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それから



それから凡そ二百年あまり。子どもたちももうすっかりと大人になって、伴侶を自分の力で見つけてこようと皆必死に探している真っ最中である。周りから勧められる縁談を父親の若い頃のことを持ち出して何とか交わして自身のより好みなものを、より幸せになれる相手をと奔走しているのだ。



臆病で慎重派の長男は水精霊の踊り子と恋仲だが、父たる精霊が関係を許そうとはしないために難航している。これはこちら側の過失による問題で魔王が過去に返り血やひどい汚れを湖で落としたことにより水の精霊が生きるか死ぬかの大打撃を食らったことがあったのだそうな。全ては魔王の責なのだが、長男は父親を恐れているために父のせいでとも言いだせず途方に暮れている。


尚、長男が躊躇っているせいでまだ魔王たる父親は話し合いには参加しておらず、魔王がその重い腰を上げたならば今度は向こうが弱腰となるだろうと側近は言う。彼に限らず精霊は魔王に恐怖を抱かぬものはいない。自然の象徴たる精霊をも食料や消費するものとしか考えずに食らい尽くし壊し尽くしてきた破壊の権化。それの息子に良い感情なども当然持てないというのがあちらの主張だ。母たるシルラーナも息子の肩を持ちたいが魔王の所業を身を以て知っている一人でもあり身内としてもっともだと頭を下げ詫びたい気持ちに駆られていた。


次男はまだお相手を見つけられずふらふらと美姫、令嬢、村娘と蝶のように様々な花を行ったり来たりとしている。いつかどこかで刺されやしないかとシルラーナは心配している。父たる彼はどこの誰ともしれぬものに種さえまかなければ良いとの静観の姿勢を見せている。たまに危うい時もあり、その時ばかりはこれでもかと言うほどの折檻が行われるため、次男もそこだけは弁えているようだ。命は誰しも惜しい。


長女は大人しく婿を、と思いきや上二人の兄と母たる彼女の勇ましき姿勢を受け継いでかこれもまた自らの足で力で夫となるものを見極めてやると現在婿探しの放浪中だ。三日に一度は城に帰り父母に元気な顔を見せ今の成果を示しに来るが、大国の野蛮な王を叩きのめしただの、武勇に知れる偉人と互角にやりあっただの師と仰ぐに相応しい老師と巡り会えただの。これもこれでいつ嫁に行けるのかと頭痛の種でもある。



そして母にべったりだったあの子はというと。実を言うとまだ母に甘えたきり外に出たこともないような性格で嫁などいらない、母がいればいいとぬかしていた。これにはシルラーナもどうしたらいいかわからない。末の子だからと甘やかし過ぎたツケだろうとは思うが、父親を暗殺しにいき返り討ちにあい、角を折られ、腕を折られ、翼をもがれて瀕死の状態で引き摺られてきた時にはこれはもうただごとではないと震えあがった。


ちなみに暗殺は魔王と彼女と本人しか知らないために不問とされている。ひどい怪我も竜の回復力をもってすれば一生抱えるようなものでもないため少し大人しくしていれば元に戻る程度のものだ。きちんと欠損部分は継ぎ接ぎせねば治癒は難しいが、それでも父親の加減が伺えるだけマシというもの。


そうでもなければいくら魔王の子だとて無事では済まなかった。寧ろ子どもがこれだけいるのだから今更一人くらい欠けたとして問題はない。



妃たる彼女が産んだ子らは今現在に置いて八人もいるのだ。うち成竜まで至った子が四人。残りの四人はまだ幼く庇護が必要とされるとして王城にて生活している。


そのうち次女と三女が友好国の王子らと良い仲になりつつある。三男の二の舞にはさせまいとした魔王が同じような長命種の国から選び、早くから取り付けた国交により互いに探り合いながらゆっくりと歩み寄りを見せ、行く行くはと考えるまでになっており、何事もなくこのまま縁談がまとまることをシルラーナは願ってやまない。


