32:南の国からの留学生
「おはよう、マナちゃん」
「うむ」
学園の教室に続く廊下、マナのクラスメイトらしき女子が挨拶をする。
挨拶されるのは見知らぬ人間でも特段と嫌な気分になることはなく、マナは挨拶された人間をよく知らないが満足そうだ。
強大な力を持ち、不遜な態度で学園を過ごしているマナであるが、不思議と孤立することはなく、むしろ人気者であった。
案外話しかけてみると話しづらいということはなく、ちゃんとこちらの話も聞いて的確に言葉を返してくるので会話は成立するし、見ている視点が皆とは違い、神代で生きていただけあって持っている知識量も半端ではない。
それにカリスマ的な、なんとなく引きつけられる雰囲気を持っているが、外見がロリな以上近寄りがたい雰囲気ではなく、親しみやすい雰囲気なので挨拶や、はてには色々な相談までされる始末であった。
「む、珍しいな」
「ん、おはよう」
そんな中、マナが自分から話しかける特別な人間が学園には3人居た。
1人は臣下であるエルサ、今は孤児院が落ち着くまで手伝っているので長期休暇中でここには居ないのだが。
他にも同じクラスメイトである。アイリスとシエルには気にかけている。
「ほう、貴様が新聞とはどういう風の吹き回しだ? 魔法の研究しか興味がないと思ったのだがな」
「うるさいわね、私だって新聞ぐらい読むわよ」
朝に弱いアイリスは珍しく死にかけておらずに、新聞を手に持っていた。
シエルはアイリスをからかい、アイリスは不満げそうに言葉を返すがシエルの言葉に図星であり、今までは新聞なんて読んでいなかった。
だけど1週間前のエルサの一件から、少しばかりは情勢を知っていたほうがいいと思い、最近になって新聞を読んで情報を取り入れようとしていたのだ。
シエルに茶化されながらも、手にとった新聞を広げてみると一面に大きく書かれてある事件が嫌でも目に入ってきた。
「騎士団長殺人事件? 物騒ねえ……」
「……なに? ちょっと見せてみろ」
「あ、ちょっと!」
シエルはアイリスから新聞を取り上げる。
それに対して不満気な表情を見せるアイリスだが、彼女の真剣な表情で記事を読んでいるのを見て、それを無理やり取り上げるわけにもいかずに読み終わるのを待つことにした。
「なに、知り合いとか?」
「ああ、そうだな」
アイリスは当てずっぽうで言ったのだが、それが的中して驚きを見せる。
「えっ、まじで!?」
シエルは新聞を返しながら、怒りや悲しみが入り交ざったような表情をしていた。
「小さい頃に指導を受けたことがあってな、よく、騎士としての在り方や、剣を持つものとしての心構えを教えられた。まあ、当時は力しか求めていなかったのでその類の事にピンとこなかったが、彼は立派な騎士であったのであろう……だから殺されたとは信じられんな」
彼の騎士としての在り方は、騎士のお手本のようなものであり、シエルも剣を持つものとして面識はあった。
誰もが彼を騎士と認めるほど正しく、そして剣術の技量も高い。
だから、そこらの浮浪者やらに倒されたのではなく、何か強い存在に倒されたのだと考えていた。
「強者とてやられる時はやられるものだ。不意をつかれる、もしくはそれ以上の強者が表れる……まあ、我はどちらもあり得なかったがな!」
マナとて不意をつかれたり、同格の敵が表れたりしたことがあるが、暗殺はどれも失敗に終わり、そして戦いも全て勝ち、頂点の最強の座を欲しいままにしてきた。
「とにかくも、放置するわけにはいかんな」
シエルは不穏な事を言って、それを聞いたマナは興味津々な態度を見せる。
「ほう? 仇討ち、つまりは復讐か?」
「……無きにしもあらずだが、私の見えるところでこのような不埒な行為を犯したからには断罪をしなければならない」
シエルは確かに仇を取りたいという気持ちは少しはあった。
だがそれよりも見える範囲でこのような行為を行った事への苛立ちと、それを断罪しなければならないという使命感のほうが強かった。
実際には彼を打ち倒した強者の存在のほうが心の奥底で気になってはいるのだが、建前と言うのは重要なのだ。
そしてマナもシエルの考えには異論がないようどころか、感心しながら頭をこくこくと頷かせる。
「あのね、暴君のお二人様に言うけど、罪人を裁くために法が存在するわけで……」
アイリスは今まで法の文字を会話に出したことはなかったが、最近はそれ関係の事を勉強しているので思わず口に出してしまうが、それは思わぬカウンターを食らうことになる。
「たわけ、愚民達が作ったルールなど、我のルールには到底及ばぬ、1の愚者より10の愚民、10の愚民より1の名君、うむ、名言だな!」
「この腐りきった国の法を信じるとはな、貴様が不法な薬を調合しても殆どお咎め無しなのがいい例だろうに」
1人は、もはや話が通じないほど俺様ルールであった、そしてもう1人は思わぬところからカウンターでパンチを繰り出してくる。
