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部屋の中は暗い。僕がわざと電気を消しておいたからだ。僕の部屋は湿気と熱で、むんむんする。僕は机の上のリモコンを手に取り、エアコンをつけた。設定温度は二十六度。僕はエコ派なのだ。えへん。
さて。僕は今から、ノートパソコンを開いて、そしてテキストを打ち込んでいく。これから書く事は僕にとっては大切な事だ。だが、僕以外の人間にとってはそうではないだろう。それでも、僕は書かなくてはならない。どうしても。それは『必要な』事だから。
僕はノートパソコンの電源を入れ、そしてパソコンが立ち上がると文書入力ソフトを立ち上げた。そして、一行目からゆっくりと書いていった。息を一つ、大きく吸い込んでから。
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なあ、君なら聞いてくれるだろうか?。僕の打ち明け話を。…いや、実際、そんな打ち明け話というほどのものは、僕には存在しないんだけどさ。
最近、僕は小林秀雄に凝っていて、そいで小林先生はこんな事を言っている。『文学作品における告白とは人を食ったものに限る。人を食った告白など、生活では役には立たないが、文学の上では人を食った告白でないと役には立たない』。…まあ、僕の打ち明け話は別に、文学作品でもなんでもないんだけどね。これはただの戯言に過ぎない。そう、これはただの戯言。そうなんだ。これはただの戯言、くだらない、僕という青二才の雑言に過ぎない。
だけど、そんな僕にも、語りたい事の一つや二つあったっておかしかないだろう?。なあ、君。聞いているかい?。僕の声を。いや、まあさ、そりゃあ、僕のこんな話なんかより、ネット上で『新しいアニメがアップされた』とか、『ジャニーズの誰々君の情報がヤフーのトップページに出てる』とかさ、まあ、僕も分かるよ。そういうことの方が、僕のこの戯言なんかよりずっと大切だって事はさ。でもさ、五分でいいから、僕のこの声を聞いてくれないかい?。いや、わかるんだよ。僕も。君の言いたい事は。確かに。・・・もう、全部くだらないって言うんだろう?。二十一世紀には芸術の天才はいない。もう、あらゆる音楽のフレーズ、コード、演奏法は全て試しつくされ、そして小説というものはもう既にドストエフスキーで頂点を極めた・・・とかさ。そう言いたいんじゃないかい?。君は。だから、君はこの僕の告白に対しても、すぐに日本語の間違いや三点リーダーの使い方の悪さを見て取って、眉をしかめて見せる。そして、君は次の瞬間にはネットのコメント欄に、こう書き込むんだ。
『内容は悪くありませんが、日本語の使い方ができてないので作品としては失格ですね。もっと、日本語を勉強されたらどうですか?』
なあ、僕は君に聞くよ。そんな事ならさ、僕は君に逆に聞こう。僕の日本語云々はまあ、いいよ。僕が日本語がまともに使えない片言の人間だって事はさ、まあ、そりゃあ認めるよ。はいはい。確かに、僕は日本語が下手くそです。コンニチハ。オハヨウゴザイマス。・・・でもさ、僕は君に聞きたいんだよね。君はさ、そんな事をわざわざネットに書き散らして、そして、そんな事で君の自尊心は満足されるのか、ってね。そりゃあ、君はこの世のなかのあらゆるものをこきおろす、そういう権利はあるよ。君には、確かにそういう権利がある。でもね、君は本当にそれで満足なのか?。君は・・・あれか?。ドラえもんで言うところの、独裁スイッチを持ったのび太みたいな存在なのか?。君は順に、あらゆるものをこきおろしていく。そして、そうやって、君以外の全てを否定し、破滅し尽くした後には、そのスイッチを持った君だけが残る。そして、最後に君は言うのか。『この私だけが素晴らしい』とでも。なあ、君。鏡を見てみろよ。タレントの顔をぐじぐじと批評する前に、君は顔を洗って、歯を磨いて、そして鏡を見るべきだと、僕は思うな。そうさ・・・そしたら、君もちょっとは黙る事を覚えるだろうさ。
あーあ。余計な事を言ってしまったね。まあ、いいや。これは僕の告白だ。だから、好き勝手にやるさ。まあ、最初に言ったように、告白するような、重みを持った内容なんか、僕の中にはこれっぽっちもないんだけどね。僕はさ、薄っぺらな存在だ。でもさ、それは他の皆もそうだから、許されてしかるべきだと思うんだよね。君はどう思う?。・・・まあ、いいや。僕はこれから歯を磨いて、眠るよ。実は明日の宿題をやらなくちゃならないんだが、もう僕の中にはやる気がないんだ。それというのも、君にこんな余計な話をしてしまったせいだよ。君、こんちくしょうめ。この野郎。ボカ、スカ。