四男は父親っ子である。あまり顔を合わせもしないがそれでも魔王としての父に憧れを抱いているらしく、姿を見かければ尾を振る犬のように駆け寄って父上父上と好意を顕に稽古をしてほしい、勉学を、兵法を教えてほしいと何とか父親に目を向けてほしいと困らせているようで、魔王も己の子に初めてそこまで慕われる事態にどう対処していいのかわからないようだ。時折、救いを求めるような目を己の妻たる彼女に向けるが気付かぬフリをして避けてしまう。


四女はこの前生まれたばかりとあってまだはいはいができたくらいで伴侶などは関係がないだろう。しかしこの二百年のうち、彼女も時の流れがあっという間に過ぎゆくのを、けれど二百年もう経ったのかと人間であった頃の知り合いなどもういないことを振り返り驚き、戸惑いつつも受け入れ自分もすっかり人外なのだなと感じるようになっていた。



「……そういえば、お前は一体何歳なんだ?」



麗らかな昼下り。魔王に誘われ久方ぶりに外の世界にと飛んだ彼女は彼に乞われて膝枕をしてやりながら重たいと文句を吐きつつそんな問いかけをした。


二百二十といくつだったか私はと数えて、ふと出会った頃より全くと年をとっていないような彼に疑問を抱いたのだ。



コイツ、一体いくつ何だ、と。



魔王は文句を言われても何も聞こえないかのように澄ました顔をして眠ろうとしていたが、唐突に尋ねられ目を薄く開き瞬きを一つ。




「678……?だったかそこらだ」


「それはまた、ずいぶんと老けてるな?」


「あぁ?俺はまだ若い方だ。竜の内では、な」



お前も身にしみるほど知り得ているだろう、と暗に営みのそれを揶揄(やゆ)されて彼女は僅か顔を赤くするも確かに衰えはまだなかったかと冷静な部分で考え空を見上げた。


木漏れ日で目を潰すほどの光が差すわけでもなしに、柔らかに注ぐ陽光に目を細める。



「私は、あとどれだけ生きねばならない?」



人のままならばとっくの昔に終えていただろう生を憂い、ポツリと零す。


思いやりなどといったものなど雀の涙ほども見せなかった魔王も二百年のうちに僅かには変わり、人の目がない二人きりの時には見せる顔もあった。


憂う彼女を見上げては暫く黙り込んだ後に左手を彼女の頬へと伸ばし壊れ物を扱うようにそっと撫でる。



「死に焦がれるような馬鹿げたことでもあったか?だが、俺が求める間は死なせる気はない。諦めろ。その代わり飽きるまでは愛してやる」



相変わらずひどく傲慢な告白だ。全く仕方ないと彼女は小さくクスリと笑い声を漏らす。



「飽きるまでとは、本当にお前はどうしようもないクズ野郎だ。そこは嘘でも責任をもって生涯愛し尽くすとでも言っておけ。どうせお前のその性格は直らないのだから」



赤い髪が陽光を含んで光り、微笑む彼女を聖母のように柔らかな印象へと変え、強く冷たい剣のような研ぎ澄まされたような美しさとは違った表情へと変えてゆく。


見上げる魔王の目が僅か見開き、フッと彼の表情も氷が溶けていくように柔く緩む。



「そうか。では、改めよう。生涯愛し尽くしてやるからまだまだ死は遠いと思え。シルラーナ。俺の伴侶よ」


「その言葉を違えたなら貴様を去勢してやるからな。よく覚えておけ」


「……お前もこれには散々世話になってきただろうに、よくもそんな言葉を」


「何だ?今されたいならそう言えこの悪漢が」



せっかくの雰囲気も台無しだが、これでいい。これが彼ら夫婦のあり方だと日が暮れるまでそのようなやりとりを楽しんだ。


日が暮れれば近場の街へ降り人の姿を偽って彼女の好む食事をとした。魔王の好む食事をとは決してならないのが基本だ。彼は他の種族のものを丸々喰らう。血が滴るような生肉を好むために、彼女には少しハードルが高いのだ。


様々な領土を勝ち取り宝物をいくつも持つ魔王の財力のおかげでそれなりに洒落た店で酒や食事を楽しむと彼女の機嫌はいつも良くなった。そうなれば魔王も今はない尾を振るようにして気を良くし彼女の好きにさせた。


