31 消滅風 2
「いつもよりデカいな……。」
ボソッと吐き出すアルギナの言葉に耳を疑う。
大きい……?
それだけでは済まされない巨体が、目の前で暴れているのだが!?
家や建物は尾で簡単に潰してしまう。
胴の長さは魔塔と張り合うほど。
無数に生えた鱗が頑丈さを見せつけてくる。
口を開けば、人間なんて簡単に丸呑みされてしまう。
「あ、あんな大蛇、どうしたら……」
というか、あれは修復でどうにかなるものなの?
今必要なのは修復師ではなく討伐隊だ。
私たちをここまで連れて来てくれたプーカなんて、一目散に何処かへ走り去って行ってしまった。
「大蛇じゃない。あれは風だ。よく見てみろ。」
頭をギュッと鷲掴みにされ、消滅風と呼ばれる大蛇に向けられた。
「…………あ。あれ、鱗じゃない。家、ですか?」
「そうだ。ありゃ、あいつが舞上げた家や建物。あの一つ一つが元はここにあった普通の建築物に過ぎない。」
大蛇の身体の全てがここにあった建物。
一体、どれだけ巻き込んでいるのか。
想像を絶する。
「悪意を持った風だ。」
だから消滅風……。
「放っておいたらベルハーラ全部が消滅する。殺意の塊みたいな物だ。」
「そんなっ!?」
「ひでぇだろ。あれを作り出してるが、てめぇの探し人である大罪人だ。」
リュゼがそんな事をするはずがない!
そう口に出来なかったのは、アルギナが私より悲痛な表情をしていたからだ。
彼がリュゼとどういう関係だったのか知らない。
思い返せば、私はリュゼ自身の事をほとんど知らない。
それでも、私を救ってくれたこと。
一緒に過ごした時期に教えてくれたことは真実だから。
「アレをどうしたら止められるのか、教えてください。」
私は、リュゼを信じている。
「修復師の私に出来ることを、教えてください。」
今は目の前の脅威を払うことだけ考えるんだ。
「良いツラ構えじゃねぇか。てめぇの仕事はあれがこれ以上被害を増やす前に、全ての建物を元あるところに修復し、消滅を防ぐことだ。」
アルギナはスレッジハンマーに変化させた自身の杖を消滅風に向けた。
「俺が風に巻き込まれてる建物を引き抜く。それをてめぇが修復しろ。」
「建物の構造はどうなってますか?」
「ここら辺のは全て石造建築。組積造だ。」
それならリペアリアで読んだ。
構造は把握理解出来ている。
「問題は……、修復する場所と想いが込められません。」
「それなら全て把握している。場所は俺が指示する。想いも俺から持っていけ。百年分込めてやるよ。」
「……はい!」
今まで直してきた物とは規模も量も質が違う。
そして、人の命が掛かっている。
「行くぞ。」
取り出した杖に残る微かなリペアリアの香りが震えを止めてくれる。
——この杖があれば、私は戦える……。
これは慢心じゃない。
さっき、ホルンのネックレスを修復した時に思ったのだけど、リペアリアで魔法を使うよりもずっと扱いやすい。
リュゼが地下通路を歩いている時に言っていた通り、魔素が多いと身体が軽く感じる。
——私は、出来る。そう思い込め。
このベルハーラは空気中の魔素が異常なほど多く漂っているんだ。魔素が多ければ魔力も跳ね上がる。
今ならアルギナと離れていても、彼から直したい物への想いがこれでもかってぐらい感じ取れた。
「……お願いしますっ!!」
アルギナは走り出した。
スレッジハンマーを振り下ろせば、そこから水の防壁、火の槍、あらゆる魔法が生み出していく。
「す、凄い……。」
「ボサっとしてんじゃねぇ。最初の引っこ抜くぞ!」
彼は言葉の通り、消滅風が痛がっている間に右腕から伸びるツタで建物を引っこ抜いてみせた。
「三時の方向。通りを挟んだ手前、五番目の建物。バルビューの酒場!」
半壊の建物はアルギナが指定した場所へと飛んでいく。
あれを今、飛んだまま、修復しろという。
なんてめちゃくちゃなんだ!!
強風が手元を狂わせる。
砂煙が視界を塞ぐ。
消滅風という名の大蛇が猛烈な奇声で威嚇している。
「これでは、標準が定まりません!」
せめてもう少し建物に近づけたら。
私に羽根があれば……ッ!!
——……そうだ。
「プーカ、まだ近くにいますか!? いえ、私を飛ばせることの出来る妖精よ、聞いてください!!」
羽根がないなら助けを呼べば良い!
