第5話 名前を教えて
次の日。
学校から帰ってきてから、僕は何度も窓の外を見ていた。
机に鞄を置き、制服のままベッドへ腰を下ろす。
昨日。
あの窓から、小さな女の子が帰っていった。
青いカケス――ルクの背中に乗って、森の奥へ。
夕方の光の中で、銀白色の長い髪を風に揺らしながら。
足は少し楽になったと言っていたし、ちゃんと帰れたはずだ。
それでも。
「……結局、何だったんだろう」
独り言が漏れた。
十五センチほどしかない身体。
花びらを何枚も重ねたような頭巾。
紫色の瞳。
森の動物たちと話すことができて、人間をひどく怖がっていた。
それに、自分は地球の生まれではないとも言っていた。
でも。
名前すら知らない。
どこに住んでいるのかも、家族がいるのかも。
どうして森にいたのかも。
何も知らない。
「もう少し聞いておけばよかったかな……」
そう思って、すぐにやっぱり無理だったと思い直した。
昨日の彼女は、僕が少し動くだけでも身体を強張らせていた。
特に、手を怖がっていた。
近づけるだけで、紫色の目が指先を追っていた。
あんな状態で質問ばかりしたら、もっと怯えさせていたかもしれない。
だから、あれでよかった。
少なくとも最後には、ありがとうと言ってくれた。
それも。
最後は、僕の手じゃなく。
僕の顔を見て。
僕はベッドへ寝転がった。
ポケットの中でスマートフォンが震える。
取り出して画面を見ると、クラスのグループや紬からいくつかメッセージが入っていた。
いつもなら適当に返す。
でも今日は、なんとなくそんな気分になれなかった。
画面を消して枕元へ置く。
そのまま顔を横へ向けると、視線の先には出窓があった。
昨日。
あそこに十五センチほどの少女が座っていた。
脚に小さく切ったガーゼを乗せて。
「……もう会えないのかな」
口にしてから、自分でも少し驚いた。
昨日会ったばかりなのに。
名前すら知らないのに。
もう一度会いたいと思っている。
今度会えたら、せめて名前くらいは聞いてみたい。
嫌そうじゃなければ。
そんなことを考えながら、ぼんやり窓を眺めていた。
◇
コン、コン。
小さな音がした。
「……?」
枝でも当たったのかと思う。
そのまま寝転がっていると。
コン、コン。
また聞こえた。
今度は、はっきり窓の方からだ。
僕は身体を起こした。
「なんだ?」
出窓を見る。
もう一度。
コン、コン。
「あ」
窓の外に、青い鳥がいた。
「ルク?」
ルクが窓枠に止まり、くちばしでガラスを叩いている。
昨日見た鮮やかな青い羽。
そして、その背中には。
「……!」
昨日の少女がいた。
花びらを重ねたような頭巾。
その下から流れる、長い銀白色の髪。
昨日と同じ紫色の瞳が、ガラス越しにこちらを見ている。
僕はベッドから立ち上がった。
そのまま駆け寄りそうになって。
途中で足を止める。
昨日のことを思い出したからだ。
僕が急に近づけば、それだけでこの子には怖い。
ゆっくり窓へ近づき、留め金へ手をかける。
「開けるよ」
少女が小さく頷いた。
窓を開ける。
風が部屋へ入り、少女の銀白色の髪がふわりと揺れた。
ルクが窓枠から出窓へ移る。
少女もその背中から降りる。
昨日とは違う。
片脚を庇うことなく。
小さな靴が出窓を踏む。
もう片方の足も続く。
出窓の上へ立つと、改めてその小ささがわかった。
昨日は森の中で、それどころではなかった。
けれど自分の部屋に十五センチほどの少女が立っていると、いつも見慣れているものまで急に大きく見える。
窓の留め金ひとつでさえ、彼女の腰より高い。
出窓の縁も、少女の足元から見ればかなりの高さがある。
僕は真っ先に脚を見た。
「足、大丈夫なの?」
「うん」
「ほんと?」
「もう平気」
少女は二、三歩歩いてみせた。
一歩。
もう一歩。
