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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編
61/61

61 イシュメナ



 邪神を倒したその晩、ラトナは王宮のバルコニーにいた。この場所からは月がよく見えた。王女は夜風に当たりたい時、この場所にやってくることがあった。


 少女は指先でつまんだ死のリングを月にかざした。月明かりを反射させて、潰れたリングは、ほのかに輝く。昼間の戦いが嘘のように、静かな月夜だった。


 ゼロが邪神を倒したという話は、またたく間に王国全体に広まった。邪神復活直後はパニックに陥った王国だったものの、邪神が倒された報せを受けると、王国の人々は歓喜し、城下町では宴が催された。


「あまり夜風に当たると風邪を引くぞ」

「ひゃっ!」


 不意に背後から声をかけられて、ラトナは驚いて肩をすくめた。


 姫が慌てて振り返ると、そこにいたのはルドラだった。


 フードを目深に被った少女は、赤い瞳でラトナを見つめていた。取り乱すラトナとは対照的に、ルドラは落ち着き払っている。


「……脅かさないでよ」


 ラトナが苦笑いする。


「何度か声をかけたが返事が無かったのでな」

「そうだったの?」


 ラトナはルドラの声に全く気づかなかった。


「ずいぶん熱心に見ていたな」


 そう言われて、ラトナは王家のリングに視線を落とす。


「彼らは明日、帰るそうだ。……寂しくなるな」

「……うん」


 ルドラの口調は淡々としている。それはいつも通りの彼女の話し方だった。ルドラは感情を表に出すことが少ない。言葉だけを聞いていると、彼女が本当にさみしがっているのかは、よくわからない。しかしラトナは、ルドラがさみしがっていることを察した。六年も一緒にいたら、なんとなくわかるのだ。


 ラトナは潰れたリングを、きゅっと握り込んだ。このリングはゼロと、そして仲間たちと共に戦った証なのだ。


「気になるのか。あの少年のことが」

「べ、別にそういうわけでは……」


 図星だった。姫は照れ臭くなり、逃げるようにルドラから視線を逸らす。


「さ、もう寝ますよ。あまり夜風に触れては風邪をひきますからねっ」


 ラトナは照れ隠しに大きめの声で言うと、そそくさとテラスを後にした。


 姫の背後で、ルドラは静かに微笑んだ。



 邪神との戦いから一夜が明けた。


 パドの街に帰るべく、ゼロたちは魔法の馬車に揺られてルクトルク近くの平原を走る。


「何か聞こえない?」


 つぶらな瞳でアルルが言った。


 ゼロが馬車の窓を開ける。馬車の中の四人が窓から顔を出した。その時よく知った声が聞こえた。


「みんなーーーーーー!」


 馬に乗ったラトナが馬車の後方で手を振っている。隣には同じく馬に乗るルドラとグレンもいる。


 馬車の中から全員が手を振り返す。


「世話になったなーーーー!」


 ゼロが大声で言った。


「こっちのセリフーーーーー!」


 ラトナはゼロに負けない大きな声で返してきた。


「あの……」


 姫は何か言おうとしている。


 しかしよく聞こえない。


「なんだってーーー?」


 ラトナは言うか言うまいか悩んでいるようだった。しかし覚悟を決めたのか、すうーと大きく息を吸いこむと。


「指輪を壊した責任、取ってもらいますからね!」

「すぐに呼べよー!」


 ゼロが親指を立てて笑って見せる。


「また……。また、いつか……。きっと!」

「またな!」


 少年は手を振って別れを告げた。その声は明るいものだった。


「ありがとう、みんな」


 馬車がラトナたちから離れていく。ラトナたちの姿がどんどん小さくなっていく。ラトナはゼロたちの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。


