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32.聖女がシャバにやってきた




「サラちゃんっていうのね。うふふふふ。」

シルビアの笑い方が一気に不気味になる。何がしたいのだろうか。

「王妃様って女神様みたい。すっごく綺麗。こんな綺麗な人初めて見た。」

「まあ!ありがとう。サラちゃんもとっても美人よお。」

二人してニコニコしている。アーロン王子は心なしか引いている。

一気に社交的になって登場した沙羅。この子は人見知りじゃなかったかな。

「沙羅、なんだか変わった?」

不安げに沙羅を見て居た私に、真っ直ぐこちらを見て彼女は言った。


「変わろうと思った。」


変わろうと思った。

その言葉を聞いた瞬間、涙がこぼれた。


この子は自分の足で立ち上がろうとしているのだ。自分で決めて出てきたのだ。

「~~~~~~。」

言葉にならない気持ちが涙になって溢れてくる。

声も出せずに泣き続ける私を、周りの人達が優しく慰めようとしてくれている。自分の人生が、今まで頑張ってきたことが、間違っていないと、間違っても良いのだと教えてくれているようだった。


涙が止まらない。誰かが私にハンカチを渡してくれた。

黙って受け取りブブッと鼻をかんだら、すぐにまた別のハンカチに取り替えてくれる。シルビアの侍女さんだろうか。ハンカチ何枚もっているのだろう。視界の端に次のハンカチをスタンバイしているのが見える。

