足グネ令嬢14歳、春のりんご祭り
理由は知らないが、ジブレーが足をグネってしまったと聞いたシャロットは、後で何を差し入れるか考えながら、教室で次の授業を待っていた。
「シャロットさんは良かったわね、魔法がとても上手で」
急に会話を投げかけられたシャロットは、顔を上げて声の主を探した。見覚えは無いがおそらく他学年であろう女生徒の群れの中に、うっすらと見覚えのある顔を見つけ、発生源だろうと仮定した。
「そう? ほめてくれてるなら嬉しいな」
好意的な雰囲気は感じなかったが、一応シャロットは肯定的に返してみた。
「もちろん褒めてますわよ。だって見放された島出身の平民が奇跡的に魔法学校への入学を許されて、学校に通えてるんですもの」
「本当によかったわねぇ、最初は字も書けなかったんでしょう? 頑張りましたのねぇ」
「でも私達、勉強より別のことを頑張った方が良いんじゃないかって心配してるのよ?」
別の女生徒も参加しはじめ、シャロットは会話の方向性に察しがついてきた。
「ほら、学生の間はいいけど、卒業したら元の暮らしに戻る訳でしょう? あなたほど可愛らしい容姿なら、貴族への嫁ぎ先もあるんじゃないかしら」
(なるほど、結婚ね! このパターンも増えてきたなぁ)
シャロットは笑顔を浮かべたまま、内容を聞き流すことにした。
入学当初は、自分がいてはいけない場所に居座っているような気分で、いつ誰に非難されるか怖くて仕方なかった。
タリスが庇ったり王城に招待してくれたりする度に、彼と立場の差を感じて居たたまれなくなった。だからこそ勉強を頑張る力になったと思う一方で、当時の彼女は幸せとは言えない状況だった。
(にしても、ジブレーがいない時にだけ話しかけてくるのは、たまたまじゃないんだろうなぁ)
ジブレー。
「そうだ!」
突然の大声に、演説中の女性と周りの生徒が何かという顔でシャロットを見た。
「あ、ごめんなさい、ジブレーのお見舞いを急に思いついちゃって」
シャロットが照れているところへ教員がやってきたため、女生徒達は歯切れ悪く会話終了となった。
(駅前カフェの季節限定メニューを買ってこう!)
ジブレーのりんご好きと、限定りんごスイーツの話が脳内で繋がったシャロットは、授業後すぐの出発を決めた。
新学期早々の緩やかな授業の速度にあわせ、シャロットは頭の片隅で1年生の頃を思い出していた。
(今の私がいるのはジブレーのおかげだって、言っても信じないだろうなぁ)
テラシアが気さくに話しかけてくれたこと、ジブレーが話したこともろくにない彼女に手紙をくれたこと、その手紙を彼女が読める言葉で書いてくれたこと、そのためにテラシアと何日もかけてくれたこと、彼女を傷付けたのではないかと心配していたこと。
知れば知るほど、ジブレーは大人びている割に不器用で、黙っていると怖く見える自らの容姿を気にしながらも自己表現が苦手な、彼女と同じ人間だった。
(アルパカを羊って言ったり、ただの牛に驚いたり、初めて島に来たときは面白かったな)
思い出を振り返りながらのびのびと授業を受け、教科書を片付けるシャロットに、また声がかかった。
「授業お疲れ様」
シャロットが驚いて顔を上げると、寮にいるはずのジブレーが無表情で立っていた。
「ジブレー? あれ? 足は大丈夫なの?」
彼女の表情は変わらなかったが、つつ…と目を逸らしたのを見て、シャロットはピンときた。
「もしかして、駅前のカフェ」
「!」
無表情のまま、目を見開いてシャロットを見つめたところで、シャロットは笑ってしまった。
「なんだ、もう知ってたの? このあと持ち帰りメニューを買ってこようと思ってたのに」
「え…私に?」
「もちろん! でも歩いて本当に平気?」
「それは大丈夫よ。先生に診てもらったら軽い打撲で痕も残らないそうよ。今はほとんど痛くないわ」
-----
二人が談笑しながら駅に向かう姿を、私は危機感とともに見つめた。
信じられない。シャロットが全然かわいくない。
あんな大人数からバンバンけなされて、なんであんなケロってしてるの?
平民で魔法学校に入学したの、ほとんど居ないよ? 学校外ではまだまだ身分は絶対だよ?心細い気持ちは?
あとタリス様はどこ行ったの?支える必要無かったけど。




