野獣死すべし
ベレン様に再び見捨てられて3ヵ月が経った。 私は部屋に籠って過ごす時間が多くなった。
「街に買い物でも行かない?」
「見る価値のあるブティックが、こんな田舎にあると思って?」
優しくされても辛くなるばかり。
私は独りぼっちだ。
*****
ある夜、深夜に目覚めた私は、廊下から漏れる男の呻き声に気付いた。
「おお、テラぁ・・ああっ そんなぁ」
おそるおそる、扉を開けて声の主を確かめてみる。 二つ隣の部屋、エルフの少女テラの寝室を除く大男。 のぞき魔? 変態? 好色卿? その正体はテラの従者ガイアだった。
「うっひょひょ~ん」
「おいおい、変な声を出すなって」
「うひょうひょ~ん」
今夜はテラが伽番の日。 中はアレの最中だろう。 声は変だ。
「ガイアさん。 こんな夜更けに何を?」
「むぅ? こ・・これは、奇遇であるな。 マリアンヌ殿」
つい、悪戯心から声を掛けてみた。 彼は厳つい身体の割に顔は美形で、何より女性に対して紳士的だ。 一度話してみたいと思っていた。
「よかったら少し話さない?」
「しかし、こんな夜更けに男女二人きりはよろしくない」
「あら? 私が何を見たのか、誰も説明してくれないのかしら?」
「あ・・説明をさせて欲しい」
*****
ガイアがエルフ族の戦士だと、この時初めて知った。 外観の特徴がイメージのそれと違ったからだ。 彼はやはり紳士的で、少し離れて座ると、お茶を淹れてくれた。
「・・という訳で、俺とテラは100年前に将来を誓い合った仲だった」
「何てこと? あの男が2人を引き裂いたのね」
「そうなのだが、一概に奴が悪いとも言いきれないのだ」
やっぱり『好色卿』は狂った外道だ!・・と断じようとする私を、当事者のガイアが否定する。
そして、テラが追放された経緯を知った。
「エルフの文化は不思議ね。 私は、9割方テラさんが悪いと思うわ」
「残念なことに」
エルフの少女テラは、実はかなりアホの子だった。 婚約者のガイアは、あまりに不憫。
「原因はテラさんだけど、彼女を嫌いにはなれない。 かといって、ブルース様を恨むのもお門違い」
「ぬぅ 其方は我の心根を見透かしておるな」
同じだ。 裏切ったのはベレン様。 マリーダが私に何かした訳ではない。
「お互い辛いわね」
「そうなのか? ブルースに何かされたのか?」
「残念ながら違うわ。 寧ろ、彼は私を助けてくれた」
喰い付くガイアの気持ちがよくわかる。 ついさっき、私もやった。 マリーダには、少しでも悪人でいて欲しい。 そして、自分は被害者だと宣うのだ。
「実は私にも婚約者がいてね」
「うむ」
傷の舐め合いもまた不毛。 でも、何となく彼に聞いて欲しかった。
*****
暫くたったある日。
「悪いけどマリアンヌも手を貸してくれる?」
「あ・・はい。 ベアトリス様」
突然現れた賓客の対応を、ベアトリス様から仰せつかった。 レビゾンのダイアナ王女と勇者アキラが、先触れもなく現れたのだ。 相手が王族とあっては、下手な使用人に任せられない。 そんな、ベアトリス様の判断だった。
「本当にすまない。 おい、アキラ! 我々は客ではない。 さっさと駐屯所に行くぞ」
「あぁ? 俺は世界を救う勇者様だぞ? 歓迎の宴くらい用意しろよ」
懸命に取りなすダイアナ殿下に対して、勇者の横暴は止まらない。
「精一杯おもてなしさせて頂きます。 どうか暫くお待ちくださいませ」
「どうぞ、こちらへ」
暇乞いを垂れたベアトリス様に合わせ、私が案内を申し出る。 この辺は、学院生時代からの阿吽の呼吸だ。 今頃、ジャネットが応接の準備を整えていることだろう。
「へぇ おめぇ胸大きいな」
「ひっ」
「アキラ!」
勇者は無遠慮に私の胸を鷲掴みにする。
「顔はまあまあ、だな。 よし、伽をしろ」
「その手を放せアキラ!」
「黙れ! 嫌われ王女、てめぇは一人で茶でも飲んでろ」
「くっ」
ダイアナ殿下も勇者様に強く出れないようだ。
「勇者様、同盟国の貴婦人にそのような行為は、いささか戯れが過ぎますわ」
「あぁん? 戯れじゃねぇよブス。 俺の機嫌を損ねて、夫がこんがり焼けても知らねぇぞ? げきゃきゃきゃきゃ」
「とにかく、その手を放してくださいませ」
「嫌だね」
ビリビリビリ
「ひぃ」
「なにこいつ? 乳輪でか。 がっかりだ」
「おい、アキラ! いい加減にしろ」
勇者は私の服を引き千切って、胸を晒した。
「ほれっ さっさとヤリ部屋に案内しろ」
「・・・。」
ベアトリス様が口を噤む。 勇者の不興を買えば、ことはマスタング家の問題に留まらない。 もう、我慢して好きにさせよう。 どうせ私は汚れてる。
その時だった。
「その汚い手を放せ」
「誰だぁ? てめぇ」
ガイアが勇者に立ちはだかったのだ。
「離せと言ってる」
「きゃ」
「うぉ」
ガイアは、勇者から私を引きはがすと、片手で優しく抱き留めた。
「ぬぅん」
「なっ? かっ・・かひゅ」
そして、勇者の首を掴み、そのまま掲げ上げた。 腕を外そうと のたうつ勇者。 彼の腕力は、ガイアのそれに遠く及ばないようだ。
「かひゅ・・かひゅ・・ひゅ」
「ガイア様! それ以上はいけませんわ」
「マリアンヌ殿はゴミ屑を庇うのか?」
私を庇ったばかりに、ガイアに迷惑を掛けたくはない。
「やっほー 何の騒ぎ?」
「テラ!? いや・・これは、別に」
軽い調子で現れた。 普段通りのテラ。
ゴキン
そして、玄関フロアに鈍い音が響いた。 骨が砕けた音だ。 テラの登場に驚いたガイア、思わずといった表情を浮かべている。
カクン
勇者の首が明後日の方向に折れた。
「あっ」
「あ?」
「「あぁぁぁ!!!!!!」」
私には、彼の気持ちがよくわかる。 腕に抱く胸を晒した女、最愛の人に見られては、動揺するのも無理はない。




