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父のベスト 

 今年は父の七回忌だった。久しぶりに実家に帰った私は、残っていた形見の中から父が愛用していたベストをもらった。

 というのも、女にしては上背もあり恰幅もいい私は在りし日の父の体形によく似ているからで……父が着ていたシャツやズボンなどがちょうど着られる体なのだ。ちなみに足のサイズもほぼほぼ同じで、父の履いていた靴も履ける。

 父からのおさがりを着て、父の歩き癖の付いた靴を履き、父そっくりの背中の丸みをもち、顔立ちも父に似た私を、弟は『リトル・親父』と呼ぶ。

 着るものの好みも父に良く似ている。だらしなく羽織ったほうがカッコイイ鹿革の革ジャンや、洗い古してよれたシャッツや、それに、ポケットがやたらたくさんついたベストや――今回もらってきたベストは、この『ポケットがやたらたくさんついたベスト』というやつだ。

 世に『フィッシングベスト』の名で出回っているもの、高級なものではなく、明らかに量販店で買ったうすっぺらいデニム地のベストだ。父がどれほど愛用したのか、布のコシは全くなくなってテロンと柔らかい。

 ポケットは大きいものが二つと両胸に小さいものが二つ、そして大きいポケットに重ねるように小さなポケットがもう一つ。

 父はこのポケットにいろんなものを入れていた。新しい物好きで電子機器やカメラの類が好きだった父は、いつもポケットに小さなデジカメや音楽プレイヤーや、USBハブなんかを入れていた。それらをひょいひょいと取り出して、最後は充電用のコードまで引っ張り出すのが見ていて面白かった。

 ときどきは、まだ小さかったうちの子供たちのためにお菓子を入れておいて、「おじいちゃんのポケットに手を入れてごらん」とあそんでやってくれた。

 私にとって父のポケットは、夢と好奇心と優しさが詰め込まれた魔法のポケットだった。

 そんな父の性質を受け継いだ『リトル親父』ことこの私、やはりポケットにあれこれモノを詰め込むのが大好きだ。もっとも、詰め込むものはだいぶ違うが。

 父に比べてアナログ派な私は、電子機器といえばスマホ一台きりしか持たない。尤もスマホをカメラにも使うし音楽プレイヤーとしても使っているのだから、父が持ち歩いていた電子機器を一台に取りまとめただけのような気もするが。

 しかし他はごちゃごちゃと、財布に、メモ帳に、メモ用のペンも何本か、なぜかスティックのりが入っていることもあるし、普通ならば筆箱に入れておくようなものが入り込んでいるのが私のポケット。

 言い訳っぽいが、メモをするならスマホよりも手書きの方が早い。なぜならメモは手近に置いてさえあれば、電源を入れる時間もアプリの起動を待つこともないし、通信状態に左右されることもない。アイディアが逃げ出さないうちに素早くササッと書き留めることができる。それ故にポケットには文房具を突っ込んでいるわけだ。

 そのほかに、私のポケットに入っている定番のアイテムといえば文庫本である。そもそもが文庫本とはポケットサイズに作られているのだから、それがポケットに入っていても何ら不思議はないだろう。

 ところが文庫本、ポケットサイズとはいってもそれなりの大きさがあるのだから、どのポケットにでもおさまるというものではない。例えば男物のジーンズの尻ポケットは、まるで文庫本のためにしつらえたかのような大きさだが、女物のジーンズの尻ポケットは文庫本を入れるには小さいことが多い。冬物のコートの内ポケットは文庫本がすっぽりとはいって安定するが、安い春物のジャンパーに内ポケットはない。鞄に突っ込めば取り出すのが億劫だし、手で持ち歩けば続きが気になって歩きスマホならぬ歩き文庫本をしてしまう。やはり文庫本はポケットにしまいたい。私にとって洋服が果たすべきもっとも重要な機能とは、『文庫本を仕舞うこと』なのである。

 ところで今回もらったベストは、大きなポケットがちょうど文庫本が入るサイズであった。マチが深めに作ってあり、きっちり詰めれば片側に文庫本三冊、両方合わせて6冊の文庫本が仕舞える。いや、実際にはそんなに何冊も詰め込まないけど。

 着古して柔らかくなった具合も、真夏の盛り以外はいつでも着ていられる薄手であるということも、また着合わせしやすいデニムであるということも、すべてが『文庫本をしまうポケット』として使うのにベストマッチ――ベストだけに(という親父ギャグのセンスも父譲りである)。

 冬は上着の下に着こめるし、春先はシャツの上にはおればいい。

 こんな最高に文庫本向きのベストを手に入れたなら、すぐに愛用したくなるのが人情というもの、私は早速積読の中から清水義則を引っ張り出した。

『リトル親父』と呼ばれるほどに父に似た私だが、読書傾向だけはかならずしも父とは似ていない。父は推理小説をよく読んでいたが、私はその手のものをこのまない。ハードボイルドはフォーサイスよりチャンドラーが好きだし、楡家の人々よりもさびしい王様を好む。

 そんな私と父が唯一共通して好んだのが清水義則だ。だからこのベストのポケットに最初に突っ込むなら清水義則にしようというのは、いかにも感傷的ではあるが。

 文庫本を入れた逆のポケットにはメモ帳とスマホを突っ込んで、胸ポケットには小銭入れを突っ込んで――空いたポケットには飴玉をいくつか突っ込んだ。そこは父が孫たちのために菓子を忍ばせていたポケットだから。

 さて、明日は休日、このベストを着てどこかへふらりと出かけよう。ちょうど父が好きだった桜の花盛りだ、どこかの公園のベンチでカップ酒一本分の間だけ、花見がてらに文庫本のページをめくるのも悪くない。本を読むのに疲れたら、ふと桜の花を見上げて、父を思い出すのもいいだろう。

 ほんのかすかに残るだけになった父の残り香をまとって、父と似た歩き方で、でも父とは違うポケットの中身で――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 春は出歩くには良い季節です。会社の近くの川縁の桜の木もようやく蕾がふくらんできました。これで花粉が飛ばなければ良いのですがね。
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