第1話「嫌なら出て行ってくれてもいいんじゃよ? 他にも借し先はいくらでもあるでのぅ。どうぞご自由に。ま、出ていく先があるならだけどのぅ」
フィブレ・ビレージはSランクの冒険者だ。
王国全土を震撼させた暴れドラゴンの討伐では、当時、弱冠12歳ながら各地より結集したSランク冒険者たちを差し置いて、討伐の中心的な役割を果たした。
その功績でもって史上最年少でSランク冒険者の栄誉にあずかり、ついた二つ名は「神童」。
神童フィブレと言えば、その名は地元周辺だけでなく、
「知ってるか? 東の辺境になんかやべぇ強いガキがいるらしいぞ」
「例の暴れドラゴンを仕留めたガキだろ?」
「すぐ調子に乗るクソガキらしいが、戦闘力はピカイチなんだとよ」
などと、遠く離れた別エリアの冒険者ギルドにまで、噂が知れ渡るほどだった。
そんな界隈をブイブイ言わせていたフィブレも、現在は26歳。
Sランクの実力はそのままに、年相応の落ち着きも得て、心身ともに充実した好青年へと成長していた。
数年前からはポロムドーサという地方都市で、冒険者ギルド・ポロムドーサ地区のギルマス(ギルドマスター)をやっている。
魔獣討伐や遺跡探索、隊商の護衛などなど。
昨今の冒険者の需要増もあって、冒険者ギルドは数あるギルドの中でも安定した収益を上げ続けている優良ギルドの1つだった。
ゆえに、そのギルマスともなれば、たいした苦労もせずに左うちわでギルドを運営していけるはずなのだが――。
ことポロムドーサ冒険者ギルドに関しては、少しばかり事情が違っていた。
というのもここの冒険者ギルドは、ギルドの施設の全てをとある貴族から借りて運営されていたからだ。
借りている以上は、施設の利用料を払うのは当然だ。
当然のことではあるのだが。
もしそれがあまりに法外な金額だったとしたら――?
今日もギルマスのフィブレと、施設の所有者である商人あがりの準貴族サー・ポーロ士爵――金で爵位を買ったいわゆる「エセ貴族」だ――との交渉が行われようとしていたのだが。
◇
俺――フィブレ・ヴィレージはその日、地方都市ポロムドーサを治めるサー・ポーロ士爵の屋敷に出向いていた。
冒険者ギルドの施設利用に関する、月に一度の定例協議に参加するためだ。
応接室に通され、立ったままでしばらく待っていると、屋敷の主であるサー・ポーロ士爵が予定の時刻を大幅に過ぎて入ってきた。
「お忙しい中、お招きいただきありがとうございました。本日はお日柄もよくサー・ポーロ士爵におかれましては――」
エセとはいえ貴族は貴族。
目上のサー・ポーロ士爵に対して、俺はすぐに丁寧な挨拶を始めたのだが――。
「くだらぬ挨拶などよい。ワシは忙しいんじゃ」
「大変失礼いたしました」
にべもなく遮られてしまい、俺はすぐに謝罪の言葉を口にした。
サー・ポーロ士爵は貴族という身分をこれでもかと笠に着るタイプの人間だったからだ。
へそを曲げられては話もできない。
「では早速、施設利用に関する定例協議を始めるとするかのぅ。なにやらギルドの方から要望があるのだとか? よいぞ、はよ言うてみい」
ぶよぶよに太っただらしない身体を、金銀ヒラヒラの装飾華美なオーダーメイドの貴族服に包んだサー・ポーロ士爵は、これまた金細工が施された高級椅子にふんぞり返って座ると、俺を急かすように言ってきた。
俺は立ったまま背筋をピンと伸ばしながらサー・ポーロ士爵に相対すると、説明を始める。
「では当ギルドからの要望をお伝えします。最初に――」
見下すような態度を隠しもさないサー・ポーロ士爵を前に、俺は手に持った羊皮紙を読み上げ始めた。
【要望書】
1、施設利用料の減額
・人口が100倍以上違う王都の地価で使用料を計算するのは、あまりに高すぎること。
2,老朽化した施設の改修
・資金はギルドが全額出すので改修させて欲しい。
・訓練場も手狭なので拡張したい。
3.ギルド内食堂の運営権のギルドへの委託
・現在は指定された業者を使っているが「高い、少ない、まずい」と長年クレームが出ている。
・しかしどれだけ伝えても改善されないので、業務を冒険者ギルドに委託して欲しい。
4.周辺の飲食店の出店規制の緩和
・指定された業者のみしか出店できないため競争が起きず、これまた高い、少ない、まずいとクレームが出ている。
