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三 狐憑きの男子高校生



 苦しそうな玉響はそのまま大きく息を吐く。

 気付けば、昴には自分自身の体が戻っていた。


「え、もどっ……どうなって…」

「…はあ、なんじゃったんだ、息ができぬところじゃったぞ」


 自らの目で見ている光景が信じられずに身体をぱたぱたと叩く昴の横に、風に乗るようにして現れたのは、本来の姿に戻った金の妖狐の玉響だった。

 扇子で隠した顔の奥から、黄金と紅の目を向ける。


「……戻ったんならなんとかしろよ、これ」

「うぬ、存外適応が速いのう」


 目の前の光景を指さしながらそう言えば、玉響は文句を零しつつも指をちょいちょいと動かしていく。その指の動きに呼応して、燃え盛っていた火の山は全て鎮火していった。


「安心せい。この山は余の領域内じゃ、まやかしを見せることなど造作もないわ」


 そう言いながら玉響は扇子を左右に振る、そうすると、先程まで焦土と化していた地面は何事もなかったかのように青緑で潤い、木々が芽吹いていく。まるで、嘘かのように、目の前の光景が一度にして変わっていった。

 目を丸くしてそれを見詰める昴を見て、玉響は息を吐きつつ扇子を仕舞う。


「凄いんだな、こんなことも出来るなんて…」

「余は天狐じゃ、何とでもなる。 そもそも、この山は余の為の物じゃからな」

「…玉響の為?」

「……あーそう、それじゃ」


 そこで、言葉と共に玉響の持つ金色の扇子の先がこちらを向いた。


「うぬ、どこで余の名を聞いた」


 しかし、その問い掛けには昴も目を丸くする。


「……へ?」

「じゃから、どこで余の名を聞いたのじゃ。誰にも言うてない筈だというのに」

「………」


 目を丸くしている昴に対して、玉響は至極真面目と言った様子でそう言い募り、憤るよう扇子で左の手をぱしりと叩いた。

 眉根を寄せた昴は玉響をじっと見上げる。どこで、と言われても。


「……いや、あんた、自分で言ってたぞ」

「……………は?」


 どうやら自覚が無いらしい。

 昴の答えは想定外の回答だったようで、玉響はそのまま金色の目を大きく見開く、その中で、縦長の瞳孔がゆらゆらと揺れていた。


「間違いなく言ってたぞ」

「………い、いや、そんなはずは…」

「『余は玉響。たまとでも呼ぶがいい』」


 少し前にその口から紡ぎ出された言葉をそのまま口にすれば、玉響は大袈裟に頭を抱えた。

 こちらが心配になる程、声にならない声をあげてぐしゃぐしゃと頭を掻きむしる。

 そんなに頭を無造作に掻けば、長い爪が頭皮に刺さっていそうで心配になる。


「大丈夫か…」


 少し心配になりそう問えば、掻きむしった髪の間から、金色の瞳がこちらを捉えた。

 その瞳を見て昴は口を閉ざす。


「……………はあ。 …こうなっては……仕方あるまいか」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、玉響は大きく息を吐いた。


「まあ、なんじゃ。 ……図らずも、うぬとの間に明確な繋がりが出来てしもうたようじゃ」

「繋がり?」


 玉響は面倒くさそうに後頭部を掻きながら、説明をする。

 曰く、霊的な存在には真名(まな)というのが非常に重要な作用を起こすらしく、それを知ることで相手を使役したりも出来るようになる。玉響は誤ってそれを昴に伝えてしまったため、乗り憑りのタイミングでその繋がりがより強固なものになってしまった。


「…つまり、俺があんたの名を呼ぶと…どうなるんだ?」

「余は先程うぬに名を呼ばれてから、金縛りにあったかのように全く動けなくなった。 …小癪なことに、うぬに余を縛る力が与えられたようじゃ」

「縛る力…」


 玉響は相当不本意なようで、その美しい顔に皺を寄せながら、ぶつくさと文句を垂れていた。

 話を聞いているうちに昴にはふとした疑問が湧いてきた。そもそも、なぜ玉響はわざわざ昴に乗り憑る必要があったのだろう。あれだけの力があるのなら、そのままの姿で鬼達を倒せば良いだけではないだろうか。


