第3話 ぷんすかリーリア
「2倍ってそんな!? だって今でも経営はカツカツなんですよ!? 見てくださいよ、ほらぁ!」
リーリアは信じられないって顔をすると、机の上に置いてあったいくつかの資料から、ギルドの収支報告書を抜き出して、勢いよく俺の目の前に突きつけてきた。
そこには昨年の最終的な収支として、わずか金貨7枚の黒字(現代の貨幣価値で金貨1枚=10万円)であることが書かれている。
「ああうん。この資料はそれこそ穴が開くほど何度も見てきたよ」
何度見ても変わらないと分かっていても、それでもため息をつきながら、何度も見てしまった資料だった。
「いいえ、もう一度見て下さい! たった金貨7枚の黒字ですよ、たった! わかってますか!?」
「うん、言われなくてもちゃんと理解してるからさ」
事務員などの裏方を含めて400人ほどがいるポロムドーサ冒険者ギルド。
その大所帯の1年の利益としては「ない」に等しい金額だ。
ちょっと大きめの懇親会でも開けば、即座に消えてなくなるはした金。
「あ――と、すみませんでした。ちょっとカッとなってしまいました」
と、リーリアはある程度怒りをぶつけたことで、我に返ったのか。
ハッとした顔をすると、ぷんすかから一転、声のトーンを落とした。
「あはは、いいよいいよ。リーリアの気持ちはわかるから。かく言う俺もサー・ポーロ士爵に家賃を2倍にすると言われた時は、思わず声を荒げちゃったからさ」
むしろリーリアがこれをサラッと流すような、ギルドに愛着のない無常な人間だったなら。
たとえ先代ギルマスのお孫さん&算術のプロフェッショナルだったとしても、俺は秘書にはしなかっただろう。
志を同じくできる人間だからこそ、俺はリーリアを秘書にしたのだ。
「でも、どうするんですか? 2倍の家賃なんて、なにをどうやったって絶対に払えませんよ? これはあまりにも無理難題ですよ」
「何をどうやったって、絶対に払えないよなぁ……困ったなぁ……」
「次の契約更改ってたしか2年後ですよね?」
「たった2年で劇的に何かを変えて、収支を大幅にアップさせる。常識的に考えて、無理な話だよなぁ……」
「さすがにこれは不可能だと、次回の定例協議でサー・ポーロ士爵に考え直してもらうことはできないんでしょうか?」
「言ってはみるが、無理だろうな。どれだけ無理難題をふっかけても俺たちは居続けるしかないって、完全に足元を見られてるからさ」
理不尽を嘆きながら俺がイスの背もたれに体重を預けると、古びたイスはギィギィと今にも壊れそうな、悲鳴のような嫌な音を立てた。
壊してしまっては大変と、俺は慌てて体重をかけるのをやめる。
そんな俺の座るイスに、リーリアはチラリと視線を向けながら言った。
「ああもう、悔しいです。家賃さえ常識の範囲なら、利益なんていくらでも出せて、ボロボロの設備だって最新のものに更新できるのに。なのにこっちの足下を見て、今以上にふっかけてくるだなんて、信じられません。サー・ポーロ士爵は人として終わっていますよ」
「正直、俺もそう思う。だが、言っても始まらない。この件はいったん置いておいて、まずは今できることをしていこう」
「……そう、ですね。これ以外にも問題は山積みですから」
俺が話を変える提案すると、リーリアもすぐにのっかってくれる。
何ごとにも情熱的に取り組むが、常に「数字」という現実的な視点を持ち、さらには切り替えも早く、引きずらない。
リーリアはとてもできた秘書だった。




