第6話 資本主義の豚のように
葬儀はラシケント大使である私、個人の名義で開催される事になる。
さすがにこれをラシケントの国葬とするには、色々と煩雑な手続きや外交交渉が必要となってくる。ましてや、今まさにダムを造らんと企てるラシケントが、まともにエフェスと外交をするなど夢物語もいいところだ。
大きく溜息を吐いて、鎧戸になった窓の外を見る。そこはすでに、閑静な高級住宅街の表情を取り戻しており、瀟洒な住宅の間を涼しげな風が吹き抜けていく。もちろん、血の匂いも残ってはいない。
カルが探して依頼をしてくれた葬儀屋は、私に侮蔑の視線を投げかけながらも、死体を迅速に回収し、事後の掃除も丁寧に行ってくれた。
「葬儀は明日執り行うそうです。予定の中には、ラシケント大使として哀悼の意を表明する為の時間がありますので、原稿を用意しておいて下さい」
「分かった。ありがとう」
「あの、エンドさん!」
「何?」
「なんて言うか、その、元気出して下さいね」
いやはや、どこまで純情なのかなカル君は。こんな状態で元気も何も無いんだし、もうちょっと違う事言って欲しかった。けれど、これはこれで、彼の精一杯なんだろう。
期待はし過ぎてはいけない。必要以上に求めてはいけない。だから私も笑顔を見せる。
「ありがとう、カル」
「は、はい!」
照れくさそうに笑う彼。なかなかいいよ、ごちそうさま。
さて、元気を取り戻したところで、仕事はまだ残っている。このダム建設について、ラシケント側はどういう意図があるのか、聞いておかねばならないだろう。
羽ペンの先をインク瓶に浸し、書簡を作る。宛名は宰相のルアド。ダム建設について、既にエフェス政府及び国民が広く知っており、これはいったいどういうことなのか、ご説明を願えないだろうか。
皮肉たっぷり、嫌味満載で、慇懃無礼な内容を満載にして、伝書鳩の足にくくりつける。
窓から鳩を飛び立たせ、鎧戸を閉めると、棚の置くから酒瓶を取り出し、グラスを二つ用意する。酒はエフェスに於いて御法度となっているため、時折国から届く荷物に混ぜてもらっているものだ。
「僕はお酒、あんまり好きじゃないんですけど……」
「付き合ってよ、カル」
「仕方ないですねえ」
苦笑しながら瓶を持ち、二つのグラスに酒を注ぐ。赤い色はまるで血の色。唯一神ソーリアが人類の愚かさを嘆き、流した血涙が酒の始まりと言われている。
グラスを持ち上げ、小さく乾杯と言った時に、ドアを叩く音がした。
「誰よ? 今忙しいんだけど」
「マーシャ大使のアレサです」
人がこれから痛飲しようという時に限って、さらに酒がまずくなる客人の登場だ。けれど、断る事もできないので、仕方なく戸を開けてやると、満面の作り笑顔を浮かべたアレサと、従者をしている眼帯娘のニナが立っていた。
彼女は長細く、布にくるまれた何かを持っている。おそらく中身は銃だろう。
アレサは商業国家であるマーシャの大使という事もあって、潤沢な資金で豪遊をしているともっぱらの噂だ。こうしてたまに、情報交換とラシケント・マーシャ親善の為と言って、わざわざ訪問をしてくるが、いつ来るときもこの国の長老衆でさえ滅多に着ないような、高級な絹織物の衣装に袖を通しており、差し入れも最高級の品々を持ってくる。
ラシケントに対する示威行動も兼ねているのだろうが、その態度や振る舞いはいちいち勘に障る部分がある。
「入っても宜しいですか?」
「どうぞ。ついでに酒もあるわよ」
「これはこれは。私もちょうど干し果物をお土産に持ってきたので、おつまみにいかがでしょうか」
そう言って、革袋を机の上に置き、中から干した杏を取り出し、私に渡す。
形も良く、適度に糖分が浮かんだそれは、かなりの値段がすることだろう。この国に於いて、果物は最高級の嗜好品の一つとして、大切な相手に贈るものとされている。
「相変わらず景気が良さそうね」
「おかげさまで、ラシケントの武装神官の皆様が銃を買って下さっているので、私共としても商売は順調です」
