第1章3話:執事
私室に戻ったメアリーヌ。
さっそく机に向かって紙を広げていた。
マカロンの販売計画だ。
どこで売るか。
いくらで売るか。
どれだけの量を作るか。
前世の知識を総動員しながら数字を書き込んでいく。
(うーん。やはり一人で商売をやるのは至難ですわね)
とメアリーヌは思った。
なので仲間を募ることにした。
メアリーヌは、専属執事を呼び出す。
「お呼びでしょうか、メアリーヌ様」
「ええ。お入りなさい」
とメアリーヌが告げた。
一人の男性が入ってくる。
専属執事ライノスだ。
身長174センチ。
24歳。
黒髪。
鋭いながらも穏やかな目つき。灰色の瞳。
彼はメアリーヌの専属執事だ。
補佐、教育、護衛などを担当している。
「ライノス。大切なお話がありますわ」
「なんでしょう?」
「わたくし、商売を始めることにしましたの!」
「……え?」
「お菓子づくりで儲けられるプランがありますの。材料を仕入れて、商品を作って、販売していくのですわ」
あまりに予想外の話に、ライノスは面食らってしまう。
メアリーヌは続ける。
「もちろんスイーツ事業を始めるとなると初期資金が必要になりますわ。材料費や、開店資金や、人件費など、さまざまな費用がかかりますもの。ですがわたくしにはお父様が残してくださった遺産があります。それを用いれば、すぐにでも始められると思いますの」
「……」
なるほど……と。
少しずつライノスは飲み込めてきた。
「商売、ですか」
ぽつりとつぶやきつつライノスは思った。
(メアリーヌ様なりに、今後についてお考えになったのでしょう。このままではいけないと……)
メアリーヌの母は7年前に亡くなり、父も半年前に病死した。
現在のフラムスティード家は管理者不在だ。
親交のあった者たちも、フラムスティード家を終わりだと判断し、次々と関係を打ち切っている。
彼らから得られていた仕事や収益もどんどん喪失しているのだ。
このままだと破綻を免れない。
だからメアリーヌは家のために、あるいはメアリーヌ自身のために、何かできないかと考えたのだろう……
そうライノスは推定した。
(ですがやり方を間違えてはなりません。この家をなんとかしたいと考えるのはご立派です……が、8歳の子どもが考える商売など上手くいくわけがない。ここは心を鬼にして、メアリーヌ様をお止めしなければ!)
メアリーヌの父が残した遺産は、フラムスティード家の命綱だ。
もしも散財してしまったら終わりである。
ライノスは意を決して止めようとした。
「メアリーヌ様。よろしいですか、商売は――――」
「こちらが商品ですわ!」
話をさえぎられるライノス。
メアリーヌが差し出したのは、丸くて小さな菓子だった。
ピンク色と藍色の2種類があった。
「マカロンと言います。わたくしが作ったスイーツですの。一度食べてみてくださいませ」
気が付けばライノスの手にマカロンが乗せられていた。
(つい受け取ってしまいました……)
内心で苦笑しながらライノスは思う。
(まあ商売について考え直していただくのは、コレを食べてからでも遅くありませんね)
そう思ってライノスはマカロンを見つめる。
(……見た目は悪くないですね)
手のひらのうえのマカロン。
ピンク色のそれは、色鮮やかで愛らしい形をしている。
けれどもメアリーヌにお菓子づくりの経験など無いはずだ。
見た目はともかく、味は素人の域を出ないだろう。
そう思いながらひとくち齧った。
「……!?」
ライノスの目が見開かれた。
さくっとした外側。
まろやかに舌へ溶けていく中身。
濃厚な苺の甘みと酸味が口いっぱいに広がっていく。
「お、美味しい!? なんですかこれは……!?」
思わず声が出た。
「そうでしょうそうでしょう。美味しいでしょう?」
とメアリーヌは得意げに言った。
しかしライノスの驚きは、メアリーヌが想像するよりずっと大きかった。
――――メアリーヌにとってマカロンは懐かしい味だ。
前世で何度も食べた記憶がある。
だから美味しいと思っても、どこか当たり前のものとして捉えている。
だがライノスにとっては違う。
生まれてこの方、経験したことのない味と食感なのだ。
「青いほうのマカロンは別の味をしているので、そちらもどうぞ」
さらに渡された藍色のマカロン。
ライノスは食べてみる。
「……!」
食感はさっきと同じ。
しかし広がるブルーベリーの味わい。
苺とは違った酸味と甘みにライノスは感嘆する。
(こちらも美味しい……!)
絶品だ。
ストロベリーマカロンとブルーベリーマカロン。
ついつい手が進んで、あっという間に完食してしまうライノス。




