恋路を邪魔する悪女の日常.1
主人公からの婚約解消宣言で始まる物語を書きたい!と思ったところから作りました。
たくさんの作品から見つけていただきありがとうございます。
最後までお付き合いいただけると、嬉しです。
本日、3回投稿します。
プロローグ
「この場に置いて、私、リアナ・クリムウェルはレオポルド王太子殿下との婚約を解消することを宣言いたします!」
広間中に響き渡る私の声は、清々しいほどに綺麗だ。こんなに晴れやかな気持ちになるのは、いつぶりだろうか。
目の前では、私の元婚約者であるレオポルド王太子殿下が青い目を吊り上げ、顔を真っ赤にさせていた。
その傍らにいるのは、男爵令嬢セレスティア。艶やかなピンクブロンドの髪をハーフアップにした彼女は、驚きでその赤い瞳を丸くさせている。
ふたりは真実の愛で結ばれていると公言し、そのせいで私は愛する恋人を引き裂く悪女として散々悪口を言われてきた。
今日だって、レオポルド王太子殿下は婚約者の私ではなくセレスティアをエスコートして自身の誕生日を祝うパーティに入場してきたし、私と踊ったファーストダンスは傍目にも分かるほど嫌々だった。
もしかするとこのパーティで、私が婚約破棄を突きつけられると思っていた人もいたのではなかろうか。広間のあちこちから、意外そうな声があがっている。
だけれど、婚約解消宣言をしたのは、私だった。
私はレオポルド王太子殿下とセレスティアの前で、これでもかと優雅に微笑んだ。
「真実の愛を誓われたおふたりの行く末が幸多きことを、願っております」
第一章 恋路を邪魔する悪女の日常
静かな空間に、本を捲る紙の音だけが響く。そんな空間が私は好きだ。
「リアナ、少し休憩をしたらどうだ?」
「あと少しで終わりますから、そのあとでお昼をいただきます」
茶色い髪に少し白髪が混じった初老の上司は「そうか」と言いながら、私の執務机の上にカップを置く。ゆらゆらと湯気が立ちのぼるカップからは、ミントティーの爽やかな香りがした。
上司であるオズモンド様は、いつも私にハーブティを用意してくれる。お気に入りのハーブは季節によって変わり、ここ最近はずっとミントティーだ。
「随分と修復の腕を上げたな」
「ありがとうございます」
今、私の手元にあるのは三百年前の古文書。この前、北方の遺跡から発掘されたもので、当然傷みも酷い。
私が勤める王宮図書館はお城の一角にあり、ベルティア国一番の蔵書を誇っている。
その図書館司書でありながら、古文書の修復をするのが私の仕事だ。古文書修復師と言われるこの仕事は名前のイメージ通り地味で、そのせいかなり手が少ない。
今いる修復師はオズモンド様と私だけ。ずっと求人を出しているけれど、私が知るこの二年間で行った面接の回数はゼロだ。
学生時代に手にした古文書の完璧な修復作業に感激し、古文書修復師の資格を取った私を、皆が奇異な目で見てきた。それはそうだろう、貴族学園を首席で卒業した才女が選んだのが、王宮図書館の奥にある薄暗い部屋で破れた紙を直し、文字を修復することだったのだから。
「それが終わったら、魔塔に届け物をしてくれないか?」
「はい、そこにある本を届ければいいのですよね?」
私が視線を向けた先には、三冊の本が積み重なっている。
修復室には、私とオズモンド様の執務机以外に、雑多なものを置いておく作業台がひとつある。
その作業台にある魔法書は二ヶ月かけてオズモンド様が修復されたもので、埃を被って色褪せていた表紙が今や重厚な艶を取り戻していた。
ベルティア国民は魔力を持っている。しかしそれは魔石を通して火を起こしたり、水を出せたりする程度のものだ。
だけれど稀に、ものすごく魔力の強い人が現れる。
彼等は魔術師と言われ、同じく城内にある魔塔に勤めていた。今は十数人ほどが所属していると聞くが、その実体は謎である。
魔法書の修復は、そんなエリート集団である魔術師からのものだ。
「そうだ。今日中に持って行く約束をしている」
「分かりました。ではお昼を食べる前に持っていきます」
「すまない。頼んだぞ」
そう言ってオズモンド様は自分の執務机に向かうと、修復作業を再開させた。
私も黙々と作業を続け、一時間後、魔塔へ本を届けるべく王宮図書館を出る。
外へ出ると、日差しが容赦なく照り付けてきた。夏がもうすぐ終わろうとしているのに、まだ秋にその座を譲る気はないらしい。
お城の無駄な広さと、魔塔までの距離にうんざりしながら足を進めていると、そこかしこから不躾な視線が飛んできた。またかとうんざりしながら、私はひたすら前方に目を向ける。
