11 サイクロプス
今日はパドの街のお祭り。
普段からにぎやかな街は、いつも以上に活気づいている。
中央広場と、そこから東西南北に走る大通りには、所せましと出店が並んでいて、お昼ということもあり、祭りを楽しむ人々の笑顔であふれている。
特に賑わっているのが、ここ中央広場。雑踏にまぎれて、半そで短パン、サンダルという真夏ルックの少年――ゼロがいた。銀髪ツンツンヘアーをあたたかい風になびかせながら、少年は当てもなく広場を物色している。そんな時、見知った顔を見つけて足を止める。
「なにしてんのセラさん」
ゼロが出店の店内に立つお姉さんに声をかける。
「副業だよ」
ぶっきらぼうに答えた彼女は、気は強そうだけど、とびぬけて美人で、そうそうお目にかかれないほどの美貌を持っている。きらきらと輝く金髪のロングヘアーは、絹のようになめらかで、すれ違いざまに振り返ってしまうほどに目を惹きつける。しなやかで均整の取れた体は、白いワンピースに包まれていて、その上からエプロンをつけていた。年齢は17歳。ゼロよりも四つ上。
美少女は、両手の鉄ヘラを器用に使いこなし、慣れた手つきで焼きそばを焼いている。鉄板がカンカンと小気味の良い金属音を立てる。ジュウゥ……と音を立てる焼きそばからはホクホクと湯気が立ち、香ばしい匂いがする。
「お店は? セラさんの魔道具屋」
セラは普段、パドの街でマジックアイテム屋を営んでいる。にもかかわらず、いまは焼きそばを焼いている。
「今時マジックアイテムを欲しがる物好きなんて、あんまりいないのさ」
「焼きそばに負けるのは世知辛いね」
「まったくだ」
ゼロは鉄板に視線を落とす。
「でも、なんで焼きそば?」
「祭りって言ったら焼きそばだろ?」
当然だろうという口ぶり。
「他にもいろいろあるじゃん。りんごアメとか、わたがしとか」
「うっさいねえ。祭りって言ったら焼きそばなんだよ!」
有無を言わせぬ口調。これ以上はケンカになりそうだったので口を閉じる。
ぐうぅ……。ゼロのお腹が沈黙を破る。
「一個ちょうだい」
「あいよ」
威勢よく返事すると、セラは器用な手つきで器に焼きそばを盛りつけて、ゼロに差し出す。
「ほらよ、大盛りにしといてやったよ」
「マジ!? サンキュー、セラさん!」
予期せぬサービス。ゼロは嬉々として器を受け取る。ボリューム満点。お昼ご飯にちょうどいい。
「出来たて熱々だから、気をつけて食べるんだよ」
「うん!」
セラの屋台を後にすると、中央広場をさまよって、座れそうな場所を探す。すると。
「きゃあああああ!」
とつぜん、誰かの悲鳴が中央広場に響きわたる。
鬼気迫る声。ただ事ではない雰囲気に、ゼロの心臓が高鳴る。
「な、なんだ!?」
周りが、いやに騒がしい。それは祭りの騒がしさとは種類が違う。悲鳴や怒声。恐怖におののく声。中央広場にいる人々は、どういうわけか血相を変えて走り去っていく。皆、なにかに怯えているようだった。
なにがなんだかわからない。いったいなにが起こっているというのだろう。どうしたらいいかわからず、呆然とその場に立ちすくむ。広場は一分もたたないうちに、もぬけの殻になった。あれだけ騒がしかったのに、今は不気味なほど静まり返っている。
あっけに取られて途方に暮れていると、ゼロの周囲が急に薄暗くなった。
「うわあっ!?」
驚いて悲鳴を上げてしまう。
全身が影に包まれている。とてつもなく大きな影。その影の持ち主はゼロの後ろに立っているようだった。恐る恐る背後を振り返ると、そこには青緑色をした、なにかがいた。
それは恐ろしい風貌をしていた。全身は毒々しい青緑色。身長はゼロの二倍以上はあり、人間離れしたサイズ。筋骨隆々で、腕は人間の胴体くらい太く、目玉は顔面の中央にひとつしかない。しかし、そのひとつの目玉が異様に大きく、見ているだけで身の毛が逆立った。髪は無く、つるつるの頭。
(でけえ!)
