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第7話 金の雨が降り注ぎ、銀の川が流れ出す。そんな夢を見た

 あれから二日後、集団自殺者の葬儀も何事もなくしめやかに終了した。

 付近の人々のほとんどが参加したが、私達に向けて殺意の目を送るような人間はごく少数だった。エフェスの人々も、さすがに私達がダム推進派ではないことは、薄々分かってくれているらしい。葬儀の後始末をしていると、あんた達も大変だねと、しわがれた名も知らぬ老人に声を掛けられ、ほんの少しだけ泣きそうになった。

 そう、私達だって好きでこんな死地に居るわけではない。確かにラシケント人を代表する立場ではあるが、エフェスに楯突くための急先鋒として赴任しているわけではない。むしろ休戦の延長、終戦そのものを願っているのだ。

 老人にその事を話すと、エフェス神のご加護がありますようにと、祈ってもらえた。

 全てはまるで一炊の夢のようで、一夜明ければ何事もなかったように、町は普段私達に見せるよそ行きの顔に戻っている。

「あ、伝書鳩が戻ってきましたよ」

「ふーん。何かまた、ルアドの野郎が無茶な事言ってそうだよね。とりあえず読んでみて」

 やるきを微塵も感じさせず、机にだらりと体を預けたまま、カルに伝書鳩の処理を任せる。

 前回の依頼、ダムの建築に関する把握状況に関しては、その日の内に誰もが知っていて、建設反対の貼り紙が貼られるわ、大使館前で集団自殺はされるわ、ろくでもなかった事を伝えておいた。これで少しは外交努力をしようと、ルアドが考えてくれればいいのだが……

「えーっと、エンドさん」

「はいはい」

「ダム建設に関して、撤回はしない。もしエフェス側がダム建設について反対をするようなら、水源管理費用として、マーシャ金貨を年十万枚払い、かつ、ダム開発の為に起債した建設国債の全額、金貨四百万枚の即時弁済を要求するように、とのことです」

「エフェスの国家予算って、ラシケント情報院の調査によるといくらだっけ?」

「マーシャ金貨約四百万枚です」

「ふーん」

「えっと、どうしましょうか……」

「どうしましょうもこうしましょうも無いよ。もうルアドの目的は分かったわ。私達を合法的にエフェスに殺させたいのよ」

 椅子に思い切り身を預け、軽く深呼吸をする。

砂漠と乾いた土壁の匂いが、今日ほど強く感じた事は無い。きっと死が近いからだ。私はいよいよ、のっぴきならないところまで来ている。こんにちは死。初めまして絶望。

 もしこの要求を伝えず本国に帰れば、私達は罷免され、賠償金として全財産を越えるような金額を要求される事になる。そのまま伝えれば、エフェスの怒りに触れて私達は見せしめの為に死刑にされる可能性が濃厚。そうでなくても、暴走したエフェス国民の誰かが、勝手に私達を殺す可能性、下手をすれば暴動に発展しかねない。

 ルアドにとっては、かつて最大の政敵だった父、ヨシュアの残党を一掃できる良い機会と踏んでいるのだろう。嫌な話だ。最低の死に様に違いない。

「出かけるわよ。準備して」

「出かけるって、どこにですか?」

「バドルのところに決まってるでしょう」

 立ち上がると、外出用の陽射しを防ぐ上着に袖を通し、姿見の前で細かい部分を整える。

 カルは一瞬何か考えるように天井を見上げて、慌てて返事をする。

「それ、殺されに行くようなものじゃないですか!」

「何もしなくても死ぬなら、何かしてから死んだ方がいいでしょう。けれど、君が逃げたいなら私は止めない。私の貯金してたマーシャ金貨三十枚がそこの引き出しの中にある小さな金庫に入ってるから、それを持ってどこにでも行けばいいわ」

「エンドさんを放っていくわけないでしょう!」

「じゃあさっさと着替えなさい。その服装のまま外出したら、肌が焼けて痛いわよ」

「そんなことより、僕はエンドさんが!」

 うだうだと言い訳をするカル。気持ちは嬉しいしありがたいけど、これ以上つまらない芝居じみたやり取りを続ける訳にはいかない。

 刺すような視線で睨み付けると、カルは言葉を途中で切って俯いた。

「大使とか宰相とかさあ、地位があるってうっとうしいよ。本当に、このまま何もかも捨ててしまいたいくらい。だけど、義務も責任も果たさないまま、逃げ出すのはもっと嫌いなの。

 これがラシケントという国の意思であれば、私はエフェスに伝えなければならない。その結果として、その場で斬り殺されようが火あぶりにされようが、それが私の仕事だったんだから、後悔なんてしないわ」

「逃げたっていいじゃないですか! ラシケントはエンドさんを殺そうとしている!」

「カル君、女の私だってさあ、格好良く死にたいじゃない? 命あっての物種とは言うけど、どう生きたかって大事だと思うの。ここで逃げ出したら、私は一生後悔する。無責任に全てを投げ出した、クソアマだってさ」

「でも……このままじゃ……」

「私を心配してくれてるんだよね。嬉しいよ。だからねカル君、私は君に命令するわ。私を守りなさい」

「それはラシケント大使としてですか。それとも、エンド・ガーウィンとしてですか?」

「エンド・ガーウィン、私個人としてに決まってるでしょう」

 それを聞いたカルは、とても嬉しそうに笑って「はい」と短く返事をした。

 早速新しく買った銃―もちろん布にくるまれたままのものを杖のように装い、銃弾をポケットに詰める。

 やれやれ。君は今、とってもいい顔をしてるよカル君。私と一緒に心中してくれるなんて、乙女冥利に尽きるよね。私は今、少しだけ幸せだよ。

「ま、そういうわけで、さっさと着替えてバドルの家に行くわよ」

「ちょっと待って下さい」

「外で待ってるわ」

 薄暗く、涼しい大使館を出ると、既に真昼の太陽がじりじりと照り付けている。恨めしい程の晴天。神様はまだ、エフェスの人々を助けてくれないようだ。

 ちらりと横を見れば、壁には半分破られた、ラシケントのダム建設に対する抗議の落書き。

 さて、今日私は死ぬのか、それとも生き延びられるか。

 オッズは低め、私が死ぬ可能性はかなり高い。大穴が出るといいんだけどな。

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