すると今度は、話し声が聞こえてきた。しっかり私の耳に届く音量だ。
「見て、リアナ・クレイム伯爵令嬢よ」
「あの人がレオポルド王太子殿下の婚約者なの? 地味な顔をして運命の愛の二人を引き裂くなんて、図々しい性格をしているわね」
「ええ、レオポルド王太子殿下とセレスティア男爵令嬢が恋仲なのを知っていながら、いつまでも婚約者の立場にしがみつくなんて、みっともないわ。早くセレスティア男爵令嬢にその座を譲ればいいのに」
もう何度、こんな会話を聞いたことだろう。
くすくすと嘲笑う声を背に、黙々と煉瓦が敷き詰められた小道を進む。
風にミルクティー色の髪が揺れた。これがレオポルド王太子殿下のようにブロンドだったら、少しは周りの私を見る目も変わるのだろうか――いや、きっと何も変わらないな。
私がレオポルド王太子殿下の婚約者に選ばれたのは、二年前、学園の卒業式の一ヶ月前だった。十歳から十八歳まで通っていた貴族学園で最後のテストの成績が発表され、在籍中ずっと一位が確定したその日に、私の運命は決まった。
突然学園長に呼ばれ、お褒めの言葉をいただけるのかと喜んで行った先で、私はレオポルド王太子殿下の婚約者候補に挙がったことを知った。
残念なことに、同級生であったレオポルド王太子殿下の成績は惨憺たるもので、忖度なく貼られた成績順位表はいつも後ろから数えたほうが早い。セレスティアと一緒に最後尾を争っていた記憶がある。
当時から目に余るいちゃつきぶりだった二人は、いろんな意味で目立っていた。
それに対し、私は成績以外は極めて地味だ。ミルクティー色の髪はその他大勢に紛れるし、身長も百五十五センチと平均的。蠱惑的な身体をしているわけでもなく、ずば抜けた財力があるわけでもない。強いて言えば、二重の大きなオレンジ色の瞳がちょっと自慢だが、それも吹けば飛ぶような個性にすぎない。
そんな私に、レオポルド王太子殿下の婚約者の座が回ってきたのは、彼があまりにも不出来で優秀な婚約者が必要だったからに他ならない。年齢も同じだからさらに都合がよかったのだろう。
両親はこの申し出に諸手を挙げて喜び、話はトントン拍子に進んだ。そして私は、卒業パーティで正式にレオポルド王太子殿下の婚約者として紹介されたのだった。
それを受け、両親はすぐさま親戚中に自慢たらたらの手紙を書き、喜び勇んで社交界に顔を出すようになった。
一人娘を嫁がせるので、親戚の誰かを養子にしてやらなくてはと品定めを始めるありさまだ。
では私はどうかと言うと、はっきり言って迷惑でしかない。
婚約者候補になったのが明らかになってから卒業までの一ヶ月、私は日々虐められ続けた。
相思相愛の二人を引き裂いた。自分の成績が優秀なのを盾にして、レオポルド王太子殿下の婚約者の座を手に入れようとしている。運命のふたりが可哀そう、などなど。
それは卒業して正式に婚約者になってからも変わらず、夜会は針の筵で、令嬢主催のお茶会に参加すれば、集中砲火を浴びてしまう。
当然レオポルド王太子殿下も私を疎ましく思っているので、月に一回のお茶会では常に横柄な態度を取られた。不本意な婚約を強いられて気分を害しているのは私も一緒だというのに。
レオポルド王太子殿下は、どれだけ説明しても私が強引に婚約をねだったと思い込んでいた。国王陛下が、私が婚約者となった経緯をうやむやに伝えていたのも要因だろう。
息子に向かって「お前が無能だから優秀な令嬢を婚約者に選んだ」とは言いにくかったようだ。
そもそも、セレスティアのご実家であるコラティア男爵は、金で爵位を買ったことで有名な新興貴族だ。政治的思惑と貴族間の権力均衡を重視して選ばれる王太子殿下の婚約者に名前が挙がる家柄ではない。
にもかかわらず、私が運命の愛で結ばれたふたりの邪魔をしたという話が、まことしやかに広がったのだ。
そんなことを考えながら歩いていたせいで、名前を呼ばれているのに気づかなかった。ぐいっと袖を引っ張られたときには、ピンクブロンドの髪が目の前に踊り出て、赤く潤んだ瞳が私を見上げてくる。
「リアナ様、ずっとお名前をお呼びしていたのに。私のことをまだ怒っていらっしゃるんですね」
わざとらしい涙声と抜群の声量のせいで、周囲の人が一斉に私たちに注目する。
「どうしたんだ?」
「セレスティア嬢が声をかけているのに、リアナ嬢が無視をしたらしい」
「ちっ、本当に性格が悪いな。見ろ、セレスティア嬢は今にも泣きそうじゃないか」
……泣きたいのは私のほうだけれど?