「なあ」

「なんじゃ」

「そもそも、何で俺に取り憑く必要があったんだ」


 疑問に思っていたことをそのまま問えば、玉響は少し居心地が悪そうに目を泳がせた。

 先程までは思い通りにならない結果に憤慨していたのが、今度は親に怒られた子供のような態度を取る。最初はどれだけ高位の存在なんだろうと震え上がっていたものだが、案外、この妖狐はどこか子供っぽいところがあるようだ。

 見るからに嫌なところを突かれた様子の玉響は、むうだのううむだと唸った挙句、何かを諦めたようで大きく息を吐いてからふよふよと祭壇の方へと向かっていった。


「……まあ、今更隠しても致し方ないかのう」

「何を?」


 玉響を追いかけて本殿の中に入る。祭壇の上に腰を掛けた玉響は、昴に黄金と紅の瞳を向けた。

 全ては偶然に過ぎないのに、数奇な運命もあるものだ。


「余は今、力のほぼ全てを失っている」


 扇子を開きながら、淡々とした調子で玉響はそう言った。


「力の、ほぼ全て?」

「有り体に言うてしまえば、今の余は幽霊の類と同じようなものじゃ。先程の小鬼程度でも、今の姿のままでは歯が立たぬかったであろうな」

「え、そうなのか」


 あれだけ一方的に戦って、モンスター級の強さをしていたように見えていたのに。

 昴からすれば、今祭壇に座っている玉響は何も変わらないように見える。しかし、その姿のままでは本来の力を十二分に発揮することが出来ないらしい。


「なんでそうなったんだ?」

「……奪われたのじゃよ、力を」

「奪われた?」

「まあ、封じられたと言った方が近いやもしれぬ」


 忌々しげに眉根を寄せて、玉響は虚空を睨み付ける。


「…兎も角、それ故余は力を十二分に(ふる)える依り代が必要じゃった。 ……あの忌々しい陰陽師どもをとっ捕まえる為にもな」

「お、陰陽師?!」


 なかなか実生活でも耳にする機会のない単語に思わず繰り返せば、玉響は目をぱちくりとさせながら「珍しくもないじゃろうに、あんな奴ら」と言ってのけた。

 妖怪の世界では珍しくない存在なのかもしれないが、そもそもそちらの世界の住人ではない人間からすれば、ツチノコ程度には珍しい。昔話だけの存在だと思っていたのに。


「陰陽師、って今もいるのか…」

「そりゃおるじゃろ。妖がおればそれを滅する役割を担う人間もおる」

「そういうものなのか…」


 そもそもが目の前にいる妖狐が、それの証明だったのかもしれない。


「…つまり、その陰陽師を捕まえる為に俺に憑いたってことかよ」

「そうじゃな。うぬの身体が依り代にするのに適した耐久性を持っているかどうかは賭けじゃったが、結果的に上手くいったようで何よりじゃな」

「……何よりじゃな、って………」

「兎も角じゃな!」


 ばさりと派手な音を上げて、扇子が閉じられる。

 辟易した顔を浮かべる昴の目の前に降り立った玉響は、右手をこちらへ差し出した。

 顔を上げれば、きらきらしい笑みを浮かべる金色の美しい妖狐の姿があった。


「これから宜しく頼むぞ、綾月昴」

「これからって、俺に憑くのは今回限りじゃなかったのかよ!」

「ふむ、それもそのつもりじゃったんだが、思いもよらずうぬと強固な繋がりが出来てしもうたわけでな、これでは今後余が力を完全に取り戻すまでは一心同体ということになる」


 なんとも言い包められているような気しかしないのだが、有無を言わさぬ表情で玉響はそのまま昴の手を問答無用で取る。

 やっぱり、温度が無くて冷たい手だった。

 吊られるようにしてぶんぶんと玉響の握手を受けていれば、暫く手を握ったあとで玉響はこういった。


「しかし、今後余の名を呼ぶときは真名では呼ばぬようにな」

「……気を付けるよ」

「そう、余のことはたまと呼べ」


 飼い猫のような名を名乗る狐の妖怪は、それから綾月昴の体に取り憑くこととなるのだった。

 一介の男子高校生の日常が、これを機に奇妙な歩みを始めることになるのだが。


 この時の俺は、そんな予感は微塵たりとも感じてはいなかった。




真名:本来の名前。妖において名は魂を示す為、本名は隠し、渾名を使う。名が相手に知られれば、魂同士の繋がりが強くなった際に、その魂に影響を及ぼす事がある。


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