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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編

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10/61

10 侵入者と僕



 ここパドの街は大陸の南方にある。辺境の都市ではあるものの、街には軽く1000人を軽くえる人々が住んでいるため、規模としては大きめ。商業が活発で名産品も多く、それ目当てに遠方からおとずれる旅行客も多く、街はにぎわっていた。生活に必要な施設も一通りそろっていて快適に過ごせる。田舎でありながらそこそこ便利。スローライフを楽しみたい人には、うってつけの環境。


 街の中心部には、ひときわ大きな中央広場があり、ときどきイベントが開かれる。中央広場からは東西南北に四本の大通りが伸びていて、昼間は、たくさんの人でにぎわっている。通りに沿って、いくつものおしゃれな店が並び、皆、足を止めては思い思いに買い物を楽しんでいた。


 エーテルの換金かんきんが終わったゼロが、帰路につく。ちなみに、カマキリ男のエーテルは200万クレジットだった。これはA級悪魔の中でも多めで、嬉しい収入。


 南大通りから西側に延びる路地。その突き当たりにゼロの家はある。狭いながらも大通りに一本でアクセスできる好立地。

 ドアを開けて玄関に入ると、奥から「おかえりー」の声。


「ただいまー」


 何気なく返すと、玄関の側壁に備え付けられたフックからハンガーをはずす。慣れた手つきで漆黒しっこくのマントをハンガーにかけて、フックに戻す。やたらと存在感のある羽織はおりものがなくなり、少年は赤いTシャツと白いズボンという、さっぱりした格好へ。と。


「誰!?」


 ゼロがビビる。

 ゼロは一人暮らし。

 聞こえるはずのない"おかえり"の声。

 待っても返事はない。

 らちが明かない。意を決して部屋の奥へ。玄関からまっすぐに延びる短い廊下を進むと、すぐにリビングを兼ねた寝室に抜ける。部屋の奥にはベッド、中央にはキッチンテーブルとイス、手前側にはキッチン。部屋は、この一室だけ。広くはないけれど一人で暮らすには十分な広さだった。

 部屋の奥、窓際にあるベッドの上には、リラックスした体勢で寝転がる少女。淡い紫色の長髪。肩から先と膝から下の露出した、涼しそうな紫ローブを着た少女は、魔法陣が描かれた黒い表紙の本を読んでいる。