・専門集団である飲食ギルドに門戸を開いてほしい。
「――以上となります」
俺は要望書を読み終えると、サー・ポーロ士爵へと視線を向けた。
するとサー・ポーロ士爵は思案顔で、コンコンと机を指で叩きながら言った。
「なるほどのう。改修するための費用はそちらが負担をする、と。つまり金があるんじゃの。君たち冒険者ギルドは、十分すぎるほど儲けているというわけじゃ」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるサー・ポーロ士爵に、俺はなんとも嫌な予感を覚えながらも、丁寧に言葉を返す。
「改修のための費用は、当ギルドが何十年も積み立ててきたものであって、決して儲けているわけではありません」
儲けているのは高い使用料で暴利をむさぼるお前の方だろうが――というセリフを、俺はなんとか飲み込んだ。
事実、ポロムドーサ冒険者ギルドの利益は、そのほとんどがサー・ポーロ士爵によって吸い上げられており、手元に残るのは雀の涙ほどの金額に過ぎない。
節約も限界までしていた。
老朽化し、応急処置をしながら騙しだまし使っている設備も少なくない。
そうやって出たわずかの利益を、長期にわたってコツコツと積み上げて、なんとかまとまった額にしたのだ。
儲けているなどと言われるのは、心外もいいところだ。
「なるほどのぅ。きさまらの要望はわかった」
「では──」
「では結論を伝えよう。来年からは、施設使用料を2倍に引き上げることとする」
「なっ! ちょっと待ってください!」
信じられない内容を告げられ、俺は思わず大きな声をあげてしまった。
だが、それも仕方ないだろう?
だって2倍だぞ2倍。
減額をお願いに来たのに、どうして2倍の金額をふっかけられなきゃいけないんだ。
「なんじゃ、うるさいのぅ。きさまら冒険者はとかく、声がでかいから困る」
「申し訳ありませんでした。ですが既に施設使用料は超が付くほどの高額です。要望にも使用料を下げて欲しいとあったはず。なのにさらに高くするなどと――」
「金はあるんじゃろう?」
「先ほども申し上げましたが、この資金は積立金を取り崩して作り出すもの。ギルドに何かあった時のため保険の資金なのです」
「それがどうしたのじゃ?」
「先だっての定例協議で、こちらが資金を出すなら考えてもいいとおっしゃられたので、我々はリスクを承知で積立金を取り崩す決断をしたのです。決して懐に余裕があるわけではありません」
俺は資金のお金の出所や状況を、丁寧に説明していく。
しかし――
「嫌なら出て行ってくれてもいいんじゃよ? 他にも借し先はいくらでもあるでのぅ。どうぞご自由に。ま、出ていく先があるならだけどのぅ」
クックックと。
サー・ポーロ士爵は今日一番に下卑た笑みを浮かべた。
「く……っ」
完全に足元を見られているのだが、大所帯の冒険者ギルドをそのまま受け入れられる大きな施設は、近隣に存在しないのもまた事実だった。
つまり冒険者ギルドが出ていくことができないと分かったうえで、サー・ポーロ士爵はさらに利益を巻き上げようとしているのだ。
「ではこれにて今日の議論は終わりじゃ」
「ま、待ってください! もう一度、説明をさせていただきたく!」
「待たぬ。きさまら暇な冒険者と違って、貴族のワシは忙しいのじゃ。グダグダ言うのなら、使用料を3倍にしてやってもよいのじゃぞ?」
「な――っ」
「ほれほれ、どうするのじゃ? 今、選ばせてやるぞ?」
サー・ポーロ士爵はニマニマと笑いながら、まるで動物でも追い払うかのようにシッシと手を振ってくる。
「……失礼しました。この件は一度、持ち帰らせてください」
俺は忸怩たる思いを噛み殺しながら、拳をギュっと握りしめて呟くように言うと、サー・ポーロ士爵の屋敷を後にしたのだった。
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【ショート版】ギルド移転物語~ギルマスの俺、交渉でウエメセ貴族にさんざん足元を見られてきたので、ギルドを隣町に移転することにした。うちの経済効果のでかさを舐めんなよ?
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