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ユナリアの旗の下に  作者: 綾織 吟
一章 精霊使いの怪盗
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7話 あの月が満ちたとき

ある夜のユナリア城の事だ。

王女アニア・ネールス・ユナリアが暗殺されかけた日から一ヶ月、怪盗フェンリルが再度その姿を現すことも無く、平和な日々が続いていた。

城の一室、王女アニア・ネールス・ユナリアの部屋にて……

明かりが灯されていない王女の部屋に満月の月明かりが差し込み、優しい光で一室が照らされる。王女はただベランダを開けたまま一人椅子に座り、何かを待つようにじっとしていた。

半月前、トリスタン帝国で怪盗フェンリルが現れたと聞いたとき、王女は酷くがっかりした。多くの人間はその事に喜んでいたが、彼女は違っていた。

「はぁ…………」

可愛らしくも思えた彼女のため息は何処か切なく、悲しげで、何かを悩んでいる以上の物に思えた。

ベランダからは冷たい風と共に悲しみを吹き込んでいる。

(どうしてかしら……あの方のことが忘れられない……)

一ヶ月前、唐突に襲われ、命を奪われかけたことは今でも思い出せる。しかし、彼女にとって怪盗フェンリルとの出会いはただ救ってくれただけだとは思えなかった。

数日後に出会ったあの旅人、何よりあの銀狼が印象的で、今でも思い出せる。

「銀の旅人」

彼女はラード神話に出てくる銀の旅人を思い出し、ポツリと言った。

旅人は命と引き替えに少女に命や心を与えた。これは命の危険を顧みず、城に侵入し、あまつさえ命を救ってくれた彼が銀の旅人と重なって見える。

そして少女が銀の旅人に託した物は「恋心」始めて出来た感情を少女は銀の旅人に託したのだ。これは恋という物を知った彼女に当てはまる。

(思い過ごしじゃ無い……)

初めの頃はただの思い過ごしだと思い、自分に嘘をつくように誤魔化してきた。

たった2回しか出会わなかったのにもかかわらず、この一ヶ月が1年よりも長く感じるように感じてしまった。彼が帝国に言ったとき、肩を落とした。

刹那、ベランダから強く冷たい風と共に降っていなかったはずの雪が吹き込み、金色の髪がフワッと靡いた。

彼女は髪を押さえることも無くただうつむいていて悲しい顔をしていただけだった。

「悲しみで染める花ほど泣ける物は無い……」

氷のように冷たい声だったが、何処か暖かさを感じる声がした。

ベランダの方からだ。彼女はふとベランダを見ると、そこには白銀の衣で身を包んだ怪盗フェンリルと銀狼のエリルが居た。

彼女の表情からは悲しみが消え、喜びに変わった。

つい、笑みがこぼれ、それに対して怪盗も仮面越しにニッコリと笑った。

「彼方には笑顔が似合う」

「怪盗フェンリルさん……」

「名乗る名すら捨てたこの身、唯一の名を呼んでくださることを感謝する」

怪盗は一礼し、深々と頭を下げた。

「彼方は何者なのですか?」

「……お尋ね者」

「お名前は?」

「捨てた」

彼は昔の自分とは決別するかのように自分を偽り、昔の自分を捨て、今のありのままの現状を聞かれるままに応えた。そこにはなんの未練も無く、後悔すらも無い。

「今日は何をしに来たのですか?」

「貴女の心を奪いに……そう答えれば満足ですかな?」

「――――――ッ!!」

月明かりに照らされ、彼女の表情が真っ赤に染まったことが目視できた怪盗は満足そうに笑った。だが、王女は自分が手玉に取られたようで不満げだった。

「いつかは貴女の心を奪いに来る……しかし、今は忠告をさせて貰いたい」

「忠告?」

「戦争が起きる。トリスタン帝国は後半月もすればユナリア公国へ攻め入る、君が命を奪われかけたことから察しが付くだろ?」

「……はい」

箱入りの世間知らずの王女とは違う。政治の場にも国民を勇気づける立場として立っている彼女は多少なりともその事は理解している。

「国と民を捨てて逃げろとは言わない、だが国や民を護るために我が身を捨てるようなことはしないことだ」

「どういうことです?王族であるならば当たり前のことでしょう?」

(当たり前か……俺も昔はそう思ったことだろう)

怪盗もかつては王族、一時期は民のために命を捧げ、将来は導こうとしていた。だが、実際のところは庇われ、命が燃えてゆくのをただ目の前で見ることしか出来なかった。手を伸ばせば届くような距離なのに体を縛り付けられ、手を差し伸べることが出来なかった。

結局、ただ一人だけが生き延びる結果となった。それが彼の現状だ。

「……なら、護ろうとした者たちはどうなる?犬死にでもさせるのか?」

「そ、それは……」

「今の俺には王族がどうなんて言えない……だが、命は一つ、生きていればいつしか人は変われる」

「……彼方は変われたのですか?」

「……変わりすぎたよ、今は堂々と街を歩くことも出来ない。昔はあれ程までに眩しい日々を過ごしていたのだがな……」

怪盗の目に映っていたのは遠い昔の目、未練でも何でも無い、ただの思い出にしか過ぎなかった。

「彼方は一体……」

「怪盗さ……名と共に全てを捨てた怪盗フェンリルとだけ呼ばれる名も無き旅人……では、またお会いしましょう、琥珀の花」

銀の風と共にその場を去った怪盗、彼女はその後をベランダに出て見送った。

彼女がふと視線を落とすと一枚のカードが置かれていた。

そのカードに描かれていたのは……

「銀の旅人……」

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