 ゼロに気づいた少女は、枕からわずかに頭を起こし。


「どうしたのよゼロ?」

「いや、誰!?」


 部屋の入り口でビクッと身をすくめるゼロ。

 ムッとした少女が勢いよく起き上がる。


「はあ!? さっき会ったばっかでしょ! ほら、カマキリ男から助けてくれたじゃないの」


 少女は読んでいた魔導書をパタンと閉じると、枕の横に置き、ベッドの上であぐらをかいた。


「ああ! さっきの子か」


 幽霊じゃないとわかり、ほっと胸をなでおろす。


「やっと思い出したのね。そうよ! あたしがサーニャ様よ!」


 不法侵入者は、片手を突き出してカッコつけると、聞いてもいないのに自己紹介する。しかも謎に自信満々。

 ゼロはベッドの横まで行き、サーニャを見下ろす。


「こんにちは、サーニャ様。で、なんで俺んちにいるの?」

「あなた! 足をケガしてるあたしを置いて帰ったでしょ!」

「あ……。そうか。ごめん」

「あの後、村まで帰るの大変だったんだからね!」


 サーニャがプリプリ怒る。


「足、大丈夫?」

「今は平気よ。村にいる腕利うでききのヒーラーに治してもらったから」

「そりゃなにより」


 一瞬、納得しかけるも。


「いや、おかしいじゃん! なんでいるの?」

「お礼を言いたかったの。あなたすぐ帰っちゃったでしょ?」

「だとしても、せめて家の前で待つとかあるじゃん?」


 ごくまっとうなツッコミ。


「細かいこと気にするのねえ」


 サーニャにとって、不法侵入は細かいことらしい。なんとも豪快ごうかいな性格だと、皮肉まじりにゼロは思った。

 まるで悪びれないサーニャに、ゼロがコホンとせきばらい。


「想像してみ? 『帰宅したら、家の中に知らない誰かがいる』ってめちゃくちゃ怖いぞ?」

「あ、コーヒーあるじゃん!」


 サーニャは、キッチンの食器棚にあるインスタントコーヒーのビンを目ざとく見つける。


「聞けよ! てか、ここはお前ん家か!」


 ゼロは、自由奔放な少女に、振り回されっぱなし。

 ベッドから飛び降りた少女が、パタタッと軽快に走る。ゼロの家はワンルームなので、キッチンは目と鼻の先。


「ふんふんふーん」


 ゼロを無視して、鼻歌混じりにヤカンを火にかけるサーニャ。


(無視かよ……)


 天真爛漫てんしんらんまんな少女に対して、いろいろと言いたいことはあるものの、ヘタに刺激すると余計に面倒くさくなりそうな予感がしたので、黙って様子を見守る。

 お湯がくと、サーニャはティーカップなみなみのコーヒーを作り、湯気の立つカップを鼻に近づけ。


「うーん、いい香り!」


 許可も無くコーヒーを淹れて満足げ。少女は、ゼロの横を通り過ぎると、機嫌よさげにベッドに座る。

 湯気の昇るコーヒーから、香ばしい香りが立ち、狭い室内をアロマで満たす。

 少女がカップに口をつける。

 足を組んでコーヒーを飲む姿は、様になっている。

 黙っていれば聡明そうめいそうに見える彼女。


「それ飲んだら帰れよ」


 ベッドに座る少女を見下ろして、ムスっと告げる。


「嫌よ」

「はあっ!? なんでだよっっっ!」


 意味不明なサーニャの返答に、納得できないゼロが大音量でツッコむ。

 とうとつな大声にビクッとしたサーニャが「あっ」と小声で漏らす。同時、彼女の手からカップがポロリと落ちる。宙を舞うカップが上下さかさまになり、サーニャのスカートを目指して自由落下。熱々のコーヒーを素足に浴びれば、ヤケドはまぬがれない。瞬間、サーニャは猫のような素早さでその場から離脱する。直後、さかさまのカップはボトリとベッドに着地した。


「うわああああああーーーーーーーー!」


 絶叫するゼロの目の前で、なみなみのコーヒーが、ぶちまけられていく。


「黒がシミ込んでいくよおおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーー!」


 ゼロはすぐさまカップを持ち上げて、急いでキッチンテーブルの上に置く。そして、大慌てで棚からタオルを取り出してシーツにポンポン。暗黒の液体をぶちまけた当の本人は、ゼロの背後で冷静に見守っている。少年は振り返ると。


「なにやってんのおおおおおおお!?」

「あんた、昼間っから元気ねえ」

「だれのせいだよ!」


 サーニャはのんきに感心している。ゼロは、めちゃくちゃムカついたものの、ギリギリこらえてベッド処理を優先した。

 しかしコーヒーはあっという間にシーツに広がり、暗黒のシミが完成してしまう。


「シミになるうううううううぅぅぅぅ!」

「もうなってるわよ。シーツ変えといてね」


 なんという態度でしょう。ゼロはさらにムカつきました。


(なんなの、この子ぉぉぉぉぉっ!)


