12話 軍師と過去の騎士
「彼方もまめな方ですね」
「そうかな……」
皆が寝静まった夜、レストは何時ものように牢獄まで足を運んだ。
目的はクリナ・トラミシアと話しをするためだ。
聞けば彼女はレストとは多少なりとも話しをしている物の、どうも他の人間とは一切口を利いていないらしい。拷問を掛けても何をしても喋ることも無く、呆れるのを通り越して関心するほどだったが、切りが無かった。
レストは拷問者や尋問者などに言って、これ以上関与しないようにと言った。
だから寝る間も惜しんでこうして自ら足を運んでいるのだ。
「これ以上彼方と話すことはありませんよ」
「……いや、これは私個人のことだ。ある男が今どこに居るかだけ教えて欲しいんだ」
「彼方個人の?」
レストは今までこの国の軍師として話してきた。
だが、レストが彼女に個人として話しかけるのは初めてのことだ。
「ええ、私が教えて欲しいのはエレドア・マーレストという男です」
「あ、あの炎剣使い!?」
クリナはその名を聞いて、ある魔将の通称を上げた。
「炎剣……炎鉄騎士の事ですか?」
炎鉄騎士、トリスタン帝国の四大騎士の一角だ。
「ええ、そもそも、知らなかったんですか?」
「はい、お恥ずかしい話し、異名は耳にしますが、名前までは……」
「ですが、なぜそのような方を?」
レストはクリナの問いに少し戸惑った。
と言うのも、これは非常に答えにくい話しだからだ。
「えっと……どこから話せばいいのでしょうか…………」
「答えにくい話しでしたか?」
「ええ、まぁ…………これはエルドだけにしか話していないことなので言いにくいのですが……15年ほど前にトリスタン帝国の第一王子が死んだと言うことは知っていますか?」
レストは歯切れの悪そうな言い方で話を始めた。
その声にはあまり元気が無く、しょんぼりとしているようだった。
「はい、他国で行われた舞踏会の帰りに賊に襲われて亡くなったと聞きました」
「賊なんて連中相手に正規の騎士が負けるはずがありませんよ、あれは暗殺者の団体ですよ」
レストはまるで見てきたかのような口ぶりで言った。
「神聖教会が仕向けた刺客に襲われてレスト・ヴィズ・トリスタン第一王子は殺され掛けたんですよ」
「え……」
「今の炎鉄騎士は当時、王子の警護を担当していましてね、無理矢理でしたけど落ち延びさせたんですよ」
ここまで話すと彼女にもレストが誰なのかが分かってきた。
レスト・ヴィズ・トリスタンが彼であると言う事がだ。
「それでは、彼方は……」
「ええ、そうです。私はエレドアに一度でいいからお礼をしたいのですよ、王子を守れなかった役立たずの騎士の汚名を被せてしまったことをお詫びしたいのですよ」
彼は彼女の答えを聞くまでもなく察した。
レストの過去には余りにも多くの物を背負っている。過去と決別することが出来ず、ずっと昔と今を行ったり来たり、何も前に進むことが出来ずに進んでいる。
「ですが私には力がありません。今はただの軍師、それに引き替え彼は炎鉄騎士、敵対してしまっている今、恩を仇で返す日がいつか来るのかも知れません」
「……彼方はそれでもいいんですか?」
クリナがそう問うとレストは険しい表情で黙って首を振った。
「まさか……私があの人を殺すぐらいなら殺されますよ……でも、今はまだやることが残っているんですよ、下手をすればアニア王女が暗殺される可能性だってあります」
彼がそう述べるとクリナは首を傾げた。
「私が殺すとでも?」
普通なら敵国の将であれば差し違えてでもその国の王を殺そうとするだろう。だが彼女は元々帝国に居たわけでは無く、帝国に屈した将、王女の暗殺なんて考えることはまず無い。
「いいえ、内乱と言った方が早いのかも知れませんね……この国の内務大臣、アルトゲルムは神聖教会の教主です」
「神聖教会!?」
彼女がそう声を挙げると彼はため息をついた。
「声が大きいですよ」
「……すみません」
「神聖教会はトリスタン帝国と最南端のレーガル聖国だけで信仰されている宗教です。それなのにその教主がこんな小国に内務大臣というのはどうにもおかしな話しだとは思いませんか?」
レストは今までに多くの国を旅し、多くの宗教を見てきたが、神聖教会の教主の話しはあまり聞いたことがない。帝国に足を運んだときに気になって教会に忍び込んだときにレスト教主と名乗るアルトゲルムをその目で確かに見たのだ。だが、それ以降、何度か入ったものの、教主を見たことは一度も無い。
「つまり、帝国と通じていると?」
「はい、数ヶ月前に起きた王女暗殺の話しも神聖教会が絡んでいるに違いないと考えていいでしょう」
「……神聖教団ですか?」
「そうなります」
神聖教団、トリスタン帝国や神聖教会の暗部とも言える暗殺部隊と聞く。その部隊の数は未知数、アルトゲルムがこの国に居るのなら潜んでいてもおかしくは無い、そう考えるのが普通であろう。
「ですが、なぜ私にそんな話しを?」
「……ここからは軍師としての話しになります」
「構いません」
「そうですか、実は貴女に協力して貰いたいのですよ」
「協力?」
「ええ、今のユナリア公国の状況は誰かが欠ければ全てが崩れ去ります。そんな状況で王女暗殺などとなれば一日で帝国に潰されることでしょう。ですから、護っていただきたいのです」
「なぜ私に?」
「事を大きくしたくないからですよ、この国の重臣に事を知られれば大事になる。出来れば外部の者で問題を解決したい、そう思っただけです。どのみち、王女が消されれば怪しまれるのはエルドや私と言った人間、アルトゲルムもそれを狙っているに違いないと思いましてね、そこで自由の利きそうな貴女にお願いするわけですよ、アウィナイトの宝剣と呼ばれたイリオス王国の近衛騎士だった貴女にね」
レストの考えは計画的だった。その気になれば一国の主導権を握る事なんて簡単なことなのだろう。だが、彼は何も欲していなかった。ただ、誰かを救おうとしているだけだった。
「…………」
「もちろんそれ相応のお礼は致しますよ」
「……?」
「それほど、帝国を憎んでいるのなら私の命を奪えばいい」




