第18話 砂漠の都、デトラ再び
あれから数日、私は荒廃したブルーノを一度空けて、デトラへと続く道を馬車に乗って移動していた。正直言って、ラシケントの方だけ、今居るブルーノの兵達を使って鎮圧してからにしようか迷ったけれど、あの大頭目であるアレサ・ウィルトの奴に拳の一発くらいはぶち込んでやらないと、私の気が治まらない。そして、アレサはまだデトラでのうのうと、大使として平和に生きているということだった。
「懐かしいですね、エンドさん」
「そうねー……暑いし暑いし、あと暑いしね……」
「あははっ、まあ久しぶりのエフェスですから、仕方ないかも知れませんね」
つい最近まで戦っていた相手と、今は共同戦線を張っている。その心強さは、計り知れないものだ。特に、鍛えられた銃兵を連れているラシケントの私達は、最長老のロラン、そしてバドルにかなり丁重に扱われているのが分かる。
これから始まる大粛清の事を考えれば、確かに味方は多い方が良いのだろう。
と、悠長な事を考えながら、汗だくになっていると、遥か前方に巨大なキャラバンが見える。だが、キャラバンはそもそも商人の隊列であり、これほどものものしい武装はしない。ああ、早速の熱烈歓迎かな?
「兵数はおよそ三千人、三つの旗印から考えて、長老衆のサマティ、クワント、スツルナ様が陣を敷いているようです」
偵察に出ていたホルンが戻ってきて、報告をしているのがこちらにも聞こえる。なるほど、三千とは結構な兵の数がいる。それに対して、こちらはバドルとロランの軍が二千二百人と、ラシケントの銃兵の生き残りがおよそ三百人。それほど劣勢では無いが、銃兵達の実力次第といったところか。
「カル、この戦はどう?」
「エフェスの兵達同士の力がほぼ拮抗していると考えるなら、残っている八百の兵に対して、我が銃兵三百人が始末をすれば良い事です。それに、ロラン様が呼びかければ、相手の兵達の中には、裏切る者も多く出るでしょう」
「とりあえず、よく分からないから任せるわ。勝ってね」
「もちろんです」
カルと話し終わった頃に、ホルンがこちらにやってきた。
「そちらの準備は宜しいですか」
「任せて」
返事をする私の後ろで、カルは兵達に弾を込めるように命令を下す。もうそれで、準備はできた。
「それでは、行くぞ皆の者! 最長老ロラン様と、エフェスの平和の為に逆賊を討て!」
沸き上がる祈りの声。ロランを讃える声。彼らはいつも、ブルーノの城塞に向かって来るときの、あの歌を歌い始める。
狂気じみて、馬鹿げていて、恐ろしかったあの歌声が、今はこれほど頼もしく聞こえる。
砂煙を上げて、剣と剣とが火花を散らし、辺りに怒号が飛び交う。まるで、よりどちらの祈りが大きいかを、試し合っているようだ。
「準備は良いな! 撃てーっ!」
百人ずつが隊列を組んで、一斉に射撃をする。その瞬間、一際大きく祈りの声を上げて、彼らは私達の方を見る。倒れた兵達の中には、まだ立ち上がろうとする者も居るが、次の百人がさらに射撃をくわえ、彼らが引っ込むとまた後ろから百人が前に現れる。
休むことの無い銃弾の雨を受けて、砂漠は見る見る赤く染まっていく。
「凄いな、鉄砲というのは」
ホルンが感心したように、まじまじと私達を見る。
「先にあなた達が手に入れていたら、私もカルも、今ここに立っていなかったでしょうね」
「そうだな。エフェスは強い」
それは自嘲と皮肉が、ない交ぜになって搾り出された言葉だ。
武器にあまり頼ることを良しとせず、肉体や精神を鍛える事に重点を置くエフェスの兵達からすれば、あまり銃を好みはしないだろう。おそらく、あまり広く採用される事はなく、例えそれがいかに強くとも、そんなものに頼りはしないと突っぱねる兵も多いに違いない。
だが、ラシケント人はこれを容易に受け容れる。彼らは現実主義的な、即物的な面が強い。勝つために必要な事に、手段も理由も選ばない。だからこそ淡々と、まるで農作業のようにラシケント人は銃を扱い、エフェス兵達を血祭りに上げる。
それはまるで、巨大な軍隊蟻の群のように、折り重なった死体を踏みつけ、さらに前へと進んでいく。やがて一時間もする頃には、こちら側に被害をほぼ出す事もなく、三千人と言われた兵は全て、捕虜となるか死体として辺りに横たわっていた。
「私の出る幕がほとんど無いとは、何だか寂しいな」
「ホルンってば役立たずの女だね!」
「何だと……?」
「キャー、カル君助けてーっ!」
「エンドさん、こんな時に仲間割れするような煽り合いをしないで下さい」
「はーい」
「おいカル、その女を私に寄越せ」
「渡してもいいが、少しでも何かしたらお前の頭にこいつを撃ち込むぞ」
黙りこくるホルンに対し、カルの背中からひょこりと顔を見せて、舌を出す。すると、額に青筋を浮かべて、こちらに殺意のこもった視線を投げかけてくる。
遊んでいると、ロランやバドルに怒られそうだからこの辺にしておこう。
まだ戦争は始まったばかりだ。
*
その日の夕暮れも迫る頃、私達はついにデトラの門前に立っていた。だが、既に中は残されていた長老衆達の間で戦争が起こっており、ところどころから煙が上がっている。
「バドル様、どうやら遅かったようですね」
