17
どうしてもっと早くから気づかなかったのだろう。
ずっと心はそこにあったと今思えばすぐにわかる。だって、知識のない者にに踏み込まれたら眉を顰める薬室にアインが入ってきても、そんな風にはならなかった。
「好きだよ。……好きです」
きっかけはキースに捕まり、帰ろうと強く思った時。頭をよぎったのはアインだった。
アインのいる場所に帰りたいと、傍にいたいと思った。
親愛以上の想いだった。
「……本当に?」
「___疑うな、馬鹿」
悪態をついたその瞬間、折れるぐらいにぎゅっときつく抱きしめられた。
♢♢♢
その後のアインは早かった。
諸外国への伝達から婚約式並びに結婚式の準備まで、ロナウドが舌を巻くほどの手腕を発揮した。
ロナウド曰く「待たされた分、もう待ちたくないんでしょうね」、と。
エリスは特にその辺りに関してできることはないので、アインに任せていた。
ただ、薬爵という身分は王太子妃には必要ないので、レイヴンへと継いでもらった。きっと彼の夢への手助けになるだろう。
アインは王太子妃になっても薬を作っていくことを許可してくれた。ただし毒は駄目だという。その辺りはエリスも譲歩した。
公爵家は、エリスの結婚に難色を示した。
エリスの両親がエリスが出ていくのを嫌がったのが半分、もう半分は、跡継ぎがいなくなるからである。
しかし、それも杞憂に終わった。
なんと母が、新たに妊娠していたのだ。実はアインとの縁談のときにはすでに子が宿っていたのだという。
それまで一ヶ月も実家に帰らなかったのが裏目に出たようだった。
そうして問題はひとつひとつなくなっていき、約半年後、異例の速さで婚約式となった。
結婚式はあと半年後。それまでは待つようにと、半ば呆れた国王夫妻のお達しが出た。
「あの、アインハルト殿下。訊いてもよろしい?」
「ぷっ……何度聞いても、それには慣れないな」
「仕方がないですわ。王太子妃になるのですから、社交にも、参加しなくてはならないのです。今まで以上に言動には気をつけなければならないでしょう?」
「そうだな……でも、俺の前では今まで通りでいいぞ。みんなわかってる」
「____それで、訊いてもいいか?」
素の口調に戻って、もう一度訊ねた。
アインは「あぁ」と短く返事をしてエリスを隣に座るよう勧める。
「ありがとう。……どうでもいいことだけど、前、私のチェリータルトを99点って言ったことがあっただろう?」
「……出来れば思い出したくないが」
「それで、なんで99点だったんだ?美味しいなら美味しいって言えばいいし、不味いなら不味いって言えばよかった。なのになぜ、あえて99点って言ったんだ?」
「それは、エリスが俺だけのために作ってくれてなかったから」
思わぬ答えにエリスは固まる。
アインは蒼い瞳を細めてエリスの頬を撫でる。
半年前から、アインは度々こうしたスキンシップをはかる。頬を撫でたり、手の甲にキスしたり。そのたびにエリスはドキッとする。
「確かに美味かったけど俺だけじゃなかったから、嫉妬が一点、引いたんだ」
「じゃあ……アインのためにだけ作ったら、100点になる?」
「もちろん」
迷わず答えてくれてエリスの頬が柔らかく緩む。
もしかしたら、ずっと前から、彼はこんな風に嫉妬したり、していたのかもしれない。
いや、きっと、していたのだろう。
「それなら、また作る」
「よろしく頼むよ。薬爵様」
「いいや、もう薬爵じゃない」
エリスはもう薬爵じゃない。
薬爵は自分の薬によって、恋心を知り、結ばれた。
薬を盛られたのはアインではなく、エリスだった。
「これからは、貴方の妻だよ」
薬爵の薬は、愛するひとだ。
Fin.
これにて『薬爵の薬』完結です。
亀更新な連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。




