番外編・悪役令嬢の結婚式④
(……あー。そろそろ、喉乾いたー)
会場を回り始めれば、ラゼが狼牙だと気が付いた貴族の皆々様に次から次へと声をかけられ。
宮廷シェフが手掛けた立食が用意されているというのに、喉はからからで狙いを定めていたデザートにも手をつけられずにいた。
気配を決して壁のシミにでもなりたいところだが、不審者を増やしては、この会場を警護している騎士たちに迷惑をかける。
いったん休憩したい。
誰も話しかけてこないでくれと願いつつ、立食の料理が並ぶテーブルへ一歩を踏み出したところだった。
「――よかったら、どうぞ。レディ?」
「……ああ。ありがと、う……ござ……」
スッと横から差し出されたのは、オレンジジュースと思われる飲み物が入ったグラス。
あまりお酒は強くないから、カクテルでないと嬉しいのだが。
そう思いながらそちらを振り返れば、そこにいたのは、青色の髪に銀色の瞳をした美丈夫で。
「ア、アディス様?」
「俺じゃ不満だったかな。ラゼ」
しれっとそんなことを言って余裕たっぷりの笑みを浮かべるアディスに、ラゼは面食らった。
「オレンジジュースだよ。お酒がよかった?」
「え。いえ……。ちょうど飲みたいと思っていたところでした。ありがとうございます」
差し出されたグラスを受け取り、ラゼはアディスに向き直る。
前髪をオールバックにしているアディスは、顔立ちの良さが全面に押し出されていた。どこかの劇団で役者をやっていると言われても納得のかんばせである。
「今はひとり? さっきまでフォリア嬢と一緒にいたよね?」
「はい……。仕事でお世話になってる方たちに、一応挨拶させてもらってて」
「そっか。……何かあったのかと思った……」
「え?」
「ううん。なんでもない」
小さく首を横に振る彼に、ラゼの頭に疑問符が浮かぶ。
「アディス様こそ、おひとりですか?」
「いや。さっきまでは、イアンとルカも一緒にいた」
「そうでしたか!」
「ルカとは結構仕事で会ってるんだって?」
「はい。同じ職場なんで」
頷いて話を返すと、アディスはちらりと周囲を一瞥し、「向こうですこし話さない?」と。
椅子が並べられたそこを見て、ラゼはひと言。
「その前に、デザート取ってきてもいいですか!」
「――はは! もちろん。君の好きそうなチョコレートのケーキも置いてあったよ」
「絶対食べます」
くしゃりと笑うアディスに真顔で首肯し、さっそくラゼはデザートを確保しにかかる。
先に座って待ってくれていてもよかったのだが、アディスもそれについてきて、グラスを持ってくれるという有能っぷり。
「実は二次会が始まってからデザートに一度もありつけていなかったので、アディス様に声をかけてもらえてよかったです」
「……うーん。それって褒められてるのかな?」
「え。ダメでした……? アディス様だったら、遠慮なくデザート食べてても許していただけると思ったんですけど……」
「いいよ。俺、君がリスみたいに甘いもの食べてるところ見るの、結構好きだから」
――なんだ、それ。
「か、変わった趣味ですね……」
「そうかも?」
今度ばかりはまったく褒めていないのだが、アディスはどこか楽しそうだ。
からかわれているのだろうと解釈すると、一口サイズにカットされたデザートたちを皿に盛って、アディスに誘導されるまま会場の端に避難した。
「殿下とは、もうお話できました?」
「うん。これでもかと惚気を聞かされたよ」
「ははは。いいことじゃないですか。国の未来も明るいですね」
「本当にね」
隣に座ったアディスは長い脚を組み、いまだに人が絶えずに言葉を交わしているルベンを見据える。
そのうちにぱくぱくデザートを頬張り、ラゼは思う。
(アディス様も近いうちに結婚するんだろうな。こうして話せるのも、今のうちか)
婚約者ができたとはまだ聞いていないが、人気は知っている。
この容姿と有能ぶりなら、今日明日にでも相手が決まってもおかしくないだろう。
「フォリアもモルディール卿とうまくいってるみたいですし、どんどんみんなと会える機会が減って、ちょっと寂しくなります」
――と、本音を冗談らしく笑って告げてみれば。
「……君は?」
「え?」
「そういう君は、どうなの?」
「…………さぁ。どうなんですかね」
気遣いのアディスにしては踏み込んだ返しだ。
しかし、問われたところで予定はない。
