31:王国に迫る不穏な影
ここは魔王の国のケルベルク、東に位置するこの大国は全世界でも最高の経済規模を誇るほどである。
特に経済の中心である、デクサーティオは朝から夕方まで商人や通行人、観光客など様々な人物が行き交う大都市である。
活気を見せている街であるが日が沈み辺りが暗くなると、大体の商店は店仕舞いをして、また昼間と違う顔を覗かせるのだ。
「兄ちゃん、これいらねえか?」
路地裏でとある闇商人が草のような何かを見せびらかせる。
それは夜になってさらに暗くなった影で頻繁に売られているものであり、1つで10000wもする法外な値段であるが、買い手は後をたたないものである。
「いらねえよ、ほらとっとどこかに行きな、でないと騎士団の連中に見つかるぞ」
目をつけられた男は、シッシッとあっちいけと言う動作をして警告するが、男はそれを笑って流す。
「ははは、あの、腐敗しきった騎士団が? こんな路地裏まで見守りに来るわけがねえよ」
「じゃあ? その後ろの旦那は誰だ?」
「あ?」
売り手の男が後ろを振り返ると、黄色の鎧を着込んでいた厳格そうな男が立っていた。
その色の鎧は一師団の団長であることを意味しており、男は荘厳な立ち振舞で2人をじっと見ていた。
「ひっ」
それに気づいた売り手の男は、慌ててその場から逃げ出す。
「追わないのか? あれはリコール草の売り手だろ?」
リコール草とは摂取すると、良い思い出や自分が思い描いている想像などの幻惑を生み出す薬草であり、中毒性が高いので殆どの国で所持、販売は禁止されており当然ながらケルベルクでも禁止されている。
それでも物流の中心であるこの都市で、入ってくるそれを完全に断つことが出来ずに、さらに貧民の割合が多く需要も生まるので、夜になると取り締まっている騎士団の見えないところで売買が行われていた。
「ああ、その前に君の事を聞かせてもらおうか」
その売り手が逃げたのだから追うべきではあるのが、それよりも目の前の壁にもたれている男の方が優先度が高いと騎士団長は判別したのだ。
「俺か? しがない商人だぜ、ほらこれが通行許可書」
その書類には、アルメルキアから魔力石を買い付けに来た、という旨の事が書かれており、確かに不備がないように見えるが、騎士団長が注目したのはそこではなかった。
「ではただの商人が監視塔の上から街を眺めたり、重要施設の周りを見て回ったりする理由を教えてもらおうか」
「あー、あんただったのかあの気配は」
男は観念したように手を上げる。
誰にも悟られないように行動したはずだが、なぜだか常に気配を感じていたのだ。
その正体がこの眼の前の騎士団長であり、初めからマークされていてつけられていたということを意味していた。
「だけど……ただでやられるつもりはないぜ!」
男は魔力を込める。
するとその手にいつの間にか青い槍を持っており、そのまま不意打ちのように槍で突く、だがそれを分かっていたかのように騎士団長は剣を抜きその軌道を叩き落とすように反らす。
「へえ、やるな、初撃を防いだか」
「騎士たるもの不意打ちには常に気をつけるべし、敵に騎士道を求めてはならぬからな」
騎士の精神は立派だが、相手がそれを持ち合わせているとは限らない。
騎士にとって不意打ちとは持っての他だが、相対する相手はむしろ不意打ちを使ってくることが多い。
それを批難することはないが、それに対処できるように常に油断せぬよに過ごすのが彼の騎士としてのありかたであった。
「……降伏しろ、時期に応援も来る」
男はそれを聞いて周りを確認して見るとたしかに騒がしくなっており、時期に増援も来ることが予想できた。
男はため息をついて、槍を構える。
「悪いが、竜戦士の戦場に降伏はないんでね」
そしてそのままさらに深く腰を落として、槍を大きく後ろに下げる独特な体勢を取る。
それを見た、騎士団長はなにか来ると察知して同じく深く構えて相手の攻撃に対して対応できるようにする。
竜戦士と名乗ったのならば微塵も油断をするつもりはなかった。
「まあそこそこ名が知れた騎士のようだが悪いが時間がないようなんでね、楽しむのはなしだ!」
そして、月夜が照らす路地裏に鮮血が舞った。
「あー、こりゃ怒られるな確実に……」
男は一切の返り血を受けることなくその場所を去り、都市の外に潜伏していた。
現場では騎士団の連中が血眼に犯人を探しており、しばらくは近づけねえなと思いつつ、偽造された通行許可書を破り捨てる。
こう騒ぎになっては、正攻法で都市に入るのは厳しいので必要ないと思ったからだ。
それにあの都市の中には探しものはなかったので、もう不要になったこともある。
「どこにいるんかねえ、姫さまは……」
とりあえず足で探し回るしかないと思いつつも、しばし休憩するために男は目を瞑る。
ケルベルク国内を震撼させる騎士団長殺人事件、その裏に潜むものが魔法学園に迫ってきている事、この時は誰も知るよしもなかった。