 サーニャが新しいコーヒーをれに行く。


「くっそー……。なんで俺が……」


 ブツクサ文句をれながら、ゼロは汚れたシーツを外して新しいものと交換する。ぼやきながらも、ベッドが汚れるのが嫌なので動作はテキパキ。

 ベッドメイクが終わると、新しいコーヒーをれたサーニャがドスンとベッドに腰かける。


「おいしー! やっぱコーヒーは淹れたてよね!」


 ゼロはキッチンテーブルのイスを引くと、ベッドに座るサーニャの正面に置き、彼女と対面して座る。その後、サーニャがコーヒーを飲み終わるまで、ゼロは決して声を出さなかった。2度目のぶちまけだけは絶対にイヤだった。


「ふー。ごちそうさま。はい」


 少女がからのカップをゼロに渡す。少年は、なにも言わずにカップを受け取ると背後のテーブルに置いた。人の家のコーヒーを勝手に飲んだ上に片付けまでさせるとはどういうことだよと、ノド元まで出かかったものの、コイツには、なにを言ってもムダだとすでに理解していたので、ゼロはあえて何も言わなかった。


「ねえ、ゼロって何歳?」

「16だよ」

「えっ、タメじゃん! いえーい!」


 サーニャが両手を上げてハイタッチを求めてくる。


(め、めんどくせえコイツ……)


 ゼロが引き気味に顔をピクつかせているとサーニャが。


「へいへーい! ここよ、ここ! ほら!」


 両手をゼロの目の前に近づけて、ハイタッチを急かす。

 半ばヤケクソになったゼロが「いえーい!」と手を合わせる。

 パシンッという小気味良い音を鳴らしてハイタッチが成立する。と、サーニャは急に態度をあらため。


「聞きたいことがあるの」


 少女はゼロの顔をまっすぐに見つめて語り出す。さっきまでとは打って変わって真面目な雰囲気。

 なんのことか分からず無言で見つめ返すゼロ。するとサーニャが。


「あの剣のことよ」

「剣?」

「とぼけないでよ。めちゃくちゃおっきな剣でカマキリ男を倒したじゃない」

「ああ、勇者の剣か」

「そう! それよ! それ!」


 サーニャが、興奮して身を乗り出す。

 目の前に迫ったサーニャの顔から逃げるように、イスの背もたれに弓なりに身をそらしたゼロが。


「なんでそんなこと知りたいんだよ」

「あたし、魔法使いなの」


 そう告げると魔法使いはベッドに座りなおす。


「へー! 君、魔法使いなんだ」

「そう! いずれ世界に名をとどろかせる大魔法使いになるのよ! サイン欲しいなら今のうちよ?」


 機敏きびんな動きでサインを書くマネをするサーニャに、ゼロは冷めた瞳で。


「……それはいいや」

「そう? 後から言っても遅いわよ」

「で、なんで魔法使いのキミが俺の剣に興味あるわけ?」

「あたしは魔法の研究家でもあるの。知らないことに興味を持つのは当然でしょう?」


 無駄に好奇心の強い研究家に、ゼロは面倒くさそうに目を細める。


「で、あの剣はなんなの? 魔法なの?」

「さあ」


 ゼロはそっけなく答えた。


「はあ!? なによ"さあ"って! さあってこたぁないでしょ、さあってこたぁ!」


 ゼロのテキトーな返答がかんに障ったのか、サーニャがムッとしながらゼロに詰め寄る。

 怒りたいのはゼロの方だ。いい加減、ウザさに耐えられなくなり。


「ああっ、めんどくせえ! なんなんだよ、お前は!」

「なによ! 秘密にする気? それとも言えない理由でもあるわけ!?」

「別に、ないけどさあ!」

「じゃあ、話してよぉ!」

「いいよぉ!」


 顔を突き合わせて2人が、ゼエゼエと息を切らす。

 深呼吸して息を整えたゼロが。


「話したら帰れよ」

「わかったわ」


 サーニャがゴクリとツバを飲み込む。


(つ、ついにあの剣の秘密がわかるのね……!)


 ゼロが真顔になる。その表情は、さっきまでとは打って変わって真剣そのもの。部屋の空気がピンと張り詰める。


「これは、今から3年前の話だ」


 ゼロが語り出すと、サーニャは身を乗り出して、食い入るように少年を見つめる。


「その日の俺は、朝と昼にうんこが出た」

「クソみたいな導入ね」

「快便だったんだ」

「お願いだから進めて?」


 真顔のゼロは、無言でうなづくと、語りだした……。


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