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【第10話】石畳の古都と、言葉の異なる同室の少女

 西の大山脈を下り、いくつもの街と街道を乗り継いで、乗合馬車がようやく古都の石畳を踏み鳴らした時、わたしは窓枠にしがみつくようにして外の景色を見つめていた。


 空を突くような尖塔、行き交う人々の波、何台もの馬車がすれ違う広い大通り。


 どこからか漂ってくる、焼きたてのパンや嗅いだことのない香辛料の匂い。


 それが、十五歳のわたしが初めて触れた『世界』の途方もない広さだった。


「まあまあ、よく来たわねアルセア! お母さんにそっくりになって!」


 古都に到着して最初に向かった母方の親戚の家で、ベティ伯母さんはわたしを力強く抱きしめた。


 恰幅が良く、母よりもずっと声の大きい伯母さんは、長旅でガチガチに緊張していたわたしの背中をバンバンと叩き、山ほどのご馳走を振る舞ってくれた。


 その日は伯母さんの家に一泊し、翌日は古都の街をあちこち案内してもらった。


 賑やかな市場、大きな水路、そして丘の上に建つ荘厳な石造りの建物――わたしがこれから足を踏み入れる魔女協会の古都支部。


 圧倒されっぱなしの二日間だったけれど、伯母さんの底抜けに明るい笑い声のおかげで、わたしの胸に渦巻いていた不安は、いつの間にか心地よい期待へと変わっていた。



 ◆◆◆



 そして迎えた、慌ただしい入学式と入寮の日。


 全国から集まった魔女の卵たちは、誰もが緊張と期待の入り交じった顔をして、協会の広間に整列していた。


 長いオリエンテーションを終え、わたしは教務室の受付で修学誓約金の誓約書と、お師匠さまから預かった推薦状を提出した。


 蝋封を切って中身に目を通した初老の受付魔女は、ふと手を止め、目を見開いてわたしと手紙を交互に見た。


「……稀に見る『聴き耳』の才ある、魔女の卵。……辺境の常盤の魔女、あのイルマ様がここまで書かれるなんて!」


 信じられないといった様子の呟きに、わたしは思わず背筋を伸ばした。


「ようこそ、古都の協会へ。新しき『魔女の卵』を歓迎します。これが身分証よ。決して無くさないよう」


 茨と柏葉の意匠が打たれた小さな金色のバッジを受け取りながら、わたしは改めて、お師匠さまの偉大さと、その期待の重さを認識した。


 わたしは決して、あの小さな村の教えに恥じるような真似はしない。


 静かに、けれど強く心に誓った。



 ◆◆◆



 ずっしりと重い真鍮の鍵を受け取り、寄宿舎の長い廊下を歩く。


 あてがわれたのは、二人部屋だった。


 扉に彫られた番号を確認し、ゆっくりとノブを回す。


「……あ」


 部屋の中には、すでに先客がいた。


 荷ほどきの手を止めてこちらを振り返ったのは、わたしと同じくらいの背丈の少女だった。


 艶やかな黒髪に、黒い瞳。


 風貌はわたしの国の人間とよく似ているのに、まとっている空気がどこか根本的に違っていた。


「アンニョン……あ、こんにちは。わたし、ユアン。あなた、同室の人?」


 彼女の口から紡がれたのは、たどたどしいトヨノ語だった。


 この島国の言葉であるトヨノ語が五割。


 そして残りの五割は、東西に分かたれた半島の国、チュニアの言葉――チュニア語が混ざり合っている。


 普通なら、首を傾げて聞き返してしまうような、ちぐはぐな言葉の羅列だ。


 けれど、わたしはゆっくりと微笑んで、部屋の中に足を踏み入れた。


 ――だって、わたしには『聴き耳』がある。


 彼女の緊張の波長、わたしと仲良くしたいという熱量、そして言葉の裏側に流れる感情の響き。


 それらをそっと『聴き』取れば、彼女が何を言わんとしているのか、八割、いや九割方はっきりと理解できたからだ。


「初めまして、ユアン。わたしはアルセア。よろしくね」


 わたしが迷いなくそう答えると、ユアンはぱっと花が咲いたように表情を輝かせた。


「アルセア! よかった、わたしの言葉、ちゃんと通じた!」


 ほっと息を撫で下ろす彼女に、わたしは尋ねた。


「ユアンは、チュニアからの留学生なの?」


「そう。わたし、修学誓約生。『医食の魔女』の卵、です。土を育てて、食べ物に力をあげて、食べた人にも力をあげるの」


 そう言って、ユアンは机の上に置かれていた少ししなびた林檎に、そっと両手をかざした。


 ふわりと、温かい魔力の波紋が広がるのを『聴いた』。


 すると、林檎はまるで今もぎ取られたばかりのように、瑞々しい赤色と甘い香りを完全に取り戻したのだ。


「すごい……! これも魔法なのね」


「ふふん。アルセアは、何の魔女?」


「わたしはね、『聴き耳の魔女』の卵。こうして、ユアンの声と気持ちを聴くのが得意なの」


 わたしたちは顔を見合わせ、同時におかしくなって吹き出した。


 見た目は似ているのに、母語は違う。


 使う魔法もまるで違う。


 けれど、わたしたちはきっと最高の友達になれる。


 そんな予感が、古都の柔らかな日差しが差し込むこの小さな部屋に、確かに満ちていた。

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