銀白色の髪が背中で揺れる。
昨日のように脚をかばってはいない。
「よかった……」
思わず息が抜けた。
少女が僕を見る。
少しだけ首を傾げる。
「心配してたの?」
「そりゃするよ。怪我してたんだから」
「……そう」
少女は少しだけ視線を逸らした。
横を向いた拍子に、頬へ髪が一筋落ちる。
「それで」
僕は改めて彼女を見る。
昨日。
怖がって縮こまっていたときよりも、今日は姿勢が少しまっすぐだった。
「今日はどうしたの?」
「お礼」
「お礼?」
「昨日の」
少女は少し姿勢を正した。
小さな両手を身体の前で揃える。
「ちゃんと言いに来たの」
「昨日も言ってくれたけど」
「それだけじゃ駄目だって」
「誰が?」
「おじいちゃん」
「君のおじいちゃん?」
「うん」
初めて聞く家族の話だった。
「昨日、帰ってから全部話したの」
「全部?」
「森で怪我したこと。ルクがあなたを連れてきたこと。助けてもらったこと」
少し間を置く。
紫色の目が、ほんの少しだけ僕から外れた。
「人間の家に入ったことも」
「……怒られた?」
「怒られた」
やっぱり。
少女の口元が少し不満そうになる。
「おじいちゃんにも、おばあちゃんにも」
「おばあちゃんもいるんだ」
「いるよ」
また一つ、彼女のことを知った。
「人間に近づいちゃ駄目って言われてたから」
「それは怒られるか」
「でも、助けてもらったんだよ」
「うん」
少女は少し不満そうな顔をした。
眉がわずかに寄る。
「だから聞いたの。人間って、本当にみんな怖いのって」
「……」
「あなたは助けてくれたし、嫌だって言ったこともしなかったでしょう?」
「おじいちゃんたちは何て?」
「おばあちゃんは、助けてもらったことには感謝しなさいって。でも、それだけで信用しちゃ駄目だって」
「まあ……そうだよね」
「人間は私たちよりずっと大きいから、悪気がなくても危ないことがあるって」
昨日。
僕が手を動かすだけで少女が怯えていたのを思い出す。
僕の指一本と。
この子の腕。
僕の掌と。
この子の身体。
並べれば、怖がる理由なんてすぐにわかる。
それは確かに、その通りだった。
「おじいちゃんは?」
「危ないって決めつけるのも、安全だって決めるのも早いって」
「じゃあ……」
「もう少し見てから決めればいいって」
「僕を?」
「うん」
少女が僕を見る。
紫色の目がまっすぐこちらへ向く。
昨日より。
ずっと自然に。
「約束を守るか。嫌だって言ったことを、本当にしないか」
「なるほど」
信用されたわけじゃない。
でも、危険だと決めつけられたわけでもない。
今は、その途中らしい。
「それで、今日は来てもよかったの?」
「うん。でも条件つき」
「条件?」
「帰ったら、ここで何をしたかちゃんと話すこと」
「全部?」
「全部」
少女は頷いた。
頭巾の花びらのような縁も一緒に少し動く。
「それで、おじいちゃんかおばあちゃんが危ないと思ったら、もう来ちゃ駄目」
「厳しいな」
「心配してるから」
「そりゃそうか」
十五センチほどの孫娘を、人間のところへ行かせるのだ。
むしろ、それでも許してくれたことの方が意外だった。
「それから、おじいちゃん、本当は自分でお礼を言いたかったんだって」
「じゃあ、どうして来なかったの?」
「大人が簡単に人間の前へ姿を出すわけにはいかないからって」
「大人は駄目なんだ」
「……」
少女は返事をしなかった。
代わりに、少し不満そうな顔で胸元へ手を伸ばす。
そこには、星の形をした小さな首飾りがあった。
昨日も身につけていたものだ。
少女は細い指先で、その星を弄る。
「どうしたの?」
「別に」
「?」
「なんでもない」
そう言いながら、指はまだ星の縁をなぞっている。
明らかに、なんでもない顔ではなかった。
けれど、それ以上聞くのはやめておいた。