まあ、冗談はさて置いて、さあ、僕の無限の物語が、これから始まるといいね。僕は、そう思っているんだ。僕は僕に期待している。僕に何ができるか、僕に何が語れるか。まあ、僕の限界なんて、知れてるんだけどね。偏差値は五十四だしさ。・・・でもまあ、僕は僕の事を語ってみたいんだよ。他ならぬ君にね。例え、君がそっぽ向いていたとしても、僕はその君の耳に向かって叫びかけてやる気でいるんだ。君は知らないかもしれないけど、「神聖かまってちゃん」というバンドに『ロックンロールは鳴り止まないっ』という曲があってね。あれは、そういう歌なんだよ。つまり、君が全部つまらないっていうから、だからこそ、その君に向かって僕はこうして叫びかけてやろうという、そういう曲なんだよ。いい曲だしね。僕は、好きだな。
ところで、今、僕のパーソナリティというか、僕という人間にまつわる情報として、君に一つだけ教えておくなら、それは僕が高校二年生だという事なんだよ。・・・僕自身は僕が高校二年生でも、七十五歳の老人でも、あるいは三十九歳の婚約相手に捨てられて嘆き悲しんでいるアラフォー女性だとしても、まあ、どれでもいいんだけどね。僕は、自分が例えどういう人間になったとしても、やっぱりこんな風にくだらない事を喚き散らしているような、そんな気がするもんでね。ほら、匿名のネットの掲示板なんかだと、自分の年齢も性別もいくらでもごまかしが効いてしまうじゃないか?。でも、それでいて、その発言の主は存在する。・・・なあ、インターネットというのはなかなかに面白い場所だね。そう思わないかい?。あそこでは、現実では抑圧されている憎悪や醜い感情や、あるいはその逆の綺麗な心性(こちらはごく稀にだけど)なんかが透けて見えるようになっている。あそこでは、個人というのは、何か人間という檻から解き放たれた、一種の言語体みたいなものになっていると僕は思うんだよ。まあ、そんな風に考える事もある。
まあ、そんな下らない事はどうでもいいけどさ、とにかく、大切なのは僕が高校二年生だって事さ。僕のパーソナリティに関する話題は、それだけで十分。おいおい、僕がどこに住んでいるかとか、どんな友人がいて、どんな生い立ちで、どんな名前だとか、そんな事はまあ、どうだっていいだろう?。別に僕は、『ライ麦をつかまえて』を真似ているわけじゃないぜ。もちろん、ホールデン君は僕の大先輩だけどさ。でも、ここで少し考えるとさ、年寄りになったホールデン・コールフィールド君って、全然想像つかないよな。ホールデン君は永遠にティーン・エイジャーで、そしてテストにふざけた解答を出して、そいでタクシー運転手にわけのわからない質問をふっかける、そんな『永遠の青春少年』って感じがするもんな。ホールデン君が年を取るなんて、ありえないな。・・・でも、僕の考えだと、あの作者のサリンジャーさんは、正に年取ったホールデン君になってしまったんじゃないか、って気がするんだ。そう、だから、サリンジャー先生は『永遠の青春少年・おじさん』だったわけ。でも、おじさんになってグズグズ言うのもみっともないから、そのグスグズは、作品の中に持ち込まれて、それであの『ライ麦畑でつかまえて』ができた。・・・もちろん、これは全部、僕のでたらめ、当てずっぽうだよ。だから、信じちゃいけないぜ。そこの、純真なティーン・エイジャー君よ。
さあて、ここらで、この無駄話は止めようか。実は、僕がここで伝えたかったのは、僕か今、高校二年生って事だけなんだよ。そうなんだよ、言いたかったのは、ただそれだけなのさ。それが、こんな長話になっちゃって・・・。悪かったね。もう、君は君の好きなサイトを見ていいよ。そうだ、君の好きなバンドのCD、あれ、アマゾンで予約再開したんじゃなかったっけ?。いや、あれか。君は今、来月発売の新作ゲームのホームページを見に行く所だったな。呼び止めて、済まない。五分だけのつもりが、五分じゃすまなかったね。すまない。まあ、でも、いいんじゃないか。たまには、さ。僕が言いたかったのは、ただそれだけの事なのさ。くだらない事ばっかり言って、本当に悪かったね。でもさ、ここは物語の終わりじゃないんだ。あくまでも、ここは物語の始まり。もちろん、僕みたいなつまらない人間に物語があれば、の話だけどね。僕はさ、時々思うんだよ。僕のクラスメイト達、皆には僕と違う素敵な物語や素敵な人生が用意されているのに、僕だけがそれから取り残されているんじゃないかって。時々、そういう気がするんだよ。本当にね。こうるさいリーディングの授業の後の休み時間なんかにね、ふいと、そんな事を思う時もある。まあ、いいや。では、これを始めとして、僕は僕について次から語っていこう。でも、くれぐれも期待しないでくれたまえよ。これから僕の言う事には、これっぽっちも有益な情報とか、役に立つ何かは入っていなんだから。そんなもの、少しもない。大体、そんなのが読みたければ、ノウハウ本でも読めばいいさ。そこには、沢山書いてあるだろうからね。どうせ、書店に平積みされているよ。さて、では、僕はこの無駄話をやめよう。ではさて、僕は次から一体、どんな事を語るのか・・・。いやね、僕自身にもあんまり自信がないし、そもそも何か語る重大な事もないしね。でも、僕は昨日さ、ふいに、まるで天啓か何かのように(そう。風呂につかってるアルキメデスにやってきたインスピレーションみたいに!)、何か語りたい、何かを話したいなあ、とそう思ったんだよね。だから、僕はこれから語るわけだ。そしてその中には役立つ情報は少しも・・・・・・もう、やめておこう。では、とりあえず、今日の所はこんなものにしておこう。では、さて、明日からはどうなるか。乞うご期待という事で。・・・実は僕も自分自身に期待しているんだよ。自分がこれから、どんな事を語るのかってね。それでは、とりあえず今日の所はこの辺りで。
