11話 賢人の一日
クリナと話した夜の次の日、レストは戦いのあった次の日だというのに軍案や兵士の状況、その他多くのことを色々とやっていたお陰でまともな休息を取ることもなく、翌日を迎えた。
元々透けるように白い肌で目立たないが、少し顔色が悪かった。
レストはまだやることがあると言い、朝から城内を走り回っていた。
雇われの軍師といえども、流離いの神軍師と名高い彼以上に頭の切れる人間は居らず、他は肉体労働者が大半であった。
数日おきではあったが、敵の進行速度で考えると、レストが指揮をした一件以降、敵の様子が慌ただしく思える傾向にあった。
ユナリアの今までの傾向を見ると正面衝突が多かったらしく、いきなり奇策な策で戦われれば驚くのも当然であろう。突然の物資奪取に続いて魔将が討ち取られるという始末、帝国はこの異様な変化に何か気づくはずである。
(……二つに一つ……かな)
レストの頭の中には二つの可能性が浮かび上がった。
まず一つは各地に散っている魔将を複数名集め、一気に攻め落とす。もう一つは帝国が得意とする数で圧倒する戦法で攻め落とす。どちらもユナリアには危機を及ぼすものだが、今の帝国を考える限り、何度も攻撃することは出来ないはずである。
現在トリスタン帝国は内政が悪化し、戦争を続けるのも困難な状況、打開策としては国を落とし、国の財を奪い、重税を掛けることにある。今まで落としてきた国の有様を見ればすぐに予測の付くことである。
反乱を企てようとしてもその為の武器や兵、兵糧を十分に用意することの出来ない帝国の国内では中から崩すことも出来ず、外から突き崩すことも難しい。
(今は下手に動く必要は無いでしょう……まずは敵を動かすことが必要ですね)
レストは何冊もの本を抱え、城内の廊下を歩きながらそう考えていた。
彼は骨の髄まで軍師だと言う事なのだが、自分の健康管理というものはどうも出来ないらしい。旅の生活もあって、1日ぐらい寝なかったこともあったが、昨日あれほどの魔力を消費し、さらにかなりの量の仕事をこなした事なんて自由人には無い。
「あれ、レストさん、まだお仕事があったんですか?」
曲がり角を曲がったときのことだった。聞き覚えのある声がどこからともなく聞こえてきた。レストは本で前が見えなかったので体を捻って正面を向くと、そこにはアニア姫とリサが居た。
「ええ、昨日の件ではある程度終わったんですけど、書類が少しと今後の方針がいくつがありますので、休憩を取るのはもう少し先になりそうですね」
そう苦笑するレストの表情は少し無理矢理と言う形にも受け止められた。
「レストさん……昨日から休んでないですよね」
リサはジト目でレストを見る。それに対してレストは目線を逸らした。
「いや……まぁ、あんまり…………仕事優先ですし」
「隈、出来てません?」
「え!?」
何時も冷静で居るレストが珍しく取り乱した。
「……レストさん」
アニア姫がゆっくりと口を開いた。何か重大な事を聞くかのように……
「な、なんでしょうか、姫様」
「レストさんって……男性ですよね」
レストはそう言われた瞬間、顔が真っ白になるような勢いで青ざめた。
「それは、どういう意味ですか?」
レストの表情は笑っていたが、目は怒っていた。殺気を発していた。
「い、いえ、その……男性にしては髪が長かったので……」
「いいですか姫様、私は正真正銘の男です。髪が長いのは魔法の補助のために髪に色々と細工がしてあるんですよ、お陰で伸びもしませんし、切り落としてもすぐに一定の長さあで伸びてしまいますけどね」
笑いながら誤魔化すレストだったが、やはり目は怖かった。
「それでは、私はまだ仕事があるので」
そしてレストは自室で仕事を続けていた。
書類に目を通し、今後の方針を考え、頭を抱えていた。
髪を括っていた筒状の髪留めをほどき、飴を舐めながら書類とにらめっこをしていた。
「…………眠い」
今後のことを除いては全ての仕事が終わっているのだが、軍師として今後のことを無計画で済ませるのは非常に無責任である。
(それにしても……アルトゲルムと言ったか……今危険視するべきはあの内務大臣か……何かしら帝国と繋がりがあることには違いない、それに加えて神聖教団が出てくるとなると……)
神聖教団、神聖教会の団体を指すのだが、問題なのがそれが進行されている場である。ここユナリアでは神聖教会では無く別の宗教が信仰されている。だが、帝国は神聖教会を信仰しており、神聖教団と言えば帝国の暗部とも言える存在だ。
レストの記憶が正しければユナリアの内務大臣をしているアルトゲルムは神聖教団の教主である。一度帝都まで赴き、教団に忍び込んだことを思い返せば納得がいく。
だが、まさかユナリアの内務大臣をやっているとは思ってもいなかったことだ。
(帝国がユナリアから手を引くのもそう遠くない話し、暗殺を考えているのならば出来るだけ近いうちに……いや待て、私があの誘いに乗らないのであれば狙われるのはユナリアの崩壊を狙える姫様か今の打開策を考えつくであろう私、そう気が抜けないですね……それに加えて姫様に付き従う将も危ないですね、ですが暗殺されるような人間がいつとは思いませんがね)
自分が暗殺をされるなんて考え過ぎなのかも知れないが、彼自身は暗殺され掛けたことがあるのでそう思っても当たり前のことだ。
(先手を取られるのはしゃくですが、この際あちらが動かない限り対応のしようがありませんね)
現在は何とも言えない、そんな状況で犯人に罪を突きつけたところで何の意味も持たない、寧ろ疑われるのはレストの方になるのだ。
「……少し休憩にしましょうか」
そしてレストは浅い眠りについた。
それからレストが目覚めたのは午後のことだった。
レストは気分転換にと兵舎の方まで行った。
「おっ、レスト、どうした?」
訓練所まで行くとエルド率いる傭兵部隊が訓練を行っており、エルドが話しかけてきた。
「少し気分転換にと思いましてね」
「そんじゃあ、少し剣でも振ってみるか?」
「武芸には自信はありませんが、たまには悪くもありませんね」
レストはエルドから一振りの剣を受け取り、軽く握った。
そんな時だった。
「あれ、ウチの軍師殿は武芸も出来るのか?」
「飾り物にしか見えんがな」
そう言っていやみったらしく現れたのはスクレイドとレキだった。
レキはどうもレストが気に入らないらしい。レストだけでは無い、エルドや傭兵部隊、全てだ。ここのところ、戦果を上げているのが傭兵部隊なのでいらだっているのも分かるが、どうも彼女は外部の人間が気にくわないらしい。
「そうですか?これでも一人旅をしてきた身なんで多少なりとも戦えるんですよ」
「なんなら戦ってみたらどうだ?」
そうエルドがにたにたと笑いながらそう言った。
「冗談、この私が親衛隊長殿に勝てるはずが無いじゃないですか、私一人では心許ないですよ」
「それならそこのエルドとまとめて相手をしてやる。それで十分だろ?」
「それじゃあ、スクレイドも参加しろよ、それで成り立つはずだぜ?」
「そんじゃあ、いっちょ暴れますか!!」
スクレイドは勢い良く自慢のランスを振り上げた。
「背中は預けたぜ」
「預かりました」
その後、兵舎の訓練所では轟音が鳴り響いた。




