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【第16話】国境を吹き抜ける冷風と、大地に染み付いた深い怒り

『――常盤の魔女、親愛なるお師匠さまへ。


 ご無沙汰しております。


 お師匠さまも、父さんも母さんもエルナも、変わりなくお過ごしでしょうか。


 無事にチュニアへ到着し、わたしは今、ユアンの実家でお世話になっています。


 彼女の家族は、言葉のつたないわたしを本当の娘のように温かく迎え入れてくれました。


 毎日、お腹がはち切れそうなほど美味しいチュニア料理をいただいています。


 とても情熱的であたたかな国だけれど、ここには鉄と火の声が多く聞こえます。


 大地の下を這うように響く、重く冷たい金属の軋み。


 そして、くすぶり続ける火の匂い。


 国境を越えた北の大山脈の向こう。その国と、かつては一つだった国と、この国は未だ戦争の最中にあるのだと、チュニアに来て初めて実感しました。


 古都の協会で、歴史や法律の知識としては学んでいました。


 けれど、実際にこの大地に立ち、流れる血と火の記憶を『聴く』ことは、まったく次元の違う体験でした。


 言葉が通じないから争うのではなく、同じ言葉を持っていたはずの者同士が、火と鉄をもって引き裂かれている現実。


 魔法が、そして言葉が、どれほど人を結びつけ、同時にどれほど人を分断してしまうのか。


 わたしは北部の協会で、その意味を深く学んでいきたいと思います。


 どうか、お体にはお気をつけて。またお手紙を書きます。


 アルセアより』



 ◆◆◆



 ユアンと涙ながらに抱き合って別れを告げ、わたしが配属されたチュニア北部の街は、南部の温かな活気とはまるで空気が違っていた。


 吹き抜ける風にはすでに刺すような冷たさが混じり、街を歩く人々の顔には、南部で見たような朗らかな笑みは少ない。


 どこを見渡しても、行き交う人々の中にはすぐ隣にある北の国に対する強い警戒心と、決して交じり合うことのない冷たい緊張感が根付いている。


 北部の協会支部もまた、高い石壁に囲まれた砦のような無骨な造りだった。


 大地の底から響く鉄と火の音は、南部で聴いたそれよりもずっと近く、生々しく耳を打つ。


 ある日、わたしは協会の任務で、国境が見える小高い丘へと足を運んだ。


 灰色の空の下、鋭い有刺鉄線と無骨な監視塔がどこまでも続く冷たい境界線。


 わたしはその境界線に向かって立ち、そっと目を閉じ、意識を彼方へ飛ばした。


 ――聴くのだ。


 分断されたもう半分の、沈黙の向こう側を。


 お師匠さまに教わったように、大地にしっかりと足をつけ、自分の魔力の波長を自然の脈動に溶け込ませていく。


 すると、北の国の大地から、猛烈な吹雪のような感情がわたしの中に雪崩れ込んできた。


 それは、厳しい寒さと過酷な自然環境に絶えず晒されながらも決して屈しないという、血を吐くような強い『生きる意志』だった。


 そして同時に、わたしを芯から震え上がらせたのは、その生きる意志の底で赤黒く燃えたぎる、圧倒的な憎悪の響きだった。


 チュニアの人々が抱く警戒や嫌悪など比較にならないほど、チュニアという国そのものを強く憎悪し、焼き尽くそうとする、すさまじい鉄火の音。


 わたしが生まれるより遥か前から、この二つの国が直接剣を交えたことはないという。


 血を流すような戦闘がないまま何十年も時間が過ぎ、戦争は少しずつ歴史の一ページになりつつあると、古都の座学では教わった。


 分断された当初の悲劇を知る世代は老い、若い世代にとっては教科書の中の出来事になりつつあるのだと。


 けれど、境界線の前に立ち、この凍てつく大地から沸き起こる怒りを『聴いた』今のわたしにははっきりと分かる。


 平和になったわけでは、決してないのだ。


 お互いに銃口を突きつけ合ったまま息を潜め、憎しみを煮詰めるようにして睨み合っている。


 今はただ、直接戦っていないだけの、紛れもない戦争中なのだ。

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