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帰郷



「故郷にでも帰ってみるか?」



執務も早々に終わらせて王妃との面会を求めた魔王は酒を飲みながらふと思いついたようにそんなことを口にした。


何百年と経っているために最早故郷に帰ったとして意味があるのだろうかと妃たる彼女は暫し悩んだが、父母や知人の墓に手を合わせる機会を与えられるならば行ってみたいとまたとないかもしれない魔王の突飛な思いつきに頷いた。



そして次の日、城のものに見送られながら二人連れ立ち空へと飛び立った。もう故郷の方角すら定かではない。さらわれてきた時に見た風景も覚えていないほど年月は経っている。


確かこんなふうではなかったかというようなぼんやりした記憶を手繰り寄せながら前を行く魔王の背を追っていれば僅か体を傾け旋回しだす様子にここがそうなのだと気付き視線を落とす。


国の中央の女神を祀る神殿は魔王の襲撃を受けた時壊滅状態だったが建て直され、新たに聖女候補になったものや騎士たちが出入りしている。街の様子も眺めては昔よりも賑やかになっているのではという市場の様子に少し戸惑いを覚えた。


暫くそうして人間に気付かれないようにと高い高い位置で二人旋回しては、降下し降りる間際で人の姿に変化した彼にならい彼女も地へと舞い降りた。少しよろければすかさず魔王が身を支えてくるのに国だけでなく時の流れはこの魔王さえも変えたなと他人事のように考えつつ礼を言い、国の出入り口に立つ門番のもとへと物陰から移動しきちんと旅人に見えるよう装ってから入国に必要な金銭を渡し中へと入る。


新婚旅行兼永住できる地を探す旅人と言う設定は果たしていつまで使えるのかともう何百年と使っていることを思い、苦笑いしていると魔王に不審がられたが何もないとあくまでしらを切る。



そして心当たりのある場所を巡り始めたがしかし誰も自分の家族や名前を知るものがいない。それどころか昔と違う地名などが生まれていたりと通じるものすら少なく彼女は次第に落胆し勢いをなくしていった。


わかってはいたつもりだったが自身が国に尽くしてきた頃の記録さえ残らず魔王の犠牲となったものの一人として片を付けられているのは心に鉛の如く重くのしかかった。


喜ばせるつもりで連れてきたと言うのに沈んだ顔になっていく彼女に魔王も好きに国を歩かせていたが次第に顔を顰め、ついにおいと声をかけ彼女の足を止めさせようとその肩を掴み己の方へと向けさせるため少々強引に力を込めれば捨てられて途方に暮れた犬のような顔の彼女に驚いた。



「……もういい。帰ろう。私の求めるものはもう何もない」



目を伏せ入国して一日と経たずに国を出たいとまで口にした彼女を見据えては彼も理由は分からずともことの深刻さを感じ取り、肩から手を外した。そして大きく溜め息を吐いては彼女に寄り添い(おもむろ)に右手を彼女の額へと(かざ)し呪文を唱えた。



「探したいものがあるならば初めからそうと言え。……こっちだ」



ぽうと一瞬だけ灯った白い光で何かを読んだらしい魔王は小さくぼやくように言うと彼女の手を取り先導しだした。迷いのない歩みに諦めかけた心に僅かに希望が差し、下げていた視線も見慣れた広い背に向けられ周囲の賑わいも思い出したように耳に入る。


人ごみの中も不思議なほどすいすいと進んで歩く魔王はまた何か術でも使っているのだろうか。やがて人気がまばらになり、静かな場所に出ては郊外の森へと続く道に出る。それでもまだ足は止まらないが、彼も彼女も人ではないため疲れはまだ遠い。精神的な苦痛も邪魔をしなければその歩みを止めるものはなく、人では息を切らして疲労に勝てず沈んでいたかもしれないほどの距離を越えてようやく開けた場所へと着き、魔王も彼女も足を止めた。



今はもう人の気配も感じられなくなった慰霊碑と礼拝堂のようなものが朽ちかけ、崩れた廃墟として二人を出迎えた。苔むした石碑には魔王により被害を受けた者たちが眠る旨が書かれていた。



「聖女候補の奴ら騎士、それに国の上部の奴らには伝えられているようだが、それ以外の奴らにはここを知るものなどもういないらしいな」



短命の奴ららしいことだと自身が過去にした仕打ちによって建てられた弔いの場で無神経にも言い放つ。しかも興味もさほど湧かないらしく直ぐにそっぽを向いてしまった。


彼女が望んだから。それだけが彼がここに足を運んだ理由である。


道理で町人に聞いても誰も知らないわけだと納得しつつ彼が許すのであればとゆっくりと朽ちた建物の様子を探りに行く。書物は雨風に曝されてきたためにかほとんどが読める状態にない。