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例えばね、僕の両親は四十五歳なんだけど、そういう事になんか、意味ってあるのだろうか。・・・例えば、バルザックとかフローベール(僕はそんなのも少しは知っているんだ。えへん。)だったら、あるいはディケンズのクソッタレなら、そういう事も少しは書いたかもしれないけどさ。ああいう、自然主義作家っていうのかな?。例えば、ビクトル・ユーゴーみたいなさ。そういう作家っていうのは、僕に言わさせれば、象徴主義なんだと思うよ。いや、マジにさ。僕はね、そう思うんだよ。つまりさ、僕が言いたいのは次のような事なんだ。例えば、そういう作家の一人が、ある一つの部屋を丁寧に描写するとする。あるいは、一人の人間の生い立ちとか、あるいはその顔のでこぼこ、その細かな皺や眼光の鋭さなんかについて、細々と描写するとする。で、今もそういう作家っていうのはいるんだろうけどさ、で、その時にそういう作家が考えている事っていうのは、つまりこういう事なんじゃないかと思うんだ。つまり、彼らはそういう具体的なものを描く事によって、そこから逆にたどっていって、その人なり、あるいはその物なりの個別性とか、独自性とか、あるいは魂とか心とかね・・・とにかく、そういうものを描く事ができる。僕はね、そんな風に思うんだよ。つまりね、もう少し説明すると、それは画家がやっているのと同じ手段になわけよ。例えば、ある具体的な皺とか、黒目の大きさとか鼻の曲がり具合とかさ、そういうものを細かく描けば描くほどに、その人の心とか魂とかが現れてくる。そして、作家も当然、昔はそういう事をやったわけだ。僕が『象徴主義』って言っているのは正に、そういう事なんだよ。君にも少しはわかってもらえただろうか?。
・・・で、今、問題になっているのは僕の両親の年齢なんだけど(正確に言えば父の方はもう四十六になったけど)、そういうものを僕が精密にここで語ってみせる事は意味があるのかな、って僕は思うんだよ。僕はさ。そういう事を語る事に、本当に意味があるんだろうか。もちろんね、僕は高校二年生で、普通の奴ーーーごく普通の人間でさ、僕にも当然、具体的な人間像みたいなものは存在するんだよ。例えば、僕の髪型はいつも額が見えないくらい前髪が伸びてて、髪はさらさらのストレートである、とかさ。それが天然パーマだと、また、印象は変わってくるのかもしれない。あるいは僕の目つきとか、それこそ、どの病院で生まれて、父方の祖父は代々、優秀な家具職人であった、とかね。(実際、そんな事ははないけれど。)まあ、そういう色々な事があるじゃないか?。・・・でもね、今の僕はそういう事を話す気には全然なれないんだよ。そう、少しもね。・・・まあ、必要ができれば少しは喋るだろうけどさ。でもね、そういう事は僕は本質的にはどうでもいいと思うんだよね。だってさ・・・『個別性』が聞いて呆れるじゃないか?。今の世の中、さ。個別性、具体性。そんなものどこにある?。なあ、僕の容姿や成績や生い立ちを一から十まで描いた所で、君は僕という人間について、何一つ確かな知識を得る事はできない。だって、僕のそういうもろもろの情報はもう、『一般的高校生』というデータベースになって、もう既に僕らの中に構築されているわけだからね。本当さ。それは、嘘じゃない。もちろん、僕が過去に後ろ暗い殺人を犯していた特異な高校生だったら話は別だよ。僕がごく普通の高校生に見せかけた、実は裏で大量殺人を犯しているシリアルキラーだったらさ、そしたら、今言っているような事には当てはまらないし、多分、僕の容姿の中にも人殺しっぽい所がある所をさ、どこかにいる、僕を『描いているはずの』、その天空にいる作家は、そんな風に描かなきゃならないだろうけどさ、でも、実際はそうじゃないじゃないか?。だから、僕はとにかく普通の高校生なんだよね。本当に。だからもう、僕の全ては一般化されているわけ。だから、僕は僕について、何かそういう具体的な事を語る気は全然ないんだよ。・・・こういう事って、あのホールデン・コールフィールド君も言ってたよね?。その冒頭でさ。で、彼は兄のDBだかDCだかから語り始めるんだけど、ホールデン君にとって実際、兄のDBだかDCだかなんて、どうでもいいんだよね。それは『ライ麦』を読んでいてもすぐわかると思うよ。