「ぐっ、あれは別に売るとか、使用するとかじゃなくて、単純に探究心からの興味で……」
「ほう、探究心の前には法は通じぬと? ならば殺してみたかったと言えば殺人は通用するな」
「古来から研究者とは加減を知らずにとんでもないものを研究するだけ研究して、責任は取らないものだからな、まあそれも探求のための犠牲とやらなのであろう」
アイリスがああ言えば、マナとシエルは言葉を返して圧倒する。
ただでさえ口では勝てない相手なのに、それが2人もいるとなるとアイリスはぐうの音もでなく、ただ縮こまるしかない。
といってもこの件に関しては、禁止の薬品を調合したアイリスが100%悪いのだが、それでも罰金だけですんだのでやはり異例の措置と言わざるを得ない。
上の人間には優しく、下の人間には厳しく、これがこの国の体制である。
そんなこんな話しているうちに鐘の音が学園に響き渡る。
授業が始まる合図であり、皆は席について教師が入ってくのを待つ。マナとて例外ではなく窓際の席に座ると、10秒もしないぐらいに教師であるマリアは教室に入ってくる。
「はい、おはようごいます、さて今日は以前から知らせたとおりに留学生の紹介からしたいと思います」
留学生という見知らぬ単語にマナは疑問を抱えたので、隣に座っているアイリスにその意味を聞く。
「あんた話し聞いてたの? 3日前にアルメルキアから留学生が来るって言ってたでしょ」
アイリスは呆れながらも説明する。
そしてその説明から、他国の人間という意味かとマナは理解していた。
アルメルキアとケルベルクは隣国の大国ながら比較的に友好的な国家である。
その理由はアルメルキアはケルベルクの資源を、ケルベルクはアルメルキアの技術を重宝しており、お互いに利害関係がはっきりとしていからだ。
それだけ欲しいものがあり地つながりでも戦争が起きない理由は、北の大国のグラムノートという軍事国家がケルベルクの資源を狙っており、それを独占させないためにアルメルキアがケルベルクと軍事協定を結んでいるからだ。
それだけグラムノートは恐れられており、もし中央の神の国である聖地レムナントが無ければ、戦争しているのはケルベルクであっただろう。
第2にアルメルキアは戦争を良しとしない国家である。
昔こそはホムンクルスを利用した人海戦術を展開していたが、資源が少なくなった今ではその戦術は自身にもダメージがデカイので取ることは出来ない。
この2つの理由から、この国家同士はそれほど仲が悪くはなく、お互いに利用している感じなのだ。
「しかし、わざわざ、この国に来る必要があるのか?」
「まあ、ケルベルクからは技術学習のために定期的に留学生を送ってるんだけど、向こうからは稀よね」
アルメルキアの技術は世界一、そして技術も国外流出しないために必死で対策されているので、その技術を知るためにはアルメルキアで学ぶしかない。
公開されている技術だけでも他の国からしてみれば数年は進んでいる技術なので、ケルベルクは積極的に留学生を送っている。
だけどアルメルキアからケルベルクに留学生が来るのはアイリスが言う通り、ないわけではないが稀であった。
「どうぞ、入ってきてください」
マリアがそう言うとドアが開いて女子生徒が入ってくる。
「アリヤ・シトンシュミットですわ、よろしくお願いしますわね」
アリヤは名前を言って自己紹介を済ませる。
彼女から不安や、緊張といった表情を見れず、自分に自信がある振る舞いをしており、アイリスに少し似ている雰囲気であった。
だが彼女よりも高飛車な雰囲気であり、一発で貴族であることが彼女から感じられる。
といってもこの魔法学園では貴族や平民であることを、学校側は重視しておらず主に重視されるのは魔法の腕だ。
純血や貴族であることは魔法のステータスが高いという事を意味することでもあるのだが、エルサの例のように平民でも魔法を上手く扱えるものは存在する。
「空いている席はマナさんの後ろの席ですね」
マリアはマナの後ろの空席を指し示しており、アリヤも言われたとおりに席につこうとするがその途中で歩みを止める。
「むっ、我に何か用か?」
彼女は呆然といった表情でマナを見つめていた。
急に止まったのでマリアは何かあったのかと彼女に声を掛ける。
「どうかしたましたか?」
だがマリアの声は聞こえていないのかアリヤはそのまま呆然と立ち尽くしていた。
そして先に痺れを切らせたのかマナは睨み返し、口を開く。
「おい、不敬だぞ貴様、無言で我を……」
「……完璧だわ」
「む?」
「あなた、完璧なかわいさですわ!」
「なんと!?」
マナは急にアリヤに抱きつかれて驚きの声を上げて、周りの人間も呆然といったような表情になる。
この日アリヤは運命の出会いを果たすのであった。
……マナにとっては、はた迷惑な女神を連想させる最悪な日であったのだが、それもまた運命なのであろう。