「そうだのう。ロラン様の身に危険を及ぼす訳にはいかぬし、ここは我々だけで、夜が来る前に決着をつけねばなるまい」
バドルは呑気に、白く長いひげをいじくりながらそう言うが、私としては一日に二度も戦争をさせられることが、少しばかり面倒くさい。そもそも、戦場に立つということは、命の危険にさらされるということだ。
「ねえロラン様。今日は疲れたし、明日にしませんか?」
「無理ですね」
おお、あっさり断られた。この少年、見た目通りしっかり者だな、くそう。
「とりあえず正門から突破しましょう。私達の後から、ラシケントの皆さんは援護をお願いできますか」
「かしこまりました」
さらりと承っているカル。まあ、仕方ないのは分かっているんだけど、男の人ってみんな戦争が好きなのかなあ。むう。
「全軍、正門より突撃だ! 体に青い何かを着けている者は我らが味方だ。見落とさぬよう、気を付けて敵を討て!」
鬨の声を上げて、一斉にエフェスの全軍がなだれ込む。その後に続いて、銃兵を取りまとめる私達、ラシケントが後に続く。
中に入って、いきなりそこら中に民間人、軍人、老若男女を問わず死体が転がっている事に、正直言って吐き気がした。今までさんざん死体は見てきたはずなのに、ごく一般的な人間達が殺されている姿というのは、あまり見慣れていなかった。
軍人だから死んで当然という訳ではないけれど、なぜか悲しくて、ついソーリア式で祈りを捧げてしまう。
「何をしてるんですかエンドさん。ここは敵地のまっただ中ですよ?」
「いや……まあそうね……ただ、ちょっと彼らの為に祈っておきたかっただけ」
私の言葉に、改めて周りを見渡すカル。そして、なぜか彼は謝ってきた。
「申し訳ありません。私としたことが、戦場であるという事にばかり意識がいって、大切な事を見落とすところでした」
「いやいやいや! 謝られても! 今戦争中だし!」
「僕の分まで、優しくあってください。そして、彼ら、彼女らのために祈ってください」
「うん。それくらいしかできないし。私、結局その辺にいるただの女だから」
「目的地は神殿と、アレサの家です。僕らはアレサの方を先に叩きましょう」
「そだねー」
祈りを終えて走り出そうとしたその時、どこかで聞いた声が私を呼び止めた。
「よおー、ゲンキだったかラシケントのえーっと……なんだ?」
「あ、ハルマキ!」
「ふふふ、オボエてくれてたか? アリガトウ。たいほう、このクニでかんせいしたよ」
「そうね……完成したわね……」
「そういえば、あのネイとかいうコドモはどうした? あいつ、またオモシロイなにかつくってるんじゃないか?」
「ネイなら死んだわ。おかげさまで」
「ふーん……シんだか……でも、シねるのはシアワセなことだ。ワタシ、シネないからな」
「死ねない? 試してみる?」
私の言葉を聞いて、カルが銃を構える。だが、すぐにハルマキは通りの向こうの建物に入り、目だけを出して返事をする。
「シネないけどイタイんだ! えんりょする!」
「まあいいわ。今はあなたに構ってる暇は無いの。アレサの野郎をぶん殴ってから、裁判に掛けてやるっていう仕事が残ってるからね」
「アレサ……ああ、あのショーニンか? あいつならほら、うえをみてみろ」
「え?」
そこには、ネイが私達の脱出の為に出してくれたものより、大きな気球が浮かんでいた。
それも、ご丁寧にハルマキの似顔絵が描かれて、余計に腹が立つような外見をしている。
動いている方向から考えると、ひょっとするとラシケントに行こうとしているのだろうか。
「あのネイとかいうボウズもつくったらしいな。オシいことをしたネ。いつかハツメイしょうぶしたかったけど、あのよまでおあずけだな!」
けらけらと罪のない笑顔で笑うが、私には腹立たしさがいっぱいに込み上げてくる。
思わずそばに行って、ぶん殴ってやりたい衝動を必死に抑えながら、作り笑顔で返事をする。
「あんたさあ、ガキのクセにどこまで悪趣味なのよ? 大砲は作るわ、気球を作ってアレサを逃がすわ、私達の邪魔して楽しい?」
「アレサはかねをくれた。おまえたちはくれない。ただそれだけだ」
「あんたねえ、カネさえもらえば何でもいいの?」
「いいとおもってるよ。それじゃまた、どこかでアエルといいな!」
下り坂まで駆けていくと、そこに止めてあった車輪の付いた台の上に乗り、丘を滑り降りていく。今さら捕まえても意味が無いだろう。それよりも、アレサが本当に居ないのか、確認をする方が先だ。
「カル様、エンド様、マーシャ大使館はすでにもぬけの殻です!」
「何か手掛かりになるようなものは?」
「いえ、特には……」
兵は返事に詰まるが、私には、概ねの見当はついてきた。
「エフェスとラシケント、両方の官僚にカネを包んでいたなら、軍事力で弱いマーシャに戻るよりは、ラシケントで保護を頼むと思うわ。多分、あの気球は首都のシエナに向かってるはず」
「じゃあ、今日中にここを制圧して、次はラシケントですね」
「そうよ! あの野郎をぶん殴るのはお預け! だけど、お預けになったんだから、利子を付けて返してもらうわよ!」
私が拳を振り上げると、ラシケント兵達は皆歓声を上げる。
待ってろよ。マーシャの白豚野郎。今度こそ、鉄拳制裁をお見舞いしてやるんだから。