それでも何か手がかりとなるものを探して、そしてついに一冊だけ残った被害者の名が連なるものを発見した。


ページもところどころくっついてしまっている。そのため読める場所は限られたがそこには確かに自分の見知った同僚であったもの、知人、友人の一部が記されていた。


自分の家族と名前は発見できなかった。


しかし何もない状態から確かに過去に自分の見知った彼らがいたのだという痕跡を、自分のおぼろになりつつある記憶以外で証明することができた彼女は―――



「……何を、泣いている?」



ぼたぼたと止めどなく流れ始めた涙にぎょっとしたように目を瞠ると魔王は動揺を僅かに声に滲ませつつ問いかけた。


だが彼女も今は答えられる状況になく、つかえる喉から嗚咽(おえつ)を漏らすのみ。


人ではない。人の感情などとは違った竜の感性とその竜の内でも更に鬼畜外道な魔王は彼女の心がわからず何故泣いているのかも見当をつけられず時間だけがただ過ぎ。


気まずく、長い時が流れてから魔王は不意に彼女から離れ僅かに両腕を開いた形で上げると何やら唱え、その慰霊碑と廃墟一帯の地に張り巡らせるように大きな大きな魔法陣を出現させた。


何をする気だと今度は彼女が魔王に言葉につっかえながら問うも同じく返答はない。



けれど魔王が力を込めるようにして重く響かせた呪文が終わった瞬間、廃墟は少しずつ崩れた形を取り戻し始めたのだ。それは時を戻していくような不思議な光景だった。


神聖な光景では決してない。黒く、寒気を感じるような(もや)が石塊に絡んで強引にもとの形へと押し戻すような。自然の摂理に反する冒涜的な、嫌悪感と違和感にまるで背に毛虫でも落ちて這い出したように感じ彼女はまだ涙をその目に湛えながら自身の腕を摩った。



「流石に朽ちて木の養分だのにとなったものは戻らんぞ」



一通り戻したとみて手を下ろし陣も消した魔王は振り返るとそう言い、本が読めないくらいで泣くなとも付け足した。


必死に考えを巡らせた結果がそれだったのだろうが、もちろん本が読めないことだけで彼女は泣いたわけではない。


だが、手元にあった本は全ての頁を確認できそうなほどに戻っていて彼女は目を白黒とさせながらもう一度、その本を慎重に捲っていった。


確認できる名が増えて己の親類などもそこに載っていたことがわかった。更に最後の頁には赤い髪の聖女候補が倒れた騎士の剣を拾い、一人向かっていく勇ましい絵と彼女は勇敢にも立ち向かいさらわれたのだという一文があった。


どこかで瀕死になりながらも彼女の勇姿を最後に見ていたものがいたのだろうことがそれによって伺えた。



自分のとった他人から見れば愚かかもしれない行いを、それを見ていたものが負の感情ではなく英雄のように逃げも隠れもせずに国のために立ち向かったと己を讃えているその文章に驚きと戸惑いを覚え、そしてまた驚愕する。


聖女とは、騎士とは彼女のようにあるべきと。神殿のうちに女神像だけでなく己の像を作り祀るという文まで見つけて彼女は呆然となった。


泣き止んだのはいいが、あまりにも間の抜けた顔をして魂を手放したようになってしまった彼女に魔王は首を微かに傾け、しげしげと彼女を見つめてからおいと恐る恐る彼女の頬に手を伸ばし軽く叩いて現実にと呼び戻そうとする。


ハッとなった彼女は思わず魔王を見つめた。



「せ、聖女像になった……」


「……あぁ?」


「私が、私……聖女候補よりも騎士に向いていると言われた私が、聖女として相応しいと、神殿に飾られて……!」



聖女になりたかったわけではない。ただ候補として田舎から徴集されてきたにすぎない。何せ聖女は清廉潔白でなければならず身も清くてはならない。貴族令嬢もある年までは聖女候補だったのだという功績は箔がつくが、家の存続やら政略が関わるとなるとその制約は足かせにしかならない。


そのため聖女候補として田舎から集められる娘は人柱のような存在だったのだ。


夢希望など幼少期の一瞬である。彼女の性格もあって聖女などと言ったものは一番縁遠い、されど女神の力を借り受けるためにはやはり必要な犠牲と割り切って花の頃も男に目を向けず己の生を清らかなままに全うするつもりだったのに。


候補のまま飼い殺されると知り、静観し、己の運命(さだめ)を受け入れ心荒ませていた彼女が。 


知らぬ間にまさかまさかの真の聖女扱いである。その狼狽の程は知れない。



何故、何で、嫌だ、女神様の像の隣だと?!比較され続けるじゃないか!!とパニックになりながらも悲鳴のような叫びのような言葉を吐き出しおどおどと魔王から離れて右に左にと行ったり来たりと落ち着きを完全になくしていた。


泣いたり呆然としたりかと思えば様子のおかしくなった彼女に魔王は片眉を上げて不審そうに彼女を眺めては盛大に溜め息を吐いて肩を竦める。



「それも見に行くか?」


「い、嫌だ!そんなこっ恥ずかしいもの見れるか!」



ぶんぶんと首を横に振る彼女に出来が悪ければ作り直させないといつまでもおかしな容姿のままで後世に残るぞと言われ、迷う素振りも見せたがやはり嫌だと訴えたためにそれ以上は突っ込まず、彼と彼女は復元された慰霊碑に祈りを捧げた後に国へと帰る帰路に着いた。



時の流れにより、聖女の名前の言い回しやら何やらが変わってるので妃ちゃんのことを知る人は学者か教皇とかそこらくらいのもんです。

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