第74話 シャルの推理⑨
「ここ近年では海外旅行や出稼ぎの労働者も増えてるから外国人なんて別に珍しくないけど、観光地でもなければ余所者なんて大抵は煙たがられるものでしょ?」
「……まあ、そうだな」
労働力は「いくらあってもいい」、あるいは「いくらあっても足りない」――
似たような内容の言葉はあちこちで聞くと思うが、基本的に労働者はどんな国や地域であっても必要とされるものだ。
もちろん局所的に労働力が足りている地域や職種はあるだろうが、どこにでも人が好んでやろうとは思わない面倒な仕事は必ず存在するし、体力や筋力の関係で成人男性じゃないと厳しい仕事も多い。
健康体であることと選り好みをしないことが前提にはなるが、恐らくミカド・トウセンも働ける場所の一つや二つくらいはすぐに見つけることができたただろう。
それは、俺と同様一部の技能以外取り柄がないような人間であったとしても――である。
……しかし、技術や能力を満たしていたとしても、残念ながらそれだけで雇ってもらえるほど世の中は甘くない。
「一応確認するけど、ミカド・トウセンも最初からこの村にすんなり受け入れられたワケじゃないんでしょう?」
「それは、はい……。当時のトウセンは、ほとんど言葉も通じなかったので……」
厳しいとは思っていたが、やはり独学で他言語を習得するのは無理があったようだ。
となると、ミカド・トウセンが一般的な仕事で雇ってもらえた可能性は限りなくゼロに近い、か……
実力主義という言葉はよく耳にするが、実際に実力や技術が最優先とされる環境はほとんど存在しない。
スポーツなどの競技であれば何よりも実力を優先とすることがあるかもしれないが、それにしたって最低限の常識や人格、道徳が求められるし、組織に所属するのであればコミュニケーション能力もほぼ必須と言える。
特に普通の仕事であればそれがより顕著となり、むしろコミュニケーション能力こそが最も重要な素質と言っても過言ではないだろう。
しかし、そのコミュニケーションを成立させる最も重要な要素である会話・対話を、ミカド・トウセンはすることができなかった。
それがどれほど致命的であったかなど、実際に体験せずとも容易に想像できる。
「であれば仕事どころか、まともに暮らすことすら難しかったんじゃないかしら?」
「……」
当然だが、国が違えば文化も常識も違うし、法律だって異なる。
シャルの言うように近年は外国人労働者や観光地も珍しくはなくなってきているが、そういった国ごとの差異があるため様々なトラブルが発生している。
もちろん全ての外国人が問題を起こすワケではないが、悪印象というものはたとえ一部の人間が与えたものであっても、全体的な印象として広まりやすいものだ。
残念ながら、外国人――余所者を快く思っていない人間はどの国にも大勢いる。
「知っているとは思うけど、メリダ王国は世界的に見ると発展途上国に分類されるわ。先進国と比べて生活水準も低いし、広大な面積に対して国民数も明らかに少なく、管理も行き届いていない。都市部以外はどこも限界集落みたいなものだから、身内意識みたいなものはかなり強い。そんな環境に得体の知れない外国人が、ある日突然近隣に暮らし始める――すんなり受け入れてもらえるとは到底思えないわね」
余所者が現地住民と最低限の人間関係を構築するには、対話での意思疎通が必須である。
俺は自分が会話下手だと自覚しているが、それでもなるべく近隣の住人と軋轢を生まないよう可能な限りコミュニケーションは取っているつもりだ。
しかし、それでも良好な関係が築けているとは決して言えないし、何かきっかけがあればいつでも住居を追い出される可能性は十分にある。
実際、そうなった場合どうするか対策を考えたことだってある。
……その考えを踏まえると、ミカド・トウセンが一体どんな生活をしていたか――なんとなくだが、俺にも想像がついた。
「バイトにすら雇ってもらえないような人間に残された道は主に二つ。一つは強盗を含む犯罪だけど、亡命者がそんなことすれば簡単に足がつくからすぐに捕まるだろうし、捕まらなかったとしても指名手配くらいはされているハズ。一応確認するけど、ミカド・トウセンを匿っていたってことは――」
「あ、ありません!」
「まあ、私は確認したいだけで別に疑ってはいないんだけど、不審な行動とかもなかったの?」
「……ありません。トウセンは私達一家だけでなく、村人全てから信頼されている男です。トウセンの過去については知りませんでしたが、それは我々があえて聞こうとしなかったからに過ぎません。恐らく聞けば、包み隠さず全てを話してくれたことでしょう」
余所者であるミカド・トウセンが、一体どうやってここまでの信頼を得るとができたのか――正直個人的には気になるところではある。
忍者が具体的にどのような活動形態なのかはわからないが、やはり元諜報機関の人間ということが関係しているのか?
しかし、だとするとスミヤや村人を長年騙し続けることも不可能ではない――か?
いや、たとえ可能だとしても、まずあり得ないとは思うが……
「だから、そんな念を押さなくても最初から疑ってはいないってば。いくら元諜報機関の人間でも、身内に何の違和感も与えずに犯罪を隠すなんてまず無理でしょ? 私はただ、その可能性を潰したかったから確認しただけ。さっきの質問も、仮に国家機関から追われていたのだとしたら村ぐるみで匿っていたかもしれない――なんていう陰謀論じみた可能性を潰したかっただけよ」
諜報機関の人間が情報収集などのために現地で結婚するなどして住人に溶け込むことはあるが、工作や犯罪を目的とする場合はなるべく身内などの近しい関係は作らないに越したことはない。
関係が近しければ近しいほど隠し事は難しくなるし、情がうつれば目的を見失いかねないからだ。
隠し事自体は不可能じゃないだろうが、警戒されやすい余所者が全く不信感を与えず――というのは流石に難しいと思える。
そして仮にミカド・トウセンが何らかの罪を犯し指名手配などされていたのであれば、それこそ村全体で匿いでもしない限り隠し通すことは難しい。
さらに言えば、村人全員にある程度の演技力が求められるので、これも現実的とは言えない。
シャルがそれをわざわざ確認したのは、恐らく文字通り可能性を潰したかったからだろう。
実際に体験したことのある者も多いと思うが、失敗や事故などのトラブルについて調査した結果、まずあり得ないと想定していた事や物が原因だったというケースは意外にも多い。
そういった可能性を除外して調査を進めると無駄に難航することになりかねないため、潰せる可能性は潰しておいた方が結果的に無駄が少なく効率が良かったりするのだ。
ただ、仕事などの確証が必要だったり失敗ができないケースとは違い、シャルの推理が間違っていたからといって何か問題があるワケではないし、そもそもそこまで確認をする必要があるかは正直疑問だ。
……いや、そうか。
先ほどからシャルが何度か口にしている「悪いようにはしない」という言葉。
察するにアレは、トール達の行為をある程度黙認するつもり――と捉えられなくもない。
もしかしたらこの茶番のような推理劇は、シャルなりにそれを正当化するための儀式的な意味合いがあるのかもしれない。