「そうそう、あの銃ね。近い内に実戦投入されるかも知れないわ。知りたかったんでしょう? 実際の戦場に投入した場合、果たしてどうなるのか。私達に使ってもらうことで、実験をしたかった。違うかしら」
一呼吸の間を置いて、アレサは小さく手を叩き、できるだけ声を殺すように笑った。
「まあ、上の方はそう思ってるようですけど、私がそんなことに興味があると思ってますか? 私はラシケントが、我が国の作る銃を買って下さる。それだけでいいんです」
「以前から疑問に思ってたけど、何で私達に銃を売るの?」
「エフェスに売ったら、ただでさえ戦況が不利なラシケントは、それこそ滅亡の危機に追いやられてしまうでしょう」
「正直言って、マーシャの民であるあなたにとって、ラシケントが滅びようが滅びまいが、どっちでもいいと思うんだけど」
「ええ、確かにラシケントがどうなろうと知った事じゃありません。ですが、もしラシケントが戦争に負けて、エフェスに併合されてしまったら、今度はエフェスの矛先がマーシャに向くかも知れません、それに―」
「それに?」
「もし戦争が終わってしまったら、あなた方は我が国から、いえ、私から武器を買って下さらなくなってしまうでしょう?」
何と反論して良いのか、言葉を探してみたが、それも馬鹿馬鹿しくなってきた。こいつは本物のカネの亡者だ。戦争に寄生して、エフェスとラシケントの両方から血を吸う吸血鬼なのだ。
「なぜそんな話をしたの?」
「不信感を抱かれて、私共の銃に対する信頼が落ちてはいけないからです。私はエフェスが対ラシケントの戦争に勝つことを、決して望ましいと思っている訳ではありません。銃をあなた方の国に渡したのは、もうすぐ和平の期限が切れて、戦争が再開した時に、もし万が一エフェスが総力を挙げてラシケントを潰しに掛かって来たりしてしまった際に、あなた方に滅びられては困るからです。せめて武器の代金は払ってもらいたいですし、これからもずっと、無駄な血を流す戦争を続けていただきたいと思っていますから」
「うわあ……」
「あははっ、そんな目で見ないで下さいよ。照れてしまうじゃないですか」
ちらりとカルを見ると、無表情な氷のような目で事の成り行きを見守っている。最低で最悪な事だけれど、アレサは今私達の味方だ。そんな味方といがみ合う事は、敵を利する事になるだけだ。それに、銃の製造と供給を担っているマーシャと対立するなど、絶対にあってはならないのだ。
カルは私の視線に気が付くと、大丈夫ですと言いたげに小さく頷き、また目線を元に戻した。
「ところで、町ではダムの話で持ちきりですが、そんな中で今日、ラシケント大使館前で集団自殺があったとお聞きしたので、様子を見に来た次第です。しかし、全く被害を受けておられないようで安心しましたよ。ねえニナ」
「はい」
小さく答え、彼女は頷く。
「被害が無い? 自殺したエフェス国民達の哀悼の意を表するために、急いで葬儀屋を手配し、掃除をしてもらっただけで、被害なら嫌って言うほど出てるわ」
「おっと、それは申し訳ありません。お亡くなりになられた方のご冥福を、謹んでお祈りいたします」
わざとらしく、ソーリア信者がやるように、十字を切ってまぶたを閉じる。
初めて会った時からずっと、食えない、いけすかない商人だとは思っていたが、何年経ってもそれは変わらない。この従者の少女にしても、無口で、ほとんど何を考えているか分からない。ただ一つだけ言える事は、私達は大切なお客様、金の卵を産む鶏であり、そんな鶏を殺すバカなど居るはずもない。少なくとも今現時点では、彼らは私、いや、ラシケントにとっては味方なのだろう。
「ところでエンドさん、今日は干し果物以外にもう一つプレゼントがあります」
「あら、気が利くじゃない。何かしら? 金貨? それとも宝石?」
「はははっ、もっと良いものですよ」
そう言いながら、彼は初めて会った時のように、ニナが持っている布にくるまれた長細い何かを受け取る。
