愚弟恋患う
「マ・・リーダ ァ・・リィ・・ァ」
「ん? 誰か読んだ? あれ! ひでぇ怪我だ」
誰だおまえは? 忌色の気味の悪い瞳・・土人の女か。
「このままじゃ死んじまうな。 まいった」
ほっといてくれ。 くそっ 俺の人生は何処まで惨めなんだ。 狂人に襲われ、土人女に最後を看取られる。 こんな俺の最後を、マリーダはさぞ悲しむだろう。
「わかったわかった、助けてやっからもう泣くな」
いいから貴様はさっさと消えろ。 くそっ くそっ くそっ く・・・。
*****
知らない天井。 暖かいベッド。 俺は・・生きているのか?
記憶があいまいでフワフワする。 朧げに覚えているのは、殺人鬼の恐ろしい瞳。 優しい女の忌色・・いや、不思議な色の瞳。 そうだ、俺は彼女に助けられて・・それで。
「目を覚ましたのね」
「・・貴女は」
悪役令嬢ベアトリ・・・ん? 何故、聡明で優しいベティ姉様を悪役呼ばわりするのだ? え? え? あれ?
「起き上がらなくて結構よ」
「・・はい」
俺はなんて愚かなことを・・・。 いったい、何故?
「私から一つお願いを聞いてもらいたいの」
「なんでしょうか?」
死んで詫びろと言うなら。 喜んで、この身を捧げよう。
「ここに居るリィアは貴方の命を救った・・いえ、貴方に命を与えた恩人です。 人種や容姿、まして身分のことで悪意ある発言は控えて頂戴。 たとえ心に思っても口にしないと誓って。 お願い」
「姉様?」
なんて悲しそうな。 命の恩人を蔑んで欲しくない。 それは、人としてあたりまえの事だ。 だが、これまでの俺は、平気で他人の善意を踏みにじってきた。 マリーダの名の下に。 警戒されて当然だ。
「体調が戻ったら王都への旅費も用意するわ。 だからお願い」
「それには及びません、ベアトリス異母姉上。 私は生涯をかけて、この恩に報いると約束します」
「・・エンリケ?」
ベティ姉様は目を丸くして驚く。 これまでの、行いを考えれば当然の反応だ。
「一つ気になったのですが、『命を与えた』とはどういった意味ですか?」
「あ・・それは」
「いいのいいの、ベアトリスの弟なんだろ? おらが役に立ててよかった」
俺を助けてくれた天使・・リィアさんは、ずいぶんベティ姉様と気安い感じだ。
「落ち着いて聞いてね。 リィア達ヌゥイ族には『魂与』という秘術があるらしいの。 それは、自分の寿命を他人に与えるというもので」
「あんた死にそうだったからね。 あたしの寿命を『魂与』したんさ。 半分で悪いけど」
「寿命を半分!?」
この愚かな俺に。
「そうなのよ」
「何てことを」
「いいのいいの、健康な身体に産んでもらったおかげで、私の寿命はあと62年もあったんだ。 病気や怪我に気を付ければ、あと31年・・46歳ならまあいいでしょ」
まあいいって・・そんなあっさり。
「リィアさん」
「おっ おう」
ここは男として・・いや、人として責任を取らねば。
「残り31年の人生。 私と共に生きて下さい」
「は? 嫁与の話かい?」
嫁与・・ヌゥイ族の風習だろうか? まあ、語彙的に婚姻という意味で間違いない。
「はい。 私の伴侶となって頂きたい」
「悪いね。 君タイプじゃない」
+++++
悪漢に襲われ死に掛けた所を、マァリの妹分リィアに命を与えられた異母弟エンリケ。 目を覚ました彼は、憑き物が落ちたように、誠実で真面目な弟に戻っていた。 死地を彷徨い邪念が取れたのだろうか? 私への行いを含め、諸々反省しているようだ。
「それで、リィアのタイプをマァリさんに伺いたいんです」
「弟君、アグレッシブだね」
「はい。 こうと決めたら譲らない子で」
そして、すっかり元気になったエンリケは、私とマァリを捕まえ恋愛相談を頼んできた。
「前に説明したと思うけど・・。」
「はい。 ヌゥイ族の女は全員ブルース義兄様の嫁なんですよね?」
「そう。 だから、彼がリィアを弟君に渡してもいいと認めない限り『嫁与』は成立しないんだよ」
ヌゥイ族特有の婚姻関係を説明しても、エンリケは引かなかった。 バドッグ男の感性で、自分の妻は『借り物』だなんて、到底受け入れがたい筈なのだが。
「必ずやブルース義兄上に私を認めさせます。 断られたら、義兄上と同じ手法で勝ち取るまでです」
「いや、それは正気の沙汰じゃないと思うよ」
「いいえ、私は正気です。 たとえ、戦神マスタング卿が相手であろうと諦める気はありません」
「は・・はぁ」
曇りなき眼のエンリケに、さしものマァリもタジタジだ。
「それで、リィアの好みとは?」
「えーと、強くて」
「強い男で?」
「包容力があって」
「ふむふむ」
「やや、ぽっちゃりかな」
「は?」
この辺りのジェネレーションギャップを如何に超えていくのやら。 何れにせよ、可愛い弟が帰ってきて嬉しい。
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