◇
「あ、それと」
「まだあるの?」
「あるよ」
少女が少し真面目な顔になる。
さっきまで首飾りに触れていた手を下ろした。
「ほかの人には絶対に言わないでって」
「昨日と同じだね」
「え?」
「僕も言ったでしょう。誰にも言わないって」
「……うん」
「約束したし」
「覚えてる?」
「もちろん」
少女は少し安心したように見えた。
張っていた口元が、ほんの少しだけ緩む。
「だから」
少し言いにくそうに視線を動かす。
出窓。
部屋の中。
それから、また僕へ。
「……たまに、ここへ来てもいい?」
「え?」
思っていなかった言葉だった。
少女は僕の反応を見て、少しだけ身体を硬くする。
両手が身体の前で重なった。
「嫌なら来ないけど」
「いや」
僕はすぐに首を振った。
「嫌なんて言ってないよ」
「ほんと?」
紫色の目がこちらへ向く。
「うん。別に構わないよ」
「……よかった」
はっきり安心した顔をした。
肩が少し下がり。
目元も柔らかくなる。
その表情を見たのは、初めてだった。
昨日は。
怖がる顔。
警戒する顔。
痛そうな顔。
そんなものばかりだったから。
「でも、どうして?」
「なにが?」
「また僕に会いたいの?」
少女は少し考える。
「人間のこと、もう少し知りたいから」
「人間のこと?」
「うん」
「僕で?」
「うん」
「……責任重大だな」
「セキニン?」
「ああ、いや。なんでもない」
少女は不思議そうに僕を見る。
首を傾げると、銀白色の髪が片側へ流れた。
「でも」
少女が少しだけ僕を指差した。
小さな人差し指が真っ直ぐこちらへ向く。
「変なことしないでね」
「しないよ」
「ほんと?」
「昨日も言っただろ」
少女は少し考えてから。
ほんの少し。
口元を緩めた。
「そうだった」
昨日、同じことを言われたときとは、声の感じが少し違っていた。
同じ言葉なのに。
昨日ほど怖がっているようには聞こえなかった。
◇
「そうだ」
少女がルクの背中に括りつけてあった小さな包みを外した。
「これ」
「なに?」
「お礼」
「まだあるの?」
「これは私から」
少女は両手で包みを抱える。
十五センチほどの身体には、それなりに大きな荷物らしい。
胸の前へ抱え、少しよろけないように足を開いている。
それを出窓の上へ置いた。
彼女には両腕を使わなければ持てない大きさなのに、僕から見れば指先で簡単につまめるほど小さい。
小さな葉を何枚か重ねた包みで、細い蔓のようなもので結ばれている。
「開けてもいい?」
「うん」
僕はできるだけ指先だけを使って、結び目をほどいた。
僕の指の先に対して、結び目はあまりにも小さい。
一度ではうまくつまめず、爪先を使うようにしてようやくほどく。
少女はその様子をじっと見ていた。
昨日なら。
僕の指が自分の近くで動くだけで、もっと身体を固くしていたはずだ。
今日は。
ただ見ている。
中に入っていたのは、小さな透明な欠片だった。
「……石?」
「ちょっと違う」
指先でつまみ上げる。
少女の手なら握るくらいの大きさ。
僕なら、爪の先にも収まりそうなほど小さい。
半透明で、淡い青白さがある。
窓から差し込む光を受けて、内側まで透けているように見えた。
「これ、なに?」
「リュエル」
「リュエル?」
「うん」
「何に使うの?」
「昼の明るいところに置いておくと、光をためるの」
「光?」
「暗くなると光るよ」
「あ」
僕は少女の胸元を見る。
「その首飾りみたいに?」
「似てる」
少女も星の首飾りへ手を添えた。
細い指が、小さな星を包む。
「これはもっと長く光るけど、リュエルは小さいから少しだけ」
「へえ……」
光へ透かしてみる。
ただのガラスにも見える。
でも。
少女が両手で運んできたものが、僕の指先ではこんなに小さい。