「私に協力してください。助けてくれたら高価な魔女の涙を五つ差し上げます!!」
ここには沢山の妖精がいる。
私に応えてくれる者がきっといるはず。
「あ゙あ゙!? 一粒で城が買える代物を五つもやるんじゃねぇ!!」
「プーカここにいるよ! 今の本当!? 嘘じゃない?」
瓦礫の影から仔馬姿のプーカが現れた。
「プーカ!! はい、本当です。協力してください。」
「コラァ、てめぇ!! プーカも受け取るんじゃねぇぞ!!」
怒鳴るアルギナなんて聞こえない。
プーカもニヤリと笑って無視を貫き通した。
「プーカね、キロエ好きッ! 僕は優しいから受け取るね!」
小さな蹄で地面を蹴れば、見違える成長馬へ。
「ありがとうございます。あの飛んでる建物の近くへお願いします。」
「任せて!」
プーカの背に跨り、アルギナが引き抜いた建物の側へと急いだ。
「ここなら、構造も場所も全部見える。」
いつもみたいなゆっくりな魔法じゃ間に合わない。
素早く、強力で、絶対にあの建物へ魔力と想いを届くように……。
「一射必中の弓矢となれ!!」
「建物が綺麗に直った。キロエ凄いよー!」
「な、なんとか……、なった……。」
アルギナによって消滅風から抜き出された建物は無事に元あった場所に修復された。ただ、これはまだ一個目だ。
「まだまだあるんだ。へばるな、次行くぞ!」
「は、はい。」
次から次へと飛んでくる建物をアルギナの指示のもと、なんとか修復していく。
「キロエー、風強いよー。飛ばされちゃうよー……。」
「プーカ頑張ってください。お願いします!」
「うわっ! キロエ!?」
消滅風に近づき過ぎたせいで強風に煽られプーカの背から放り出されてしまった。
「え……」
下には口を大きく開けた大蛇。
あれに食べられたら……、
死——
「こんの馬鹿やろうがあ゙あ゙あ゙っ!!」
真っ白になる思考に槍が突き刺さるような怒号と共に、アルギナ右腕から伸びるツタが私の腰へと巻き付き、彼の元へと引き寄せられた。
「ア、アルギナ様。」
「クソ馬鹿脳なしが! プーカの毛を引きちぎっても離すんじゃねぇ!!」
間一髪、アルギナに助けられた。
怒号は凄まじいが、巻き付くツタは魔塔で締め殺されそうになった時とは違い、私を傷付けないよう力加減してくれている。
「今てめぇに死なれたら困るんだ。分かったな!」
「は、はいっ!」
そうだ。
こんなところで死んでなんていられない。
気を引き締めないと!
自身の頬を叩き杖を握り直すと、近付いて来たプーカの背に飛び乗った。
「プーカの毛並み、ツヤツヤだからね。ツヤツヤのままにしててね。」
「あとでブラシをかけます! だから今は許してください!」
それから、迫り来る消滅風から逃げて。
帰りたいと言い出すプーカに追加の魔女の涙を渡し。
一つ一つ地道に、丁寧に、修復を試みた。
太陽が傾き夕陽が辺りを染める頃、消滅風は徐々に威力を弱め始め、夜の帳が下りる頃、アルギナが大蛇の首を討ち取った。
「外の魔法使い、これで最後だ。」
「は、はい……。」
全ての建物の修復が終わった時には、もう集中力も体力も限界をとうに超えていた。
「僕、もう休まなきゃね。もう当分呼ばないでね。」
プーカは疲弊のあまり産まれたての仔馬みたく、四肢をプルプルと震わせて、何処からか出てきた扉に逃げるように入っていった。
「よくやった。」
そんな中、誰よりも魔法を使い回っていたアルギナだけはピンピンしていて、後から来た魔法使い達に事後処理の連携を指示していく。
その姿は年季の入った指揮官のそれ。
彼が十九歳を百年を繰り返してきた良き魔塔主なんだと実感した。
「はぁ……、はぁ、はぁ……、」
もう碌に身体は動かない。
その場に崩れ落ちて一歩も動けそうにない。
自分でも、こんな自分に驚いている。
我を失うぐらいがむしゃらだった。
立ち向かえた高揚感。
やり遂げた達成感。
それから、それから……
ああ。もうぐちゃぐちゃだ。
「外の魔法使い。今回は殺さないでやる。」
「あの……、アルギナ、様。」
「なんだ?」
「私は……。私は、お役に、立てましたでしょうか?」
今度こそ、人の役に立てたかな。
リュゼみたいな優しい魔法使いに。
「…………ああ。」
「……。」
「…………た、助かった。これで満足か!?」
宵闇に浮かぶ炎のランタンが、アルギナの頬を赤く染めていた。
リュゼ……。
聞いてください。
私、今なら貴方の言葉の意味が少し分かる気がするのです。
『僕、この魔法が大好きなんだよね。』
リュゼになぜ修復師になったのかと聞いた時、そう言いましたよね。人の役に立てるこの魔法に、私も出会えて良かったと心から思います。
「…………ああ、よかったぁ。」
だって、こんなにも心が温かくなるんだから。
「てめぇは……。つくづく、あいつに似ているよ。」
「……え?」
「ベルハーラをこんなにした大罪人だ。あいつも、そうだった。心底、楽しそうに魔法を学んで使って。」
アルギナの薄桜色の瞳がゆらゆらと揺らぎ、影を落とした。
「そうして、笑顔のまま。俺たちベルハーラを裏切ったんだ。」
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