本能的に恐怖をかき立てるフォルムにゼロが震えあがる。
仁王立ちした怪物が、満足そうに中央広場を見回す。
「うん。みんな僕を見て逃げたね」
そう言うと今度は、足元のゼロを見て、ため息を漏らす。
「あのさぁ……。怖がらなきゃダメでしょ?」
「え」
「僕は怖がって逃げていく人間が好きなの」
「あ、あの……」
「怖がらないって、それ、僕のことナメてるよね?」
冷ややかな視線。怪物は、ゼロに対して明確な不快感をあらわにする。
「ま、街の人を怖がらせるのは良くないんじゃ……」
怪物の主張はめちゃくちゃだ。ゼロは震える声で異議を申し立てる。全身が震えあがる。足腰に力が入らない。今にも倒れ込んでしまいそうだった。この場にいるだけで絶望的な気分になってくる。ゼロは心の底から恐怖した。
ゼロの指摘を受けて、怪物は黙り込む。青緑色の拳はプルプルと震えていた。
「なんだろう……。なんかキミ、善人ぶってて、すっごくムカつく! 死んでもらおーっと」
「ひいっ!」
あまりにも理不尽。殺意をあらわにした怪物がゼロに迫ってくる。恐怖に顔が引きつる。怖い。鼓動が速まる。あまりにも速く鳴る心臓が、口から飛び出してしまいそうだった。早く逃げなくては。一刻も早くここから逃げなくてはいけない。ゼロが一歩、二歩と後ずさる。その時。
「あっ」
ふいに世界がひっくり返っていく。怪物の姿は視線の下に消え、青空が見えた。ゼロは足元の小石に足を取られて、背中から倒れていく。拍子、その手から熱々の焼きそばが飛び上がる。出来たばかりの焼きそば。熱々の焼きそば。鬼畜なほどに熱すぎる焼きぞば。どんな怪物であっても決して耐えることのできぬ灼熱の焼きそば――しかも大盛りが、宙を舞う。凶器は怪物の頭にパサッと芸術点高く着地した。
「熱っずああああああああっっっっっっっ!」
絶叫である。
「ああっ、俺の焼きそばがっ!」
尻もちをついたゼロが、悶絶する怪物を見上げる。楽しみにしていた焼きそばが、怪物のつるつる頭にかぶさってしまった。さながらカツラのようだった。
「あわわわ……。や、焼きそばのカツラ……」
恐怖に震えていると、苦しそうに顔を歪める怪物が、頭から垂れる焼きそばを、ちゅるちゅると吸い始める。ちゅるちゅるちゅるちゅる……。
「た、食べてる……。カツラを食べてるよ……」
腰を抜かしたゼロを意にも介さず、怪物は黙々と焼きそばをすする。またたく間に大盛りの焼きそばをすすり終えた怪物が、頭の上に乗った器を手に取り、隣にあるゴミ箱に捨てた。すると、青緑色の太い指が、りんごアメのように赤く腫れあがった自身の頭を指して。
「うん。見て。完全にヤケド」
怪物は淡々とした口調で言うと、続ける。
「僕がなんで焼きそばを振り落とさなかったか、わかる?」
怪物が真顔で問いかけてくる。
ゼロは震える声で。
「ハゲを気にしていた?」
「ハゲって言うな!」
「ひっ!」
怒鳴られてビクッ。
「ハゲは生まれつきだよ。いまさら気になんてしないさ」
(じゃあ、なんでキレたんだよ……)
と思ったものの、それを言うと殺されるので言わなかった。
一つ目の怪物は穏やかな口調に戻ると。
「僕は食べ物を粗末にするのが嫌いなんだ。地面に落ちたら誰も食べないからね。それはもったいないよ」
「ヤケドするほど熱いなら振り落としたほうが……」
「うん。そういうの、ダメ。人間はね、食べ物を粗末にしすぎ。僕ね、キライ。そういうの」
頭をりんごアメのように真っ赤に腫らしてハゲは続ける。
「そもそもキミ、僕が誰だかわかる?」
「や、焼きそばの悪魔?」
「焼きそばは君が投げたの!」
ドン! 巨大な足が地面を踏みつける。
「ひっ!」
「僕はサイクロプス。一つ目の悪魔さ」
「サイクロプス……」
サイクロプスが、腫れあがった頭にそっと手を触れる。
「頭がね、ヒリヒリするよ。君の投げた焼きそばのせいでね」
サイクロプスは、両手の人差し指で足元のゼロを差し。
「問題です。今の僕の気持ちを答えよ」
とうとつに始まるクイズタイム。
怪物は、こめかみに浮かせた血管をピクピクさせ、ひとつしかない巨大な目玉を真っ赤に血走らせている。体全体が力み、全身の筋肉は、はち切れんばかりに拍動している。
その様子からゼロは、怪物の気持ちを導き出す。
「キ、キレてる?」
「正解! 褒美に死をくれてあげます!」
「ごめんなさい!」
両手を合わせて心の底から謝り倒す。怪物を怒らせたことを心の底から後悔した。しかし……。
「ダメだ! 絶対にゆるさん!」