その違いが妙に不思議だった。
「でも、なんでこれを僕に?」
「だから、お礼」
「こんなのもらっていいの?」
「……いいよ」
少女は少しだけ視線を逸らした。
銀白色の髪が頬へ落ちる。
「リュエルはね」
「うん」
「私たちのところでは、信頼と感謝の証なの」
「信頼と感謝?」
「うん」
「じゃあ……僕に?」
少女は頷いた。
「昨日、助けてもらったから」
「うん」
「それだけじゃなくて」
少しだけ言葉を探す。
胸元で重ねた指が、一度動く。
「嫌だって言ったことをしなかったし、秘密も守るって約束してくれたでしょう?」
「まだ一日しか経ってないけど」
「だから全部信用したわけじゃないよ」
「そこはちゃんとしてるんだ」
少女は少しだけ頬を膨らませた。
その顔は、昨日までに見たどの表情より年頃の女の子らしく見えた。
「でも、ありがとうって思ってるのは本当」
「……そっか」
「それに」
一度言葉を切る。
少女が僕を見る。
「もう少し信用してみてもいいかなって思ったから」
胸の奥が、少しくすぐったくなった。
「じゃあ、もらう」
「うん」
「ありがとう」
「大事にしてね」
「もちろん」
少女が少し嬉しそうに笑った。
今度は。
ほんの少しじゃない。
目元も一緒に柔らかくなった。
僕はリュエルを、机の上へそっと置いた。
窓から差し込む光を受けて、小さな欠片の奥に淡い光が宿っているように見えた。
◇
「それと」
少女が右手を上げた。
「今度はなに?」
「約束」
「約束?」
「ほかの人には言わないって」
「ああ」
「こうしないの?」
少女は人差し指を僕の方へ向けた。
「……なに、それ」
「知らないの?」
「知らない」
「約束するとき、指を合わせるでしょう?」
「僕たちはしないかな」
「そうなの?」
今度は少女が驚いた。
紫色の目が大きくなる。
「じゃあ、どうするの?」
「指切りとか」
「ユビキリ?」
「……説明するの難しいな」
少女は少し考えて、自分の小さな指を見る。
手を開く。
細い指。
その一本一本が、僕のものとは比べものにならないくらい小さい。
「私たちは、こうするよ」
もう一度、僕の方へ指を伸ばした。
「信用する相手とか、約束するときに」
「へえ……」
「やらない?」
「やってみたい」
僕は右手を上げた。
その瞬間。
少女の身体が。
ほんの少しだけ強張った。
「あ」
僕はすぐに止める。
昨日と同じだった。
手。
まだ。
そこだけは怖い。
「……やっぱりやめる?」
少女は僕の手を見た。
昨日。
ずっと怖がっていた手を。
僕の掌は、少女の身体より大きい。
指一本だけでも。
彼女の腕よりずっと太い。
少しの間。
少女は何も言わなかった。
紫色の目が。
僕の指から。
掌へ。
そして。
最後に、僕の顔へ向いた。
「大丈夫」
「ほんと?」
「うん」
小さく頷く。
「じゃあ、ゆっくりね」
僕は人差し指だけを伸ばした。
ほかの指は曲げたまま。
少女の手前まで、ゆっくり近づける。
昨日みたいに。
急に距離を詰めない。
こうして比べると、自分の指がやけに大きく見えた。
少女の人差し指は僕の爪よりもずっと細い。
小さな手なら。
僕の指先の上にも収まってしまいそうだった。
昨日。
彼女が僕の手を怖がっていたのも無理はない。
だから。
こちらからは触れない。
少女の身体ひとつ分ほど手前で止めた。
「ここでいい?」
「うん」
少女が一歩近づく。
小さな靴が。
出窓の上を一歩だけ踏む。
もう一歩。
僕の指先の前まで来る。
小さな右手が持ち上がった。
でも。
一度だけ止まった。
指先まで。
あと少し。
少女が僕の指を見る。
それから。
ゆっくり。
自分の人差し指を前へ伸ばした。
そして。
小さな指先が。
僕の指先に触れた。
「……」
触れている。
ほんのわずかに。
少女の指先が乗っているだけだった。