高い酒を浴びるほど飲んでも本性は巨大な体を持つ竜である。泥酔まではいつも至らない。しかし人間の時の癖のようなものだろう。ある一定まで飲み続ければ彼女は酔っ払ったように魔王にしなだれ掛かり、舌っ足らずな言葉で彼に絡んだ。


そこでお代を払い、魔王は宿を探す。


何泊もするわけではなく一晩いれれば良いものなのでこちらはさほど高級感を重視はせずになるだけ近場をいつも探していた。



いつもの強気がなくなり、ただの愛らしい女となるこの瞬間をも魔王は覚えていた。初めて遭遇したのはいつだったか。


当初は何を馬鹿な真似をと酔っ払った姿を信じようとはしなかったのだが、腕を引き離し正気になれと冷たく突き放すとあまりに彼女が泣いて悲しむものだから困惑しつつも信じてやったのだ。


すれば翌日恥じらいつつ何があったか覚えていないと白状したのを聞いて、彼はそういうものかと記憶に残した。


いらない情報は直ぐに捨て去り忘れるのも早かったが、これは必要な情報として処理をし、使えると複数使用してきた。



喧嘩した時の気まずい雰囲気の時に。


稀にする外出の際に。


発情期とは別に仲睦まじくしたいと思ったその瞬間に。



恐らくは彼女も薄々気付いているはずだ。それでもどちらも何も言わない。唯一、互いが素直になれるきっかけのように感じているからだろう。


抱き上げた彼女をベッドに下ろし靴などを脱がせて自身もベッドへと乗り上げる。彼女の気まぐれ次第ではこのまま夫婦の営みとなってもいいが、今日はやけに甘えただった。


酒気をまとう熱のこもった息で名前を何度となく呼ばれ絡まれても邪険にせず返事をし、ここにいると顔を覗き込んで頭や頬を撫でてぐずる彼女を宥めながら布団を互いの体にかかるようにして被り、求められるままに抱き合って冬の寒さをも感じ得ない程に互いの体温で温め合う。



朝方、二日酔いにも似たような症状で苦しむのも経験済みだ。幻肢痛のような酔いであれ、その時はまた気休め程度に水やら薬をもらってこようと考えながら、魔王は目を閉じ彼女の寝息を暫く聞いてから自身も眠りに就いた。




魔王:ガリアス・グウェルダ・モントレイ・シュテフザード。年齢678歳、竜の内ではまだまだ若造。外見の年齢は人から見れば二十後半から三十前半くらい。通常の生活は巨体で動くのも面倒なので人型でおり、黒髪金眼の角だけ生えたまんま。翼と尾も邪魔だから隠している。苛立ちや精神状態によってはボロッと出ることもしばしば。竜の時は災いを呼ぶという真っ黒な竜となる。胸より尻派。



妃:シルラーナ・エメ・パムネトラ。さらわれた時の年齢は21、2歳。現在は二百年たち221歳ほど。竜の内で見ればかなりの若妻。魔族の一部には彼女の信奉者がいる。戦闘狂の魔王が惚れてさらってきた女性で魔王の魔力により種族を人間から竜に強引に変えられているため、少し体に負荷がかかっているもその負荷分の悪いものを魔王がまた強制的に自分の体に移しているため後遺症もなく、この後の人生も普通に暮らしていけると思われる。しかし人間の時の感性が若干残っているため魔王の突飛な行動や思想にはたまについていけない時がある。人型は紅い髪と翡翠の目をしたクール系の乙女。胸は小さいがお尻が形のいい桃尻で本人も少し気にしている。竜の時は紅い細身の竜。




・魔王と妃の子どもたち。


三つ子

長男:シュズヴェルド(古語で栄光を意味する)

次男:ルーウィンヴェル(シルラーナの故郷で一番美しい湖の名からとった)

長女:ベルキア(戦いの女神の名)


三男:オルデルラ(強くあれという意味合いの古語)


次女:ヤーマキ(花のように美しいという意味合いの古語)

三女:キルキュクス(幸多かれという意味合いの古語)

四男:ガルロディア(鋼のように、強き男にという意味合いの古語)

四女:トートリアヴァーナ(恵まれた子という意味合いの古語)


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