ホールデン君はあくまでも何かを語りたいのであって、自分の兄とか、あるいは寄宿舎での学友の行状とか、そんなものは基本的にどうでもいいんだよ。彼にとっては。でも、彼は何か語らなくちゃいけない、そして語る材料が必要なもんだから、手近にあるものをどんどん引っ張り寄せてくる。それで、その中には、ガールフレンドとのデートやら売春婦とその連れの男の粗暴な振る舞いやら、またはバーでの女とのちょっとした会話やら何やらがでてくるんだけど、でも、基本的にホールデン君にとってそれは全部、どうでもいいんだよ。だからこそ、ホールデン君は自分のガールフレンドに「このスカスカ女が」なんて言ってしまうんだ。それはホールデン君の方から見れば、ごく正当なその苛立ちが思わず間違って出てしまったものなんだけど、でもこのガールフレンドからすればとても心外な事なんだ。・・・でも、どちらが正しいかと言われれば、それはガールフレンドの方。それは、僕も認める。
ところで、これまででも、僕は意外に沢山の事をこんな風にべらべら喋ってきたわけだけど、その中には、僕に関する情報が驚くほど少ないね。自分で読み返して、ちょっとびっくりしたよ。ひどいもんだな。全く。それに、ここまで全く、お話が動き出していない。僕は靴を履いてもいなけりゃ、学校に行ってもいないし、女の子と一悶着起こしたり、教師に反抗したり、友達と万引きしたり・・・そんな何もかもを一切、やっていない。僕はね、日本文学というやつが好きじゃなくてね。本当にさ。あれ、どうしてあんなに陰気なのかね?。私小説とか何とか言うけど、何か、それ以前のような気がするんだよね。嘘臭い、というかさ。何というか、今になってそんな悲劇とか喜劇とかが本当にあるだろうか?、って。そういうの読んでると、何というか、作者が皆おんなじ顔に見えてくるんだよ。でさ、確かに取材とかして、ちゃんと書いてるのかもしれないけど、全般的に嘘くさくてね。要するに、そんなものもう無いのに捏造している、っていうさ。例えば、短歌とか俳句を作っている人が、もうこの世界はそのほとんどが機械化されて、その上映像化されちゃっているのに、その現実から目を逸らして未だに『歳時記』くって短歌や俳句作ってる、みたいなね。もちろん、僕は短歌や俳句に関しちゃ無知もいいところなんだけどさ、でも、その嘘くささっていうのはどうやら本当のような気がしているんだ。今の時代から逃れる事はできない、ってね。でも、逃れられている振りはできるさ。あくまで、『振り』だけだけどね。
まあ、そんな事はどうでもいいんだけどさ。本当に、どうでもいい事ばっかりさ。この間、うちの担任の田口っていうのがさ、説教してきて、「お前達ももう二年生だ。今の内から、再来年の受験を見越して勉強始めなくちゃいけないぞ。先生はなあ・・・」なんて喋りはじめてさ。全く、もううんざりだったよ。僕は田口がごちゃごちゃ言っているHRの時間、ずっと窓の外を見ていたよ。幸いにも、僕の席は窓の近くでね。ここは、確かに教室では最高の場所の一つなんだよ。本当に。授業が退屈なら、(退屈でない授業なんてないけど)窓の外を見て気を晴らす事ができる。ほら、学生物のライトノベルなんかだと、よく主人公のいけすかない男子高生が座っている場所だよ。で、大抵、そういうライトノベルだと、その前か後ろに幼なじみとか、あるいは銀髪の美人の転校生が座っていたりする、そういう場所だよ。そうさ。僕にとっては、場所だけは最高だけど、僕にはもちろん、そんな幼なじみも、銀髪の『ツンデレ』の転校生もいない。だから、僕は授業中、一人でただ窓の外を見ているだけだ。そして、窓の外じゃあ、大抵、一年生やら三年生が運動場をパタパタ走ったりしていてね。僕はそういう生徒達を、上から俯瞰で見ているんだな。授業の間。もちろん、教科書を立てて、さも勉強している振りをしながら、横見して外を見ているんだけど。その程度の事なんだけどさ。だけど、あんまり怒らない先生の場合には、ずっと、堂々と窓の外を見ているさ。そしてね、僕はそのたびに思うんだよ。ああ、こんな狭苦しい、学校なんていう檻を出て行きたいな、って。でも、檻を出てもロクな事はないって僕は知っている。僕はカントも少しばかりかじっていてね。カントの『真空の鳩』という小話があるけど、正に、その鳩が僕なんだよ。多分、この世の中には、純粋な自由なんてないんだ。あるのは、ただ窓の外に対する、ティーン・エイジャーの憧憬だけ。そして、実際窓の外に出てみたら、それはそれでうんざりするという、そういう事なんだよ。きっと、真実っていうのは、そんな風に味気ないものなんだ。・・・きっと。
