけ!?」
「別に、ないけどさあ!」
「じゃあ、話してよぉ!」
「いいよぉ!」
顔を突き合わせて2人が、ゼエゼエと息を切らす。
深呼吸して息を整えたゼロが。
「話したら帰れよ」
「わかったわ」
サーニャがゴクリとツバを飲み込む。
(つ、ついにあの剣の秘密がわかるのね……!)
ゼロが真顔になる。その表情は、さっきまでとは打って変わって真剣そのもの。部屋の空気がピンと張り詰める。
「これは、今から3年前の話だ」
ゼロが語り出すと、サーニャは身を乗り出して、食い入るように少年を見つめる。
「その日の俺は、朝と昼にうんこが出た」
「クソみたいな導入ね」
「快便だったんだ」
「お願いだから進めて?」
真顔のゼロは、無言でうなづくと、語りだした……。




