はじめてのマッチョ
(体 育 っ て な ん だ ろ う …)
編入生の三人は寮のラウンジで、寮長から渡された時間割を眺めていた。
ユーリアが憂鬱そうにうなだれている横で、アリスタは既に運動着に身を包み、ロウはアリスタを参考に女子の運動着姿を想像していた。
「うぅ…肉体は魂の器じゃないんでしょうか、踊り子や騎士様ならともかく、身体に施す教育とは一体何なんなのか…」
ユーリアとしては不安に任せて出て来た独り言に、ロウが反応した。
「あー、ね。僕は学校が初めてだから、そういうのがあるのかと思ってたけど違うんだね」
「初めて。ロウ・タリス殿は貴族なのか?」
「あ、ロウで大丈夫、アリスタって呼ぶから。まぁ、そう。こうやって先生や生徒が一緒に勉強するのっていいね。1年生から来たかったよ」
「私も、1年生から来たかったです… でも、4年生からでも入れて嬉しいです!体育は不安しかないんですが…」
なごやかに話す3人に駆け寄り、タンクトップの肩を正してマッチョが元気に挨拶をした。
「ようこそ!体育の授業を担当するマッチョだ!君たちは体育が初めてのようだね!光栄だよ!」
マッチョは大きかった。
太ももは古代の神殿が如く重厚感でそびえ、発達した三角筋と僧帽筋は、百獣の王も這い上がれまい角度で彼の腰から背中にかけての稜線を荘厳に描き出していた。
一方、彼がまとう布は薄く、少なく、一般的生徒の観点からは下着と同じだった。初見で見るには刺激が強すぎる存在と言えた。
ユーリアは顔を赤くして固まり、アリスタは目を輝かせて立ち上がり、ロウはまばたきを忘れて絶句した。
「あ!先生、だめですよいきなり近くに立っちゃ!」
続けてラウンジに現れたシャロットにたしなめられ、マッチョは3人から3歩後ろに下がった。
「みんな待たせてごめんね、先生が来たいって言い始めて」
「当然だ、君たち昼まで空いてるんだろう?体育や実習の授業に森は必須だから、ぜひ案内させてくれ!」
断る術を持たない生徒達を連れ、マッチョは意気揚々と寮を出て森へ向かった。
「基本的には寮で運動着に着替えたら、森の入口集合だ。それがここになる」
森と一括りにされてはいるが、寮の近くはもはや草原のような開けた場所だった。
「この小屋はなに用ですか?」
ロウが目の前にある三角屋根の建物に興味を示した。
「ここは用具入れだ。掃除道具や非常用の食糧なんかも入ってて、見た目よりもけっこう広いんだよ」
「へぇ…」
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森の中は確かに広かったが、寮から伸びる大きな一本道を外れなければ迷うことは無さそうだった。
魔法の演習に使われる場所は、高い柵で囲われていて今は入ることができなかったため、そこを避けて1時間足らずの森歩きが終了した。
体育でどんな授業をおこなうか、具体的な説明を受けたことで、編入生達はイメージがわいた様子だった。
「そうすると、私たちは体力測定からなんですね」
「そうだ。それぞれの運動能力に応じて、踊りや乗馬、道具を使ったゲーム等をやっていくからね」
(よかった…運動っていうから怖かったけど、苦手な人同士のクラスでやることも選べるならまだ良いかも?)
ユーリアは周囲からどんくさいと言われることが多かったため、体育への不安が多少は和らぎ、気が楽になった。
森の入り口にある物置小屋にはウッドデッキがあり、授業前の生徒は大体ここでぶらぶらしていた。
マッチョ、シャロット、3人の編入生が森歩きから戻った時、その小屋の前でテラシアが手を振っていた。
「お疲れ様です!やたらお昼を作ってきたので、もしよかったらいかがですか?」
一行はここでテラシアが持って来たサンドイッチを食べることにした。
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「鍛錬は夜より朝の方がいいんですか?」
「いや、どちらにも良い点、悪い点があってね、朝用と寝る前用のメニューを考えるのがおススメ」
シャロットは筋肉育成話で盛り上がるアリスタとマッチョを見ながら呟いた。
「アリスタなら先生の助手やってくれるかな…」
「助手とかあるの?」
ロウは助手という単語に興味を惹かれ、サンドイッチを食べる手を止めた。
「うん。資料をまとめたりみんなの宿題を回収したり、雑用なんだけど。先生と接点が増えるから、アリスタにも良い気がして」
「へぇ、シャロットはそれでマッチョ先生を、何て言うか、サポートしてたんだ」
ロウの反応に、シャロットは遠い目で答えた。
「そう…最初は何か、放っとけなくて始めたんだけど、案外やることが多くて。先生に言ったら、もう1人増やしてもいいって言うから」
「へぇー、大変なんだね。でも助手ってかっこいいな。勉強になりそうだし」
「そうそう、先生の研究室とか面白いよ。マッチョ先生は部屋にそり立つ壁があってね…」
「お、そり立つ壁の話をした?シャロット」
「なんすかそれ?えっ、そんなものが?ふたつもあるんですか?」
マッチョ先生を支える道連れを探すシャロットをよそに、ユーリアはテラシアと平和な話を弾ませていた。
「テラシアさんってよく食堂にいるイメージですけど、アルバイトなんですか?」
「テラシアでいいよ。あぁ、バイトじゃないんだけど、半年くらい手伝いしてた時期があって、食堂で何かしてると落ち着くんだよね」
ユーリアがテラシアを見る目には憧れがこもっていた。異例の2学年編入生、シャロットと同郷、ジブレーの実家であるカルヴァドス大公家の使用人など、異色の経歴が気になっているようだった。
「何か、そう聞くと確かに珍しいね。色んな人とつながりがあってラッキーかもね」
「いやー、すごい巡り合わせですね!それに、あの、王太子様ともよく話されてますよね?」
(王太子様?)
きょとんとするテラシアだったが、タリスの事だと言われて「そう言えばそうだった!」という反応をした。
「へへ、王太子様だったね。ジブレーと違って普段は接点も無い人だから、全然つながんなかった」
「それってタリスさんのことを肩書じゃなくて個人として見てるって感じで、何かいいですね」
テラシアはユーリアのロマンある解釈に、こそばゆさを感じた。
「そうなのかな…まぁ、食堂の仕事も手伝ってくれるし、優しいと思うよ。ちょっと暴走するとこがあるけど」
「暴走!?」
「うん、誤解しやすいというか」
「へぇー、やっぱり付き合いが長いとお互いのことも良く分かってる感じがして素敵ですね」
ユーリアとテラシアはこの日をきっかけによく話すようになり、シャロットはマッチョの助手として道連れにする者を獲得した。
それでなくても時空歪んでんのかってくらい時系列が乱れているので、夏のりんご祭りの次に書いた話ですが、変なところに割り込ませました。