ふっ。僕は本当に、自分が何を言っているか、わからないね。いや、本当に分からないんだ。僕は自分が何を言い出すのか、自分でもよくわかっていない。でもさ、僕は友達の間では(僕にも友達がいるんだ!。驚いたかい?。)、良識的な人間なんだぜ。いや、本当に。そりゃあさ、ホールデン・コールフィールド流に、急に突飛な事をしたくなる、そんな気持ちも分かるよ。例えばさ、僕は昔から、人が『絶対にやってはいけない』っていう事は、やってみたい気持ちになる、そういう子供だったんだ。それは例えば、ビルの最上階から飛び降りるとか、あるいは高速道路を走っている車のドアをバッと開けて、そしてその誘拐犯の車から危険を承知で逃げ去る、みたいなね。要するに、テレビとかアニメとかの影響なんだろうけど、僕はそういう事を夢想するのが好きなんだ。でも、だからといって、僕が犯罪者気質とまでは言えないと僕は思うけれどね。・・・おっと、それはあまりにも早とちりじゃないか?。ジェイムズ警部。・・・ジェイムズ警部って誰だって?。いや、今僕が適当にでっちあげた無能な警部だよ。そいつは、探偵の謎解きにてんでついていけやしない、そんな不器用な警部なのさ。探偵小説の中にはよくいる、無能だけど性格のいい、そんな警部の典型みたいな奴の事だよ。ジェイムズ警部はさ。
さて、それではくだらない事はこれぐらいにして、僕も学校へ行こうか?。学校へ。これがまた、僕の通っている高校は、ただの平凡な公立高校でね。僕のクラスは廊下の端っこのほうにある、七組なんだけど。で、その高校の名前っていうのは、日吉西公立高等学校っていう長ったらしい名前なんだよ。それで、この日吉西公立高校というのとは別に、日吉北公立高校っていうのと、日吉南公立高校っていうのがあってね。あほらしいんだけどさ。一体、誰がこんな抜群にセンス溢れる名前をつけたんだろうか?。いや、多分、その名前つけたお偉いさんは、時間がなかったんだと思うよ。その時。それで、西、北、南、とポンポンとつけてって、それで、満足したんだろうね。「ふうむ。わしのネーミングセンスはなかなかのものじゃ。どうじゃ、島岡」なんて、部下の島岡に聞いてね。で、島岡は、「さようでございます」なんてね。でも、島岡の頭の中にあるのは、去年からやっている横領がどうやったら見つからずに済むか、っていうその方策についてなのさ。まあ、馬鹿話はこれぐらいにしてさ・・・。
まあ、とにかく、僕の通っている高校っていうのは、そういう風に、ごく平凡な公立高校なのさ。それで、もしこの日吉西高校を、越前北高校に変えても、鳴海下高校に変えても、何一つ変わらないしさ。要するに、何を変えても何にも変わらないし、そこには、平凡な公立高校の平凡さ故のバカらしさがあるんだよ。例えば、僕のいるクラスーーー七組の人物情景とか、その人間心理を、僕が今、バルザック並に描写してみようか?。君のために?。・・・きっと、くだらないと思うよ。僕ねえ、そういうのが嫌いなんだよ。だって、大体あれでしょ。ほら、すぐ援交する女子高生みたいなのが出てきてさ、それで急に会話をおっぱじめるわけよ。その作品の冒頭でさ。
「ねえ、リカ。今日、マスカラ貸してよ。ちょっとうちに置いてきてさ」
「えー。自分のつかいなよ」
で、そこに三人目の女子が入ってきて、
「ねえねえ、リカ、アン。昨日の坂上君のソロライブ見た?」
そしてそれにアンが
「えー。あたし、坂上君のファンじゃないし。あたし、望月君のファンだし」
って言って、それに対してその三人目の女子が
「何よ。あんた前は坂上君かっこいいって言ってたじゃん」
みたいな、さ。そういう会話。くだらないんだよ。僕も、聞いた事があるよ。うちのクラスの女子がそういう会話してるの。で、男の方はサッカーと野球とF1とAVの話題で盛り上がっててさ。くだらないんだよね。実際さあ。そんなものさあ、僕は現実でもう知ってるんだよ。そういう会話って、もう散々聞いたんだし、今更、作家だのアニメーターなどに、そんなものをだらだらと描写してほしくないんだよ。うざったいんだよ。いや、前にうちの女子が、「あたしこの前、コンドームつけずに生でやったんだけど・・・」みたいな話始めて、そしたらその話し相手が、「ちょっと、声おおきいよ」みたいな事言って、それでそのコンドーム発言の女子は、「いいって、いいって。別に、気にするもんじゃないよ。で、さあ・・・」みたいな会話しててさ。それで、僕も男子のはしくれだからさ、そんな会話が風に流れて耳に入ってきて、興奮しちゃったんだよね。興奮しないわけがないよね?。で、僕は、勃起を抑える事ができなくなってね。下半身は、正直だね。でも、それと共に、くだんねえなあ、っていう気持ちもあるしね。大体、そんな会話してる連中なんて、頭空っぽなんだし、もう、どうでもいいんだよ。だから、僕も思うんだよ。何もかもどうでもいいからさ、その股ゆるそうな女の子に積極的に近づいて、それで一発やらせてもらえば、それでいいんだって。そうさ、そんな風に生きるのが、この世界の正義であり、また掟であり、勝利だって事を僕はよく知っている。そして実際、そうやってうまい事やってる男子を知ってる。でも、だからどうだっていうんだ?。ほんとにさ。だから、何なんだよ?。僕は思うんだけどさ、人間っていうの結局、夢を食って生きている生き物なんだよ。