 馬が止まった。


「ありがとう……」


 邪神は滅び、勇者たちは王国を去った。


 ラトナの手には、壊れた指輪が残った。



 ルドラがラトナに出会ってから六年がたった。


 ラトナは10歳から16歳になった。


 幼かった少女は、美しい女性に成長した。


 背丈もいつの間にかルドラを超えてしまった。


 ルクトルク城、バルコニーにて。


「国を出る?」


 ルドラにそう告げられたラトナは、ひどく驚いているようだった。


「ああ」

「なぜです」

「私が魔族だと、大臣たちに知られた」

「そんなことで……!」


 魔族である自分が近くにいたらラトナの迷惑になる。ルドラはそう考えていた。邪神も滅びた。悪いタイミングではなかった。


「魔族が人の世界で暮らすのは難しい。お前の立場も危うくなるかもしれん」


 そこまで言うとルドラは身をひるがえし、ラトナに背を向ける。そして早歩きでバルコニーから去っていく。バルコニーの隣にある謁見の間に抜けると、出口に向かって止まらずに歩く。ラトナが小走りで追いかけてくる。慌てた様子のラトナは背後から声を投げてくる。


「国を出てどこに行くと言うのです!」

「決めてはいない」


 そう言うとルドラは足を止めて、ラトナに振り向く。


「お前は十分すぎるほど苦しんだ。もう幸せに生きろ」


 それはルドラの願いでもあった。王女であるラトナは幼い頃から歳不相応な重責に耐え続けてきた。ルドラはそんな少女が不憫だった。しかしどうすることもできず、ただ少女のそばにいた。


「六年前、お前に助けられなかったら、私は今頃、命を落としていたかもしれない。今でも感謝している」


 ルクトルク領で倒れているルドラを助けたのはラトナ姫だ。もしあの時の出会いがなければ、二人が一緒に過ごすこともなかった。


「世話になった」


 そう告げるとルドラは再び姫に背を向け、足早に謁見の間を後にした。


「ルドラ!」


 謁見の間を抜けて廊下に出たとき、背後で再び名前を呼ばれた。ルドラは足を止めず廊下を歩く。しかしその足はすぐに止まった。目の前に小さな女の子がいた。十歳にも満たない幼い少女。ブラウンのおさげの少女。武道大会が終わった後、悪魔が城下町を襲った時に怪我をした女の子だ。ラトナ姫は魔法で彼女の怪我を治癒した。女の子の名前はリコ。リコがルドラの正面にいた。


「お姉ちゃん」


 そう言うと、リコはルドラの元までやってきて何かを差し出してきた。そして。


「姫様を助けてくれてありがとう」


 差し出されたものをルドラが受け取る。それはしおりだった。本に挟んで使うあのしおりだ。しおりにはイシュメナの花が押し花にされていた。イシュメナはルクトルクの地に咲く白い花。


 気がつけばルドラの背後にはラトナがいた。


「私のそばにいなさい、ルドラ」


 姫は言った。


「だが……」


 ルドラはためらう。魔族であるルドラがラトナの近くに留まれば、彼女の迷惑になるかもしれない。ルドラはそれが気がかりだったのだ。


「私はあなたの恩人です。恩人のお願いは聞くものですよ」


 凛とした声で王女は言った。


「いいですね?」


 そしてもう一度、念を押すように命令した。それは有無を言わせない口調だった。こうなるとラトナは引かない。このお姫様はこう見えて我の強いところがある。ルドラはそれをよく知っている。だからもう反論も否定もしなかった。


 ラトナは顔を明るくすると、ルドラとリコの手を取った。


「ねえ、みんなでお出かけしましょう」


 ルクトルク城からほど近い、小高い丘に四人で出かけた。ルドラ、ラトナ、グレン、そしてリコ。


 この場所はルドラたちが昔からよくきている場所。ここからの眺めがルドラは好きだった。


 平和が訪れた今、心置きなくこの場所に来ることができる。


 いつか人と魔族が手を取り合って生きていける日が訪れるだろうか。


 一筋の風が駆け抜けて、あたり一面に白い花びらが舞い上がった。


「花が」


 舞い上がっていく白い花をルドラが見上げる。


 白い花びらは、まるでルドラたちを祝福するように彼女たちを包み込んだ。


 ルクトルクには花が舞う。花の名はイシュメナ。花言葉は希望。


第2章 ルクトルク王国編 完


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