第2話 ギルマス秘書、リーリア・エルスマン(17歳)
俺は冒険者ギルドまで戻ってくると、ギルマスの執務室に入り、古めかしいイスに腰を下ろした。
俺は冒険者としては平均的な体格であるにもかかわらず、古びたイスはギシギシと不協和音の悲鳴を上げる。
「いい加減、これも買い換えたいんだけどなぁ……はぁ……」
一人というのもあって、ついついぼやきという名の独り言がこぼれ出てしまう。
もちろん、まだ使えるものを買い替える無駄金などあるはずもない。
「自分の金で買い替えてもいいんだけど、それはそれで『ギルマスは自分の椅子だけ買い替えた』とか邪推されても困るしなぁ……ま、あと2,3年はもつだろ」
サー・ポーロ士爵に無理難題をふっかけられた直後なのもあって、ため息とぼやきが止まらないでいると。
コンコン。
ノックの音がして、
「フィブレさーん、入りますよぉ」
明るくて元気な声とともに、俺の返事も待たずにドアが開き、ギルド職員の女子制服を身に着けたうら若き少女が1人、執務室へと入ってきた。
ポニーテールの明るい金髪がトレードマークの少女の名前はリーリア・エルスマン。
先代ギルマスのお孫さんで、Bランクの冒険者だ。
今は17才だったかな。
喜怒哀楽が素直な子で、冒険者としては可もなく不可もなくなのだが。
しかし彼女には極めて優れた特技があった。
ソロバンと呼ばれる東方の特殊計算アイテムを使いこなす、算術のスペシャリストなのだ。
4桁、5桁の数字くらいならソロバンすら使わず一瞬で暗算したりと、数字の扱いにはめっぽう強く、今は俺の秘書をやってもらっていた。
特に経理面では全幅の信頼を置いている。
ちなみに俺は計算とかそういうのがあまり得意ではなかった。
「いつも言ってるだろリーリア。ちゃんと返事を待ってから部屋に入れってさ」
「やだなぁ、他の人に対してはちゃんとしてますよー。フィブレさんだからじゃないですかぁ」
俺がやんわりとたしなめると、リーリアは明るい笑顔であっけらかんと言い訳を返してきた。
「俺以外の誰かがいるかもしれないだろ?」
「さっきまで誰もいなかったギルマス執務室に、フィブレさんが一人で入りました。では問題です。中には誰が何人いるでしょう?」
「はいはい、中には俺1人しかいませんよ」
「ふふん! ですよね!!」
俺の答えに、それはもう満足げな顔を返すリーリア。
俺も別にバカではないと思うんだが、リーリアは別格だ。
頭の回転と口のうまさではとても勝負にならない。
俺は話を変える。
「それで帰って早々、どうしたんだ? 何か急用か?」
「どうしたもなにも、定例協議でのサー・ポーロ士爵との交渉はどうだったか、知りたいんですよぉ」
「ああ、うん、そのことな」
サー・ポーロ士爵とのやり取りを思い出して、俺は心の中でため息をついた。
「ほら、わたしも王都の家賃を調べたりとか、要望書作りのお手伝いをしたじゃないですか? だから上手く行くかなぁ、って気になってたんですよ」
「リーリアにはほんと助けてもらったよ。俺一人じゃあの要望書はとても作れなかったからさ」
いろんな数字を比較し、説得力のある要望書を作ることができたのは、算術のスペシャリストたるリーリアがいたからに他なかった。
しかし――
「それでそれで、交渉は上手く行ったんですか!?」
ポニーテールを揺らしながら、執務室の机にバンっと手をつき、ずいっと身を乗り出してニコニコ顔で尋ねてくるリーリアに、俺は大きな申し訳なさを感じながら言った。
「いいや、むしろ最悪の結果だった。次の契約更新から施設利用料を2倍にすると言われてしまったよ」