セックスだの何だの、金があるだのないだのさ、でも、実際の、現実のセックスとか、金で買った何か、その効用とかさ、そんなの関係なくて、結局、全てはそういうものに付随している夢なんだよね。欲しいのは。皆が欲しがっているのは。皆が欲しがっているのは女でもなく、男でもなくも、金でもなくさ、『金を持っている』という優越感とか、あるいは『可愛い彼女がいる』という至福感。あるいは、自分は『千人の女と寝た』とかね。知ったこっちゃないんだよ。お前が何人と寝ようが、あんたがどんな有名人のイケメンに抱かれたかとか、こっちは興味ねえんだよ。知らないんだよ。大体、そんな事、君らにも興味ないだろうが?。結局、皆は夢を見たがっているわけだ。僕はね、そう思うんだよ。愛だの何だの、金だの何だのと、もうなんにもないんだよ。実際の話。僕はまだ童貞だけどさ、でも、別に構わないね。構わない、というより、どうでもいいね。いや、僕も人並みに彼女が欲しいわけだけどさ、でも、誕生日にディズニーランドに行く事になったり、彼女の友達のブサイクな女の子と根のない話をしなくちゃいけなかったりさあ・・・。そういうのって、考えるだけでうんざりしてしまう。だから、僕はもう、どうでもいいや、って気分になってしまうんだよ。全く。だから、僕には未だに彼女ができないんだな。全く、困ったんもんだよ。僕も、人並みにうまくやればいいんだと思うよ。もちろん、そうさ。でも、そうはいかないんだよな。どうしてだか知らないけど。僕は天邪鬼なもんでね。天邪鬼というのは、全く困った性格だよ。だって、皆が一様に幸福目指している時は、その逆に不幸を目指さなきゃいけないんだから。これでもね、天邪鬼という性格は、本人にとってはなかなか辛い所があるんだよ。ほんとうさ。
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でも例えば、こういう話はどうかな?。この話は君の気に入るだろうかね?。例えばさ、僕の横のクラスの六組にはさ、ものすごいデブで、しかも顔がニキビだらけの、皆から気持ち悪がられている奴がいてさ。木村、って言うんだけど。で、その木村っていうのは六組でも、何か病原菌持った野良犬みたいに嫌われているんだけどさ。で、その木村っていうのを始めて見た時、僕もすごく嫌悪感を感じてね。廊下ですれ違った時にね。そいつは目つきも悪かったし、大体、気持ち悪いんだよな。もちろんね、木村みたいな奴がいじめられていてかわいそうだって見方はあると思う。でも、実際には木村はいじめられているというより、ただ嫌厭されているだけなんだな。誰も、積極的にかまいたがらない感じ。でさ、そいつが容姿が悪くて、それで性格が良い奴だったらさ、それはもちろん悲劇だよ。もしそうだったら、それは誰も言い訳ができないし、それに悪いのは嫌っている僕らとか、あるいは六組の連中なんて事になる。だけどさ、実際には、その木村っていうのはどうやら本当に性格の悪い奴で、あくまでも噂だけど、人の物を取ったり、中学の時に後輩をいじめてたりよくしてたっていうそういう話もある奴なんだよ。で、僕も廊下でその噂の木村にあった時に、『ああ、こりゃあ』って納得しちゃったんだよな。なんというか、その木村っていうのは本能的に嫌悪感をそそる奴で、で、僕がそいつを見た時に直観した印象によると、そういう奴っていうのは何というか、世界中を常に薄目で見て、そしていつもそこから何かをくすねとろうとしている、そんな風な奴なんだよな。あくまでも、見た目から受けた直観だけどさ。まあ、僕もおかげさまで高校二年生なもんで、世の中には色々な奴がいるって事がわかりはじめてきた年でもある。そして、世の中には邪悪な奴がいるって事も分かっている。で、その木村っていうのは、その『邪悪』に該当する・・・なんというか、そんな気がしたんだよ。そいつに会った時にね。で、そういう奴っていうのは嫉妬とルサンチマンの塊でね、それでいつもこの世界に対して恨みを抱いていると共に、いつもそこから自分の為の利益を引き出そうと考えている、そういうタイプの人間なんだよ。いつも、誰かをいためつけたがっていて、そしてそのいためつけるという行為は、一種の気晴らしでもあるし、また、それが自分自身に対する慰めなんだよな。同時に。そういう奴っていうのは、最初から自分がどうしようもない奴っていう事がわかっていて、そして次にこう思うんだ。「俺はどうしようもない奴だ。だから、何をやってもいいんだ」。あるいは、こんな風に思う。「俺が間違った事をするのは、俺の親のせいだ。回りのせいだ。兄貴のせいだ。担任のせいだ。そうだ、俺は悪くない。俺には、間違った事をするだけの『理由』があるんだ」。なんというか、そういう邪悪な連中っていうのは、そういう風に考えるんだよな。いつの時代でも。で、自分を正当化する為の理由はいつも、千何個と大量に持っているんだけど、自分を押さえつける為の理性は一つも持っていないという状態なんだよ。全く、それがそういう系統の奴の特徴なんだよな。・・・全く。
