#0/君がいなくなった世界
夏の蝉はうるさく、鳴き止むことはなかった。
ミーンミーンという音は耳にこびりついた。そんな音を背後に君の声を思い出す。
”透!この木、たくさん蝉いる!”
公園の木の前で、蝉にはしゃぐ君。もう高校生なのに、子供っぽい笑顔を見せた。
———もう一度、見たかった。
君は突然、鬱陶しいくらい粘り気のある蒸し暑い夏の日。
交通事故で死んだ。
受け入れることはできなかった。受け入れたくなかった。幼稚園、そんな小さいころから僕の記憶の中にいて。存在していて当たり前と思っていた。そんな笑顔が一瞬で消えたんだ。
嘘だと思いたかった。夢だと思いたかった。でもそれは現実で、止まらず夏は進んでいた。
学校へ向かう足も思うように動かない。黒いズボンの中は暑くてたまらない。白い半袖のワイシャツ、薄いはずなのに涼しくはない。感じる風すべてが生暖かく、扇風機もぬるい風を運ぶだけ。
重い腰をあげ、鞄を持ち玄関へ向かった。
「行ってきます。」
両親は海外出張。実質、今は僕だけ。一人暮らしのようなものだ。返ってこない”行ってきます”。最初こそは寂しかったが、”君”がいたから別にどうってことなかった。
でも僕からはもうすべてが消えた。”君”もいない、両親だって帰ってくるのは先のこと。自分の居場所はどこにあるのか、もうこれで完全にわからなくなってしまった。
立ち直る自信も、新たに頑張る気も何もない。いっそのこと、”君”の後を追いたい。そう願うほどだ。
「沙耶…」
君の名前を呟いたって返事は返ってこない。
”ただいま!”その一言だけでも聞きたい。それなのに、そんな現実は絶対に来ない。もう沙耶は死んでいる。葬式だって行った。沙耶の親とも話した。これは受け入れるしかない現実だ。でも、受け入れる準備はできていない。
俯き、太陽の光を受け入れぬまま学校へ向かった。車道を通る車の走行音が聞こえる。安全運転。それなのに、”交通事故”という言葉が頭をよぎり苦しくなる。沙耶は悪くない。信号だって、左側走行だって守っている。ただ相手のトラックの運転手が悪い。過労によって居眠り運転、アクセルの踏みっぱなし。それに偶然会ってしまっただけ。ただ、運が敵に回っただけ。
あと一分、一秒違ったら何か変わっていだろうか。君の笑顔はここにまだ残っていただろうか。
そんな無意味なことを考えていたら学校へ着いた。今日もまた、意味の感じない日が始まる。
* * *
今日は特に何もなく進んだ。数学だって簡単な練習問題ばっか。それで”わかんない”と悩んでいる人の様子を見ると嫌気が差す。
国語は少し苦手。いや、結構苦手だ。筆者の意図や主張などどうでもいいと感じる。読んで、内容が分かればそれ以上探索する必要性を感じない。文豪作品なども何を言っているのか理解できないことが多い。
社会は嫌いではないが、テストの点はいまいちだ。
理科は好きで、生物の話を聞くのは楽しい。理科の先生のした、蛇とカエルの話は面白かった。
英語はまぁまぁだ。平均程度はできるがスラスラと文を作ることは苦手。
完全に理数系という感じである。でも最近は沙耶のこともあり勉強が身になっている気がしない。夏の蒸し暑さも、授業で面白いことがあったときの笑い声も、蝉の声も、喋り声も鬱陶しいとしか感じない。
こんな一日が続いていくことが嫌でしかない。生き甲斐を見つけられない。沙耶がいなくなった、それだけでここまで気が沈むとは…喪失感はまだあるときには気づけないものだ。
「透~今日も一緒に帰れない?」
話しかけてきたのは小さいころから仲の良いクラスメイト。いつも一緒に帰っている。気が沈んでいる僕を助けようとしてくれているとわかるが、正直鬱陶しいと感じてしまう。
「ごめん。今日も無理。」
「そっか~また明日。」
また明日…か。明日なんてみたくもない。ただ苦しいだけだ。
こんな日常が、今日も明日もずっと続いてしまう___。




