6話
片桐さんから連絡が来た。構内のベンチに座る帽子を被った三十代後半に見える男に声を掛ける。
「片桐さんですか?」
「こんにちは、遠藤さん。どうぞ座って」
促されて座り、ポケットから奈郎の部屋の鍵を取り出して渡す。
「確かに」
「あの、片桐さんは奈郎とどういう関係ですか?」
’なろう’と言った瞬間、目で周りを見渡した。
「’彼’が子供の時からの知り合いだよ。彼ら家族の担当検査官でね」
「そうでしたか、彼はいつ帰って来ますか?」
「帰って来ない。もう大学にも戻らないよ」
「えっ、でも、、」
「遠藤さん、彼がアメリカに行くとしたら、ついて行くかい?」
「アメリカ、ですか? そんな急には、、」
「よく考えておいてほしい。自分の人生を歩むか、彼と共に歩むか」
「いつまでに答えを出せばいいですか?」
「一年も離れれば、気持ちも離れてしまうんじゃない?」
返す言葉が見つからない。目の前を自転車が通り過ぎる。
「私が傍に居なければ、二十年後、彼は独りで死ぬんですよ?」
「それは君が背負うことじゃない」
「でも、、」
「僕は彼の両親と約束したんだ。最後まで見守ると。まぁ、僕に見送られたいかはわからないけどね」
笑う頬に涙が伝っている。
「もう一度、彼に会いたいです」
「そうか、、じゃあ、また連絡するよ」
立ち上がるのを見て、慌てて立つ。
「君は君の人生を生きることが出来る。それを忘れないで」
片桐さんは鼻をすすって背を向け、歩き去った。
(奈郎が、いや、彼らが選べない人生を歩めるって言ってるのかな)
呉郎のビギナーズラックが収まらず麻雀がしらけ始めた頃、検査結果が出た。
「僕の適合度は三段階の一番上でした」
「俺はダメだ。呉郎も真ん中で良かった」
「まだ子供ですし、当分は志願しても任務の参加は見送られそうですね」
「一次派遣のリスクですら心配だよ。近くんは志願するの?」
「まだ、決心が、、」
「分かってることが少なすぎるからなぁ。他の人の帰還を待ってからでもいいんじゃないか?」
「そうですね」
(他の人の二次派遣が半年間、それから志願してさらに半年後か。一年も鞘と離れ離れになる)
迷いながら、とりあえず一次派遣に志願した。すぐに派遣日が決まり、当日の朝になる。宿舎の入り口にマイクロバスが停まり、他の志願者と共に乗り込む。女の志願者達が七人乗っており、奥の席に厚子を見つける。
(誰も最初の一人になりたくない中、ここに乗ってる人達は皆、何かしら抱えてるのかもしれない)
男八人を拾ったバスは基地内を別の棟へ向かう。
バスから降りると、二列になって大きな建物に入る。階段を上り、ブリーフィングルームに案内された。
(アニメや映画で軍事作戦を説明する時の部屋だ)
席に着くと暗くなり、初日に会議室で会った研究者が入って来た。
「えー、一次派遣に志願していただきありがとうございます。既に転移の説明を受けておられるため、注意事項として確認させていただきます。
一つ目、帰還装置は転移時に着地した場所で使うこと。
二つ目、転移先の時間で一日過ごすこと。ただし、身の危険を感じた場合はすぐに帰還して下さい。
三つ目、ステータス、又はウィンドウと声を発し、それが出現した場合は内容を覚えて下さい。
四つ目、生命体との接触は避けるように。
以上です。それでは質問を受け付けます」
志願者の半数が手を挙げた。
「では、前の方から」
「向こうの世界で一日って、どうやって計るの? 時計も無いのに」
「空を見て下さい。太陽か月か、あるいは他の星でもいいです。昼と夜が存在するはずですから」
すぐに隣の人が当てられる。
「どんなところに着地するんですか? 高い所から落ちて死んだり、海や川に着地したら?」
「えー、そもそも、その可能性は低いと考えております」
「その根拠は?」
「あまり詳しくは教えられませんが、これまで転移直後に消滅した例はありません」
「こっちは命懸けなのに教えられないってどういうこと?」
皆が不満を漏らす。
「えー、皆さんが転移する先は未知の世界です。固定観念が死に直結し、前提知識が役に立ちません。獣のようで獣でないもの、植物のようで植物でないもの、人のようで人でないもの。一次派遣の目的は偵察であり、帰還することが最優先となります。臨機応変な対応が求められるからこそ、年齢制限を設けているのです」
’人のようで人でないもの’という言葉に皆が動揺した。隙を見て手を上げる。
「帰還せず、消滅もしなかった人達はどうなったと考えていますか?」
「この研究の初期にそのような例が多かったことから鑑みて、帰還装置の動作不良、又は使用場所が着地地点ではなかったことが要因と見ています」
「帰れなくなり、向こうで生きていると?」
「そうです。一つの例を除き、その後消滅しましたが」
再びざわつく。
「しかし、先程述べた注意事項を守るようになってからは帰還率が大幅に上昇し、帰還装置も改良されました。予備の帰還装置を五つも飲み込んでいただいたため、それが原因となることはありません」
皆が考え込み、質問が止む。
「まもなく便意を感じる時間ですので、転移準備に移ります。辞退される方は挙手を」
誰も辞退せず、再び二列に並んで移動した。地下一階に下りて廊下を進むと大きな扉が開かれる。人数分のストレッチャーと多くの研究者、奥にはMRIのような大型の装置が見えた。