ま、木村が実際、僕の言った通りの人物かどうかは知らないけどね。でも、あの雰囲気と、そして、木村にまつわる話からすると、僕はとても嫌な気がする。でも、もし、僕の方で木村に同情するとすると、あいつがそうなったのは本当に回りのせいかもしれない、と考える事もできる。例えば、女子でも、どっちかっていうと、不細工な方が性格が悪い奴が多いし、可愛い子の方が性格が良い子が多い気がする。もちろん、それには例外もあるけどさ、あくまでも、僕の自分勝手な統計学的に考えて、ってことだよ。つまり、そこはパーセンテージの問題だ。あくまで、ね。
で、不細工な女子の方が性格が悪いっていうその理由は、次の二通り考えられると思うんだ。一つは、その不細工な女子が、ずっと長い間回りから『不細工』だという、そういう扱いを受けた為に性格がねじ曲がってしまったという例。そしてもう一つは、そいつは本当に根っから性格が悪くて、そしてその性格の悪さがその顔に如実に現れた為に、そいつが不細工に見えるという例。僕は、そういう二つの理由が考えられると思っている。そして、一人の不細工な女子(僕も随分口が悪いな)を見てみると、実際の所、その二つの理由がないまぜになっていて、どちらとは決めきれないんだよな。前者なら同情の余地があるし、後者ならないし。でも、実際にはその二つがないまぜになっているように見える。だから、僕としては、どういう態度を取ればいいのか、わからないんだよ。蔑めばいいのか、同情すればいいのかーーーーー。でもね、僕はよく知っているつもりだ。蔑むのも同情するのも、実際的には間違った接し方であるというのが。だから、これはあくまでも理論上の、机上の話なんだけどさ。
で、木村の場合に戻ると、奴はどっちなんだろうな、って。木村からすれば、自分がこんな風になったのは周りのせいだって言うだろうし、周りからすれば、お前がそんなんだから、自分達はこういう態度をしているんだ、って言うだろうし。そして、そのどちらにも部分的な真実はある。で、僕はそういう事を考えると、眠れなくなっちゃったりするんだ。もちろん、僕もそうやって人の事を不細工だの美人だの気持ち悪いだの、色々言っているけど、別に僕も品行方正の美麗な優等生でもなけりゃ、ものすごく太っている奴とか、顔がニキビだらけとか、若禿げとか、そういのでもないし。僕はどっちでもなくて、ごく普通の、当たり前の、それこそ『無』のような奴で、アニメとかだと大抵背景に同化してしまうような奴なんだけどさ。でも、僕もそういう事を考えると、よくわからなくなるんだよ。例えば、僕がものすごい醜い容姿で生まれたら、親はともかくとして、周りの人間は僕を嫌うだろうし、で、そうなったら僕も皆を嫌うだろうし。で、僕は最後にテロみたいな事して、最後に誰か三人くらい適当に人を殺して、そしてこの世の中への恨みつらみを吐き出してから死ぬかもしれない。そして、僕はそういう自分、そういう事をする自分というのを否定する、確固たる理由とか原理みたいなものを今だに、見つける事はできていないんだよ。気持ち悪い奴を愛してあげろ、と言う事もできないし、人から否定されても、それでも人を愛せなんてーーーそれは偽善だし。だから、僕はもうどうすればいいかわからないんだよ。でも、例えば、木村対して感じる本能的な嫌悪感なんてのは、割と正しいような気もしているし。もっと言うと、先に僕は美人は性格が良い割合が多いなんて事言ったけど、僕は、同じ学年で本能的に嫌悪感を感じた美人の女子というのも知っている。それは、僕がある昼休みに図書室で偶然会った子でね。僕はその子のクラスも名前も未だに知らないんだけどさ。僕はその時、ただ昼休みにぼうっと一人で図書室に行っていたんだよね。で、何かそこらの科学雑誌とか、あるいは何かそれっぽい、面白そうな小説でも借りてこようかと思っていて、そして棚の周りをうろうろとしていた。その時、僕はぼんやりと何か考え事をしていてね。僕ってば、いっつもぼうっと考え事ばかりしているもんで、それで大抵目の前がよく見えなくなっているという事がよくあるんだよ。『夢遊病野郎』って、七組の奴らにからかわれたりする事もあるな。・・・時々だけど。で、まあ、僕はそんな状態で図書室をうろうろしてたんだけど、急にその子が、棚の影からさっと現れてさ。角だったから、急だったんだよ。で、僕はその子を見た時、ああ美人だなあって思った。その子は髪が栗色で(染めてはいないと思う)、それで目がくりくりしていてね。可愛かったよ。でも、僕がそのほんの一瞬で、凄い違和感というか、とても気になったのは、その子のメイクがわりときつかったっていう事。うちは軽い化粧くらいなら、別に0Kなんだよ。そんなに厳しい学校じゃないしね。でも、その子はさ、割とこうきつめのメイクでさ、で、もっと大切な事は、何というか、表情がないんだよな。表情がさ。それが、化粧の下に表情が隠れているというよりは、何というか、分厚い仮面をかぶっているというかさ。