「今は仕事で充実してるので。でも、まあ……」
お色直しを終えて、赤いドレスを着たカーナの幸せそうな顔を見て、ぽつりと。
「あんな幸せそうな顔をみたら、誰かと一緒にこの先の人生を過ごせたら、きっと幸せなんだろうなーとは考えちゃいますよね」
「…………」
ルベンの隣で恥ずかしそうにはにかむカーナが見えて、ラゼの目元が無意識に緩む。
本当に、幸せそうだ。
同じ年の友人がこうやって嫁に行くところを見るのは、これが初めてで。
自分と同じ時間を生きる彼女が、自分とはまったく異なる人生を歩んでいくことが不思議だった。
「アディス様も、いいご縁があるといいですね。まあ、私が言うまでもなく、青の貴公子様ならきっと素敵な令嬢とご結婚されるんでしょうけど!」
ニッと笑ってすぐ隣にいる彼に言ってのければ、そこにあるのは真っ直ぐに自分を見つめる銀色の瞳だ。
「俺も当分、予定はないよ。目標があるから」
「…………へ。……あ。そ、そうなんですか」
「うん」
場を和ませようとしたつもりだったのだが、アディスから返ってくるのは予想外に真面目な回答で反応が遅れる。
「――それに、俺の趣味は変わってるらしいから? そう簡単に理想の相手は捕まえられないかも?」
もしや触れてはいけない話題だったのかと焦りかけたラゼに、アディスは笑う。
いつも通り飄々とした眼差しで、風のように掴みどころがない彼のことを、学園に入学したばかりの時はそれはもうお父上の顔も脳裏によぎって苦手だった。
しかし、この人たらしは、文官だというのにぼろぼろになりながら魔獣のいる山を越えて、わざわざ共和国まで乗り込んできた。
ラゼの父親を、国に帰すために。
――幸せになってほしいと思う。心から。
アディスが律儀で情に厚い優しい紳士だということは、この数年でこれでもかと学んだ。
もし彼が困っているというなら、迷わず手を貸せると断言できる。
「その時は、微力ながら私も助太刀しましょう」
「それは心強いね。頼りにさせてもらおうかな?」
「はい。アディス様の頼みとあれば、なんでも引き受けますよ」
「……っ」
アディスはグッと息を呑む。
「他の人にも同じようなこと言ってないよね、君。安請負するのは、どうかと思う……」
「心外な。信頼してる人にしか言いませんよ」
「え」
驚いた声を上げる彼に、ラゼはむっと口を尖らせた。
「……遠慮なくケーキ食べながら雑談できるくらいには、気の置けない仲だと思ってるのは、どうやら私だけらしいですね」
「い、いや! ごめん。そんな風に思ってもらえてるとは、思ってなくて……!」
アディスは組んでいた脚を戻すと、身を乗り出すようにしてラゼに弁明する。
「その……。君には知人も多いだろうし、俺のこともクラスメイトだった上司の息子くらいにしか思われてないと……」
「国を越えて父親を助けにきてくれた人のことを、ただの元クラスメイト程度には思いませんよ」
なんで謙遜してるんだ、この人は。
確かにカーナやフォリアのように仲が良いわけではないが、こうしてふたりで話しても気まずくない程度には交流があるだろうが。
なんなら、フォリアとカーナですら知らない、ラゼの母親と弟の墓や、故郷の店で食事までしたことがあるのに、薄情なことだ。
ラゼは不満を露わにしながら、ひょいとまた口にケーキを入れる。
「……そっか。これからずっと君に頼りにしてもらえるように、もっと頑張るよ」
「いや。それは私のセリフでは??」
いつの間にか逆転している立場に突っ込めば、アディスは綻ぶ。
どこか嬉しそうにみえるその笑顔が、この先もまた何回も見られればいいなぁと。
柄にもなくそんなことを思うのは、かの悪役令嬢の幸せいっぱいな表情にあてられたからか。
「……ひとつ食べますか?」
「いいの? まだ取ってくればたくさんあるけど?」
「取りすぎちゃったので」
「それじゃあ、もらおうかな」
そういえば、いつか学園でもアディスとこうしてふたりでお菓子を食べたなと。
あの時と変わらないアディスを見て、実はちょっぴり安心したなんていうのは、ここだけの話。
気を改めて、ラゼは前を向くとマカロンをひとくち。
「んん〜。おいひぃ〜!」
「はは。またリスみたいになってる」
以上、おまけでした!
また愛が溢れ出たら投稿しにきます(苦笑)
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