するすると、慣れた手つきで布を取り去ったそこから出てきたのは、やはり銃だ。ただし、普段見慣れているものとは部分的に色々違う。
アレサはそれをカルに渡すと、彼は早速色々な部分を触って、何かよく分からないが具合のようなものを確かめている。
「見た目にはあまり変わりがありませんが、普段の手入れや弾丸を込める際の動作が、以前より格段に簡単になりました。さらに使用する弾丸も、薬莢が紙ではなく鉄になり、破壊力も上がっています」
「他にも色々と改良が加わっているんじゃないですかね。見た目だけで、実際に撃ってみなければ分かりませんが」
「カルさんは、武装神官として活躍しておられたと聞き及んでいます。その後、私共から購入した銃についても、誰よりも早く使い方を会得されたとか。
私としても、あるべきものがあるべき主の下に届く事こそ、商人としての至福ではないかと思っています」
わざとらしい世辞を無視して、カルは色々なところを触り、渡された弾丸を見たり、興味津々といった面持ちだ。口に出してこそ言わないが、どうやら新しい銃の事をかなり気に入っているらしい。となれば、後は購入するだけだ。
プレゼント、とは言ってもおそらく、カネは取られるに決まっている。マーシャは尻の毛までむしると言われる、ごうつくばりの商業国家だ。しかし、その武器の信頼性は極めて高く、ラシケント、エフェス、共に自分の国で作る武器や防具は格段に質が低く、脆いのだ。
そして今回、マーシャからもたらされた銃の評判も良いらしく、銃の購入を仲介した私に対しての周囲の評価は、この大使館の予算にある程度の良い影響をもたらしてくれた。
まさに今、この状況だ。護身用としては、新しいマーシャの銃は渡りに船だ。彼も商機は今と思って、わざわざ干し果物まで持って訪れたに違いない。
「で、それはいくらなんです?」
「あはははっ、さすがはエンドさん。話が早い」
「中途半端な猿芝居は見飽きたから、さっさと用件を済ませたいだけよ」
「では、これくらいでいかがですか?」
すっと、片方の手を私に見せる。なるほど、マーシャ金貨で五百枚か。新製品の銃だと言うなら、それくらいは仕方ないだろう。ただ、今は持ち合わせが無い。一度本国に使いを出して、用意させねばならない。
「値段に問題は無いけど、今の手持ちじゃ不足してるわ。四、五日の時間を頂けるかしら」
「おや、大使館の財政はそれほど逼迫しておられるのですか」
「失礼しちゃうわね。マーシャ金貨五百枚なんて、いくら私でも即金で出すのは厳しいわよ」
「いえ、金貨五十枚です」
「え?」
思わず変な声で聞き返してしまう。マーシャから銃を購入する際に、契約では一挺について金貨二百枚と言われていた。信じられないほど高額ではあるが、その威力を考えれば安いものだと言われ、ラシケントはその法外な値段を受け容れたのだ。
それが新型になって性能が上がったであろうもので、値段が安くなる。そんなことはおよそあり得ない。
さすがに私が怪訝な顔をしているのに気付いたのだろう。アレサは今までに無い笑みを浮かべて、説明を始めた。
「以前、銃を百挺ご購入いただきましたが、きちんと銃兵を訓練していたなら、そろそろ壊れ掛けている頃だと思います。ですから、新しく買い換えて頂ければと思いましてね。今回はそのための特別謝恩価格、と言ったところです」
「で、それが表向きの理由。本当の目的は?」
「銃は弾丸があってこその武器であり、無ければこれはただの鉄の棒。これからきっと、ラシケントとエフェスの戦争は、新しく始まる百年の間に、ますます泥沼状態になっていくことでしょう。その際に、軍事費が負担になりすぎて、破綻されては意味が無い。
武器をたくさん買っていただきたい。エフェスとラシケントの二国に於いて、血みどろの戦いを繰り広げていただきたい。その為には沢山の弾丸が必要になります。湯水の如く、これらを使うことになるでしょう。いえ、むしろ湯水の如く使っていただかねば。ですからお安くするのです。どうかマーシャをご贔屓に。撃って撃って撃ちまくって、たくさんエフェス兵達を殺して下さい。その為の供給はもちろんお任せを。