沙羅が泣き笑いのような顔で私を見る。


「また、嫌な事あったら部屋に閉じこもっちゃうかも知れないけど。」

「うん。」

「でも、また出てくるよ。」

「うん。」

「お母さん、ごめんね。」

「ううん。」

うん。とううん。しか言えない。


シルビアがもらい泣きしている。アイメイクが崩れるのが気になるのだろうか、侍女が斜め後ろで化粧道具を片手に控えている。


「あのね、さっきアーロンと話したんだけどね。」

「うん。」

「私、学校に行きたい。」

「うん。」

「友達がほしい。」

「うん。うん。うん。」

何度も何度も頭を立てに振って頷く。アーロン王子が側に来てくれる。


「サラ、頑張ったじゃん。」

「うん。」

「学校にウノ持って行こうぜ。」


俺なら異世界の学校は死んでも無理だよと、こちらのやる気を折りに来る失言をかまして王妃に殴られている。

沙羅は、「アーロン、ヤバイよね。顔は最高だけど。」と言って笑っている。

沙羅が友達と笑い合っている。

それを見ることができただけでもう十分だと思った。





「泣きすぎちゃった。」

恥ずかしい。何が恥ずかしいって、いつの間にか周りにゾロゾロと人が集まっていたのだ。いつからいたのだろうか。

もじもじしていると、シルビアのお兄さん、宰相だったか、超絶美形の彼が、

「お疲れ様です。」と

恐ろしく場にそぐわない事務的口調で挨拶をしてきた。

「あ、はい。お疲れ様です。」

「そちらのお嬢様が、聖女様でしょうか。」

「はい、そうです。」

「承知しました。それでは、聖女様。改めましてご挨拶させて頂きます。」

「はい。よろしくお願いします。」

沙羅と宰相がアルバイトの面接みたいな会話を始めている。

なんか、こう、感動的な空気が一気に無くなってしまった。

この人はダメだ。めちゃくちゃがっかりさせるタイプの人だ。



「それでは、まず聖女様は当面の間、この国の学校へアーロン殿下と共に通学すると言うことで、よろしいですね?」

「はい。お願いします。あの、入学、編入試験はどうしたらいいですか?」

歴史とかわかんないし、と沙羅が困っている。

「いえ、試験は免除されます。」

「ええ?裏口入学じゃん!」

「裏口入学とは?」

沙羅が宰相に裏口入学について説明している。カオスだ。

おまけに説明を聞いていたアーロン王子の顔色が徐々に暗くなる。

「どうしよう。俺も裏口入学だ…。」

どうでも良くなってきた。いいや、友達できればそれでいいや。



安心して気が抜けたのか、ボーッと立っていると、ビコー師団長が話しかけてきた。

「リッカさん。少し…、お話が、あります。」

後でお時間を下さいと、酷く思い詰めた暗い表情で師団長が言った。私は「わかりました。」と簡単に返事をしてからぼんやりとみんなを眺めていた。




「それで、聖女様のお披露目とかするんですか?」

沙羅が不安そうに宰相に尋ねる。

「嫌ならしません。殆どの聖女はお披露目を断っています。」

ですから無理にする必要は無いですとの言葉を聞き、私たち親子はホッとする。

「じゃあ住む所探さないとね。」

「学校の寮とか入るのかな?」

「どうかな?」

2人で宰相の方を向くと、

「できれば王宮内で過ごして頂きたく思います。聖女を狙う者は国内のみならず他国にもおります。聖女様には守護者の選定を終了するまでは、こちらで用意した護衛を付けさせて頂きたい。」

言い方が固いので沙羅が困惑している。

「守護者…。」

「守護者って言うのはね、なんか護ってくれる人みたいよ。」

私も説明できない。


「守護者というのは…。」ビコー師団長が口を開く。


聖女がこの世界で信用できると思った人間と交わす約束のようなもので、それは本人にも解らない、いつの間にか発動する魔法による契約のような物らしい。

かけた方受けた方共に明確な意識を持って行っていないため、曖昧な記述による記録しか残っていない。だが、確実に契約はなされており、それがどんな約束なのかは受けた当人しか解らないと言う。

不思議なのは、守護の魔法は聖女が亡くなった後も継続しており、守護者は生涯その恩恵を受けると言う。


「無意識のうちになされている『契約』です。『選定』と呼ぶべきかは解りかねます。いずれ気付くとしか言えないのです。」

「そうですか…。」

沙羅が不安そうにしている。失敗が怖いのだろう。


「迂闊に他人を信用しない。」アーロン王子が言う。

「え?」

「俺、小さい頃から周りの大人達にいつも言われてた。簡単に他人を信用するなって。」

アーロン王子は人懐っこく、加えて極めて美しい。幼い頃から周りに人が集まり、甘言をささやき好意を示して近づいて来るが数多くいたそうだ。

悔しいかな、幼い子どもに大人の醜い欲望は解らないし気付けない。

ある時、とある貴族のご婦人にアーロン王子が誘拐された事をきっかけに、以後、幼い王子の護衛をビコー師団長がしていたという。だからあんなに仲良しだったのか。

「まあ、あの家はお取り潰しになりましたけどね。」と宰相が付け足す。

『取り潰し』、『誘拐』の二文字で、とある誘拐犯の実家を思い出したが口にするのをやめた。横目でちろんとビコー師団長を見ると、小さく頷いたので間違いないだろう、大司教の家族は誘拐が好きらしい。


「だからさ、俺のことも信用しないで観察してれば良いよ。」

「そうなの?」

「だってさ、いつケンカするか解らないだろ?そんで仲直りするか、そのまま付き合わなくなるかなんて、知り合ったばかりの人間相手じゃ解らない。」

学校でも友達少ないんだよ、俺の事顔の良い王子としか見てないからと彼は言う。


「そうね、気の合う相手ってなかなか見付からないわね。」

うんうんと大人達が頷く。

「気が合うなど幻想でしかないですけどね。」

と美貌の宰相が言うと、

「友達1人もいない人の言葉も信じちゃダメよ。」

とシルビアが沙羅に諭す。

沙羅は更に悩んでいた。ダジャレか。



そう言えば、とシルビアが私を見て、

「リッカの守護者はどうなっているのかしら?」

と言った瞬間、ビコー師団長が息を飲んだのが解った。


「え?」私は聖女じゃないから、守護者とかないでしょ?と言おうとしたが、声が出なかった。

「あれ?」何か思い出しそうだ。何だろう。身体がぐらりと揺れる。

誰かが「リッカ!」と叫んでいる。誰だろう、こちらに走ってくる。



ああ、裕吾だ。大きくなったなあ。


勇おじさんと3人で暮らしてた時以来だ。


あれ?裕吾、ヒューゴにそっくりだ。


そんなことを考えながら、私は意識を失った。





ありがとうございます。

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