さらにタイミングが悪いことに、レオポルド王太子殿下まで現れた。この時間は公務じゃなかったかしら。
「どうしたんだ、セレスティア。約束の場にいなかったから探したぞ」
そう言いながら、レオポルド王太子殿下はセレナの腰を引き寄せ、忌々しそうに私を睨んできた。だから、私は何もしていませんって。
「リアナ様、ご心配には及びません。私、レオポルド王太子殿下とはお別れする覚悟ができております。それをお伝えしたくて呼び止めてしまいました」
殊勝な態度で、セレスティアは深く頭を下げる。その肩をレオポルド王太子殿下が抱え、顔を上げさせた。
「セレスティア、謝る必要はない。こいつには、俺がセレスティアを愛していると伝えてある。加えて、こいつを愛することはないと、しっかり言い聞かせもした」
確かに、初めてのお茶会で言われました。それも自己紹介をする前に、びしっと指を突きつけられて。
巷で溢れる本の中には、初夜のベッドでそのセリフを口にする夫が描かれているが、私の場合はお茶会だ。ある意味、悲惨さで言えば私のほうが勝っているだろう。そんなところで勝敗は争いたくないけれど。
私が無言でいると、それに苛立ったようにレオポルド王太子殿下の声がさらに大きくなる。
「そもそも、成績優秀なだけで俺の婚約者になろうとするなど図々しいにも程がある」
「レオポルド王太子殿下、それではリアナ様がお可哀相です。レオポルド王太子殿下にひと目惚れをして、唯一の長所である成績を盾に。ご自分を学園長に売り込んだだけなのですもの」
「あぁ、こんな女を庇うなんてセレスティアはどこまでも優しい」
……いつ、私がレオポルド王太子殿下にひと目惚れしたのだろう。何気にディスられているし。
「リアナ様、来るべき時がくれば、私は身を引きます。王太子妃になられるのはリアナ様ですから、ご心配いりませんわ」
セレスティアがぎゅっと私の手を握ってきた。
周りの見物人から「なんて健気な」と感嘆の声とため息が漏れているが、痛いから。尋常じゃない握力で握られた私の手は、指先が白くなっている。
「それまで、私が一方的にレオポルド王太子殿下に想いを寄せるのをお許しください」
さらに握力が強まった。思わず顔を顰めると、レオポルド王太子殿下がまた舌打ちをする。
「ここまでセレスティアが下手に出ているのに、嫌な顔をするなんて狭量な女だ。セレスティア、愛しているのは俺も同じだ。俺はお前以外を愛さないとここに誓おう!」
そう、レオポルド王太子殿下は大声を張り上げた。ここは野外舞台だろうか。拍手する観客までいるし。
ただ幸いなのは、愛を語るふたりに見惚れているのは、若者だけだ。きっと巷で流行っている真実の愛を題材にした小説の影響だろう。分別のある大人たちは、こぞって眉間に皺を寄せている。
「あの、そろそろ(舞台から)退出してもいいでしょうか」
淡々とした私の問いかけに、二人揃って首をぐわんと回してこちらを見てきた。
「そんな、せっかくですから三人でお茶をしたかったのに」
「本当に可愛げのない女だ。なぜお前のような奴と結婚をしなくてはいけないのか」
本気で、三人でお茶をしようと思っているのなら、どれだけ脳内お花畑なのだろう。
意地悪く細められたセレスティアの赤い瞳に、背筋がぞわっとする。レオポルド王太子殿下の青い瞳には、もはや私に対する憎しみしか映っていない。
「申し訳ございません。仕事中ですので失礼させていただきます」
深く頭を下げて踵を返すと、背後からセレスティアの「私、やっぱり嫌われているのでしょうか」という泣き声と、それを宥め私を罵倒するレオポルド王太子殿下の声が聞こえてきた。
歩きながら、胃に溜まった不快感を息と一緒に吐きだす。
先日、レオポルド王太子殿下が、側妃を持つ申請をしたと聞いた。結婚前にするなんて異例のことで、親切顔をした同級生がわざわざ修復室まで教えにきてくれた。
両親に相談したこともあったけれど、恋人がいるぐらいで不満を言うなと怒られてしまい、私の気持ちは無視された。
これから先、ずっとこんな人生が続くのだろうか。
俯く私のすぐ横を、魔術師の黒いローブを羽織った黒髪の男性が通り過ぎていった。
久しぶりすぎてドキドキしております。
こんな私を励ます意味も込め、ぜひ、ブクマや評価をお願いいたします。