以上が私の本音です。さて、ご満足いただけましたか?」
「ええ、とても満足よ。カル、マーシャ金貨を五十枚用意して」
「こちらに」
カルは既に用意していた金貨の入った袋を渡すと、ニナが中身を確認する。
しばらくの間机の端で数えていたが、やがて枚数が合っている事をアレサに報告すると、彼は嬉しそうに笑った。
「毎度ありがとうございます。今回は弾丸をサービスで十発お付けしましょう」
「ありがとう。そしてこれからもよろしく。あなたの事、個人的には大嫌いだけどね」
「正直過ぎるあなただからこそ、私は安心して取引をできるのですよ、ミス・エンド」
食えない男だ。本物の銭の亡者。だが、それ故に信頼できるという部分もある。
個人的には嫌いだが、商売相手として見られている間は、私達の味方だろう。その間は存分に利用させてもらおう。そして、いつの日か奴らの寝首をかいて、マーシャもエフェスも併呑してしまえばいい。
彼らが裏切るとするなら、ラシケントの勝利が決定的になった時だろう。だが、今のところそれはあり得ない。それに、金貨五十枚で最新式の銃を売ってくれるのだから、こちらとしてはありがたい限りだ。
「それでは、私達はそろそろ失礼しましょう。エンドさんもお忙しいでしょうに、お手を止めて申し訳ありませんでした」
「そうね、あなたの顔を見たせいで、気分が悪くなって仕事の効率が落ちたわ」
「重ね重ねご無礼お詫び申し上げます。では―」
先にアレサが出て、その後ろをニナが付いていく。最後に静かに戸が閉められたのを確認し、声を殺したまましばらく待つ。
やがて数分も経過した頃に、初めて口を開く。まるで時間が止まっていたのが、動き出したかのように。
「塩を撒くのよカル! 早く、塩!」
「よっぽどアレサさんが嫌いなんですね……」
「当たり前じゃない! あんな腐れ商人なんて、大嫌いに決まってるわ!」
「新しい銃を安く売ってくれたのに、まあいいんですけどね」
カルが戸を開けて、塩を撒いた後すぐに閉める。ちらりと外を確認したが、アレサもニナも、通りからは既に姿を消していた。
「ダム建設が始まってバドルには嫌味を言われ、家の前で集団自殺され、おまけにきな臭さを嗅ぎつけた狸商人に付け入られ、今日は本当に厄日だわ」
「まあ、全てはルアド様が決めている事ですから、ダムについても返事を待つしかありません」
「このままだと、休戦期限が切れる前に、私達の首が切り落とされるハメになると思わない?」
「あはははっ、洒落になってませんね」
笑いながら、カルは新しい銃を木箱の中に片付ける。まるで新しい玩具をもらった、子供のようにごきげんだ。だが、絶対に忘れて欲しくない。銃とは人を簡単に傷付ける、悪魔のような道具であるという事を。
机の上に目を落とせば、いつも通りの書類の山がそびえている。これからも、このつまらない書類にサインをして、時折本国に情報を送るだけの、平和な日々でありたい。私が望んでいるのはただ、平凡で穏やかな時間と日々。だが、それも既に叶わぬ願いとなりつつある。
休戦の延長はもはや絶望的。打つ手はあるんだろうか。私に何ができる?
考えれば考えるほど、頭痛の種は増える一方で、妙案は浮かばない。
グラスに入った酒を飲み干し、もう一度手酌で酒を注ぐ。
いっそ、大使なんてやめて、どこか遠い異国にカル君と愛の逃避行とかできないかなあ。
なんて思ってたら、ラシケント国民の皆さんにとても不謹慎で申し訳ないし。うーむ。
「エンドさんは、何だかんだで優しいですね」
「そうよ、私は優しいのよ! 今頃気付いたのか! 遅いぞカル君!」
「いっそのこと、ルアドを廃してエンドさんが宰相になられてみてはいかがですか?」
「嫌よ。面倒くさそうだし」
「そう言うと思いました」
とりあえず面倒な事は今は忘れよう。酒を飲もう。明日は明日の風が吹く。
今は疲れてるのだよ私。必要なのは休暇、休養。
そういうわけで、今日はお酒をもう一杯!




