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ユナリアの旗の下に  作者: 綾織 吟
一章 精霊使いの怪盗
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最終話 怪盗、去る

戦いが起きる直前の夜、銀の風がユナリア城に吹いた。

今回は誰も気づくことも無くただ風が吹いたとだけしか思わなかった。

ユナリア城の一室、第一王女アニア・ネールス・ユナリアの部屋にも銀の風は吹いた。

「怪盗さん……」

ベランダで三日月に欠けて行く月を見上げながら細く可愛らしい声を持つアニア王女がそう呟いた。

「なぜ物を盗むだけの怪盗、なぜそんな声で呼ぶ?」

彼女にとっては唐突だった。

いきなり背後から愛しく思える氷のような声がした。

驚く素振りも見せず、彼女はとっさに振り返りった。

そこには銀色の怪盗が銀狼と共にその場に立っていた。

銀狼はすぐに消え、彼は仮面を取り、素顔を見せた。

曇っていた王女の表情が笑顔へと変わり、心に日が差した。

「こんばんは、怪盗さん」

ニッコリと笑っていって見せた彼女の表情を見て怪盗は顔を赤らめ、顔を逸らした。

「どうしました?」

心配そうに顔をのぞき込もうとする彼女に対し、愛おしく思っているがそんな資格は無いと思い、自分の感情を押しのける彼は顔を振って何でも無いと言った。

「戦いが始まる、君は戦場に行くつもりかい?」

「いいえ、私はこの国の人たちのために残ります」

「そうか……」

彼はその事を聞いてホッとした。彼がそうなったのは心の内に秘めた恋心か、それとも民を護る象徴になりきることが出来なかった過去の自分の思いをさせたくなかったからの多くの意味が込められていた。

