承
気が付くと、僕は手に持っていた缶コーヒーを握りつぶしていた。感情が高ぶりすぎたのだろう。僕の昔からの悪い癖だ。それにしても今のはいったい。何者かが僕の心の中に、それも何か詳しいことを知っている様子だった。いや、そんなことはありえない。
「あーあ、もったいない。それほとんど飲んでないでしょ」
声の聞こえるほうを振りむと、そこには小学校低学年くらいの少女が立っていた。だが、暗闇で顔がよく確認できない。だが不思議なことに少女の表情ははっきりと認識することが出来た。冷たい笑い。そう形容するしかないくらいに彼女の微笑は冷たく、僕に本能的な恐怖を与えた。
「ねえ、私にもなんか買ってよ。6時間もバスに乗りっぱなしじゃ、さすがにくたびれちゃった」
口調は少女のそれとは到底思えない。しかもこの声どこかで聞いたことがある。
「あらっ もしかして、この声聞いても誰か分からない? 無理ないか~ だって忘れ去りたい汚くて暗い過去だもんね。いいわ。この顔を見たら嫌でも思い出すでしょう。なんせあなたが自らの手で殺めた子供の顔だもんね」
そう言いながら少女と思わしき謎の人物は私のほうに一歩一歩近づいてきた。私は自分の中の本能的な恐怖が急速に増幅するのを感じ、その場から逃げようとしたが、足がその場で重石のようになってしまい、動けない。そうこうもがいているうちに暗闇に隠れていた少女の顔が僕の視界に飛び込んできた。そ
「由実ちゃん・・・ そんな、そんなはずがあるわけない。由実ちゃんは、あの醜い男の娘は5年も前に死んだ!」僕は震える声で少女に言った。
僕の前に現れた少女は正真正銘の由実だった。それも5年前の亡くなる直前の姿のままで。
「そう。由実ちゃんは5年前に亡くなったわ。そう、あなたの手術ミスが原因でね。だけど由実ちゃんの父親はその事実に納得できなかった。だが、あなたと由実ちゃんの父親、定史さんは親友どおし、だから定史さんは表面上は納得したように見せた。だけど、彼は独自の調査を今日まで続けていたの」
「そ、それがどうした。いくら定史が調べようが無駄なんだよ。僕を罪に問うことなどできやしない!」
「そうね。あなたの言うとおり5年も前の手術のデータなんて残っているわけがない。たとえ残っていたとしてもあなたを立件することなどできない。あなたが故意に由実ちゃんを殺害したとしても」
由実ちゃんの姿をした謎の少女の言葉を聞いたとき、僕の心臓は激しく脈打ち、全身の血流が逆流していくのを感じた。なぜだ、なぜそれを知っている? 手術室にいた看護師やほかの医師ですら知らない事実をなぜこいつが。
「しらばっくれようたってそうはいかないわよ。なんなら話そうか。あなたがなぜそこまで、由実ちゃんの父親、定史さんに敵意を抱くようになったかを。いや、やっぱり一緒に見に行こうか」彼女のその言葉が僕の意識を吸い取っていった。