何か、そういう感じがしたんだよ。でも、それはそのほんの一瞬の判断だからさ、そう細かい事は言えないんだけど。で、急に目の前に現れたその子は僕を見て、何というか、「ふん!」という感じで、僕に当たりそうになりながら、僕の横をすり抜けていった。・・・恥ずかしい話なんだけれど、その時、どちらかが道を譲らなければ、どっちも通れない状態だったんだよね。で、その子が直進してきたもんで、僕は思わず道を開けちゃったんだよね。恥ずかしい話。で、僕はその時、その女の子と目が合ったんだけどさ、その時に僕が感じた事っていうのはつまり、こういう事だったんだよ。(あ、この子は、『僕』だからこういう態度を取ったんだな)っていう。僕はその時にそう思ったんだ。そう、つまりその子は、おそらく、もし僕がピカピカに磨いた十円硬貨みたいにキラキラしたイケメンだったらさ、多分、僕に軽く会釈して微笑みを浮かべなから、そっと僕に道を譲ったんじゃないか、っていう事。・・・そういう、人によって態度を変える奴ってたまにいるけどさ、ああいうのって浅はかな人生戦略だな、なんて僕はいつも思うんだけどな。誰か社会学者の先生辺りが、そういう、その場しのぎの人生の生き方じゃうまくいかねえぜ、って事、証明してくれたらいいんだけど。・・・まあ、そんな事はどうでもいいや。
で、まあ、その時、僕はそんな風に感じたんだよ。その子は実際、美人だったんたけれどね。でもまあ、そういうかなり早いうちから、自分の人生戦略決めてるっていうのは大したものだと言えるかもしれない。大体、僕相手にそういう態度を取るって事は、あながち間違っていもいないだろうからね。そりゃあ、僕だって腹は立つけどさ、でもまあ、僕はそういう子がこの先にモデルやらアイドルやらになって、それで人気が出たとしても、少しも驚かないね。だって、そういう世界は全部が嘘で構成されているから、うまい嘘をついたもの勝ちなんだよ。だから、化粧も濃くして、自分の内面を見られないように気を配るわけだ。そして後は、ロボットのように、それっぽい言動をしていればいい。何せ、今はロボットみたいなタレントやモデルが人気が出る時代だからね。だって、皆ロボットになりたがってるんだろう?。そうじゃないか。
僕はね、もう、自分でも何を言っているのか、わからなくなってきたな。アハハ。最初は木村の話をしていたんだけど、その内に何がなんだか、良くわからなくなってきちゃったな。僕っていう奴は本当に、自分が何者で、それで何をして、どうやって生きているのか、またどうやって生きたいのか、そういう事が自分でも全然わからないんだよね。困った事に。・・そういやさ、この前、この先に就きたい職業アンケートが回ってきて、途方にくれちゃったよ。うちの担任教師がいつもの面倒くさい調子で、「はい、これ、十分後に回収するから」って言いながらそのザラ紙を配ってさ。それには、将来就きたい職業を書き込む欄が第一から第三まであってさ。で、何か書かなくちゃいけないんだけど、僕は何を書けばいいのかわからなくて、ほんとに困ったんだよ。だって、一体何を書けばいいんだい?。「サラリーマン」とでも書けばいいのかな?。それとも、第一希望が「保険・営業」で、第二希望が「板金工」で、第三希望が「飲食・店長」とか?。えらく現実的な希望だね、それも。・・・で、僕は迷った挙句に、次のように書いたんだよ。「第一希望・詩人」「第二希望・批評家」「第三希望・小説家」。そして、その欄外に、僕はこれを読んだ先生にもきちんとわかるように、ちゃんとその希望理由を書いておいた。偉いだろう?。えへん。そこには僕はこう書いたんだ。
「僕の拙い記憶に寄ると、故・萩原朔太郎先生は確か、次のように語っていたようと思います。『詩第一、批評第二、小説第三』。(要するに、詩が一番偉く、その次に偉いのが批評、そしてその次が小説という事です。)私めもまた、萩原先生のこの哲学にならって、以上のような希望を表明した次第であります」
・・・・・・いや、僕も書いている途中に、ああ、僕、アホな事書いているなあ、と思ったんだよ。これでまた担任に、『変な奴』ってレッテルを上書きされちゃうのかなあ、って。でもさ、時間がたった十分しかなかったから、そのまま書いて出しちゃったんだよね。いやあ、後悔しているよ、僕も。くだらない事、書いちゃってね。でもま、若気の至りだよ。若気の至り。そう、あの赤い仮面つけた奴みたいにね。そう、あんな感じの『若さ故の過ち』なんだよ。なんたって、僕もまだ若いしね。十六。そう、僕はまだ十六才だ。花も恥じらう十六才、ってね。・・・ああ、くだらねえ。最近、僕はやっとスマートフォンにしてもらったんだよ。親が許可してくれてね。これで、僕も皆のグループと通信できる・・・なんて、そんな事する友達ろくにいないんだけど。・・・いや、したくないんだな。どうでもいいさ。僕は、十六才。もうほんと、青春なんだよね。青春。・・・ああ、くだらねえ。地獄に、堕ちろ。