「あ、あの、彼方はここに残るのですか?」

「……いや、少しの間ここを離れるつもりだ」

彼の表情は曇っていた。全てのことを自分で抱え込み、何も解決できていないようなそんな表情だった。

「何か悩んでいるのですか?」

「何時ものことさ、相談相手がエリルだけだとなにも解決しないんだ」

彼はそう頭を搔きながら誤魔化すように言った。

「それなら私が相談相手になります」

そう言われて彼は拍子抜けした。一国の王女がそんなことを言うとは思ってもいなかったからだ。そして彼は笑った。

「あははははは、面白いことを言う。まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかった」

「可笑しいですか?」

「ああ、とても」

彼がそう言い返すと王女は頬を膨らませて怒った。彼にとってそんな表情も非常に恋しく思えたのだ。

「彼方は変です。名前も捨てて名乗る名前も無いのにそうやって平気で生きていられる、彼方に得があるとは思えないのに私を助けて……」

「それは――――」

彼が何かを言いかけた瞬間、言葉が詰まった。

言ってしまえが自分の素性を知られるからだ。今まで隠し、捨ててきた過去と名を掘り起こすように思えたからだ。

「…………それは………俺がレィーヴェン王国の王子だからだ」

「え……」

彼女は言葉を失った。余りにも衝撃的なことだったのだ。

今は無くなってしまった国の王子とは言えども、仮にも一国の王子、怪盗に成り代わっているなんて思ってもいなかったことだ。

「名はレギストラ・アーカーバルグ・レィーヴェン、もう捨てた名だが君に伝えておくことにする」

「それじゃあ……」

彼は彼女が思っていることが不思議と手に取るように理解できた。自分が辿った道がどれほど悲惨な物だったかを彼女が知っているからだ。

「嫌いたければ嫌えばいい、この名をすげたときから好かれようとは考えていない、なんなら殺してもいい、レィーヴェンの宝剣だ…………」

彼はそう言って腰に帯剣していた剣を鞘ごと抜き、彼女に強引に持たせるように渡した。そんな彼の表情は曇ってゆくばかり、なにも救いを得られなかった人間の表情だった。

「民を護ろうとして逆に民を犠牲にした王などこの剣に切られる資格すらも無い事は分かっている。だが何も償っていないまま生きることなんて出来ない」

「止めてください!!」

細く美しい声が夜空に響いた。

どんどんと感情的になってゆく怪盗を王女が止めた。

「ッ………!!」

銀の怪盗はそれに酷く驚いた。

「彼方に罪はありません。名を捨て、そして私に王のあり方を教えてくれました。ですから、自分を責めないでください」

「……だが」

「もう止めてください…………私は彼方が自分を責めるところを見たくありません。私は彼方に命を貰いました。ですから、彼方の命を受け取ることは出来ません」

怪盗はそう言われ、崩れ落ちた。

王女は膝が折れた怪盗を抱きしめる。

「彼方と会った時、私は彼方に恋心を奪われました。初めは思い過ごしに感じましたけど、今日で確信しました。私は彼方が好きです。愛しています」

「……俺は君と湖で会ったとき、見惚れた。一目惚れって言うのかな、立場が違いすぎる、本当は恋なんかしてはいけない、なのに俺は君に惚れた。愛している」

繋がれる二人、立場の違いと心の内に秘めた思いが二人の心をすれ違い合わせ、最初から愛し合っていたはずなのに少しの時間を経て繋がれた。

「良かった……始めて抱いた心が通じてくれて良かったです」

彼女が流した一筋の涙、それは何物にも代えがたく、恋心を奪った彼にとって何よりの宝だった。

「怪盗になって始めて盗まれた……しかも最も盗まれないと思っていた物だ」

彼は立ち上がり、少し体を屈めて彼女の涙を指でぬぐった。

「私、怪盗の素質ありますか?」

彼女がそういうのに対して彼は苦笑した。

「俺からなら何でも盗めるさ」

「えへへ、それじゃあ今度は――――」

刹那、怪盗が彼女の顔を見て違和感を覚えた。彼が何も言っていないのに、彼が何もしていないのに顔を赤らめ、一瞬油断したときのことだった。

王女は大胆にも怪盗の口を塞いだ。

「―――――!!」

怪盗は目を見開き、これは現実ではないかと疑うまでに至った。

彼にとっても恐らく彼女にとってもファーストキスだったはずだ。

怪盗は王女を抱き寄せ、ゆっくりと唇を離した。

「大胆な王女様だ」

「これでも初めてなんですよ」

そう言われて怪盗は苦笑した。

「花の蜜のように甘いキスだったぜ、王女様」

「ありがとうございます」

彼女は頬を赤く染めながらもニッコリと微笑む。彼は顔を赤らめていたが、膝をつき、彼女の手を取った。

「俺の命、預かって貰しい。いつかまたこの国に戻ってくるその日まで預かって貰えるか?」

「はい、その代わり、私は彼方に名前を送ります」

「ッ!!」

そう言われた彼の目尻には涙が浮かんだ。氷のように凍えた感情が春を迎え、暖かな日差しが感情という氷を溶かしたのだ。

「彼方の名は……ミラノ、ミラノです」

「ミラノ……その名、ありがたく頂戴する」

「ではミラノ、彼方が戻ってくるのを待っています」

「ああ、いつかまた、必ず戻ってくる」

そして銀色の風は吹き抜け、怪盗はその場を去った。

新たな名を授かり、約束を交わし、心の内を伝え、その場を去った。

数日後、ユナリア軍が大軍を率いて出陣し、帝国軍と激しい戦いを繰り広げた。ユナリア城に戻ってきた兵士は誰も居らず、国王は還らぬ者となった。

帝国とユナリアは臨戦状態に陥り、大軍を失ったユナリア軍には傭兵王と名高い双銃魔弾の異名を取る傭兵が希望を授けるかの様に加入し、2ヶ月後には多くの国々を渡り歩く流離いの神軍師が軍勢に加わったと聞く。

だが、未だに怪盗の姿は無く、風の噂でユナリア軍に怪盗フェンリルが加勢したと言う噂が流れ込んだという。

国王代理となった王女アニア・ネールス・ユナリアは毎晩のようにベランダから夜空を眺め、銀色の風が吹くことを待ち望み、銀色の旅人の歌を歌っているそうだ。




―――白銀の旅人さん

―――彼方は突然現れた

―――傷だらけの旅人さん

―――彼方は私に笑顔をくれたました

―――彼方は私に心をくれたました

―――彼方は私に命をくれました

―――でも、私は彼方に何であげれない

―――私は何にも持っていない

―――彼方は私に言いました

―――君の心は大きくなる、強くなる

―――君の暖かな心は僕があげた心を膨らませる

―――彼方は私に彼方の命をくれました

―――だから私は彼方に捧げました

―――春を迎えた恋心を

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