重さなんてほとんど感じない。
けれど。
確かに触れているのはわかった。
昨日。
僕の手を見るだけで怯えていた子が。
今日は。
自分からその手に触れている。
僕は動かなかった。
指先ひとつ動かしただけでも、この子には大きな動きになる気がしたから。
「これで?」
「うん」
少女が顔を上げた。
指は触れたまま。
「約束」
「約束」
僕も繰り返した。
それから。
少女がゆっくり指を離す。
昨日。
あれほど怖がられていた僕の手。
なのに。
今は少しだけ。
違うものになったような気がした。
少女は離した自分の指を一度見た。
それから、何かを思い出したように目を瞬かせた。
「あ」
「どうしたの?」
「まだ名前、言ってなかった」
「……そういえば」
ずっと気になっていた。
でも、僕から聞くのはなんとなくためらっていた。
「ミルル」
「え?」
「私の名前」
少女が少しだけ胸を張る。
さっきまで指先を気にしていた顔が、少し誇らしそうになる。
「ミルル」
「……ミルル」
「うん」
頭の中で、その音を繰り返す。
ミルル。
昨日からずっと。
名前のわからない小さな女の子だった。
銀白色の髪。
紫色の目。
花びらみたいな頭巾。
十五センチほどの身体。
人間を怖がっていて。
それでも今日。
もう一度ここへ来た女の子。
ようやく。
その子に名前がついた。
「ミルル」
もう一度呼ぶ。
「なに?」
小さな少女が、すぐに顔を上げた。
名前を呼べば。
紫色の目がこっちを向く。
昨日までただの「小さな女の子」だった存在が。
急に。
一人の女の子になったような気がした。
「いや。覚えただけ」
「一回で?」
「一回で」
「ほんと?」
「ほんと」
ミルルは少し疑うような目をした。
眉がわずかに寄る。
「じゃあ、あなたは?」
「僕?」
「名前」
「ああ」
そういえば、僕も名乗っていなかった。
「昴」
「スバル?」
「うん」
「昴……」
ミルルが小さな声で繰り返す。
初めて聞いた地球という言葉を繰り返したときみたいに。
音を確かめるように。
「覚えた?」
「たぶん」
「たぶん?」
「一回しか聞いてないから」
「さっき僕に一回で覚えたのって聞いたのに?」
「私は別」
「なんだよ、それ」
ミルルが少しだけ笑った。
僕も笑う。
出窓の上で。
銀白色の髪が、風に小さく揺れる。
昨日までは。
こんなふうに話せるなんて思っていなかった。
◇
「ミルル」
覚えたばかりの名前を、もう一度呼んだ。
「なに?」
やっぱり。
すぐにこちらを向く。
「昨日、地球の生まれじゃないって言ってたよね」
「うん」
僕は少し迷った。
「ミルルは、どこから来たの?」
ミルルはすぐには答えなかった。
紫色の目が、少しだけ僕から外れる。
その間に付け加える。
「言いたくなかったら、いいけど」
ミルルは窓の外を見た。
夕方の空。
まだ明るさの残る、その向こうを。
銀白色の髪の先が、夕日の色を少しだけ含んでいる。
そして、小さく口を開く。
「ルメア」
「ルメア?」
「私が生まれたところ」
「どこにあるの?」
ミルルは空を指差した。
細い腕が、窓の向こうへ伸びる。
「向こう」
「……空?」
「もっと向こう」
「もっと?」
「星の海の向こう」
僕は何も言えなかった。
ミルルがこちらを見る。
「私はね」
胸元の星の首飾りが、夕方の光を小さく受けている。
その横で。
銀白色の髪が、風に静かに揺れる。
「地球とは別の星から来たの」
「……別の」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
「星……?」
ミルルは。
当たり前のことを言うように。
小さく頷いた。
僕はただ。
目の前の小さな女の子。
――ミルルを。
見つめることしかできなかった。




