欺瞞の花嫁
郊外に潜伏していたレグルス・レビゾンの伏兵に動きがあった。 天誅騎士団も呼応する形で部隊を配置している。 果たしてダ・・様の助言に従って良かったのだろうか?
「サトシさま、シルフィーナがもう3日も戻らないのです」
「なんと、それは心配だな」
イリアーナはようやく娘の出奔に気付いたか。
「セレスティアの様子を見てくると言ったきりあの娘。 きっと、あの蛮族に拉致されたのだわ」
「そうか。 アキラは何と言ってる?」
「アキラさまは例のヴェロニカに入り浸りで・・このままでは」
「見放されるであろうな」
勇者を傀儡にする駒として枢機卿派に送り込まれたシルフィーナ、未だ幼い彼女にセレスティアへの敵愾心を植え付け、哀れな駒に仕立てたのは母であるイリアーナ自身だ。
「枢機卿の優先順位は、一に利用価値、継いで正当性だ」
「どちらもあの娘は持ち合わせておりますわ」
この国で最も尊ばれるのは、建国王アラン・センシアの血筋、次点が召喚勇者の実子、残念ながらシルフィーナはどちらでもない。
「義兄殿もレグルスと手を組む方向で動いている。 枢機卿派の横槍がなくなって、私も漸くシルフィーナを切り捨てられるな」
「何を仰っられるのです。 実の娘を切り捨てるなどと」
「私の娘は亡きシスティーナ女王の子セレスティアただ一人だ。 私が知らないとでも思ったか?」
「なっ」
この世界に喚ばれた私に側室として宛がわれた枢機卿補佐の娘イリアーナ、彼女は私に嫁いだ時点で既にシルフィーナを身籠っていた。
「君やの義父殿は、召喚された私を初心な少年と侮っていた。 しかし、私は異世界転移にあたって若返っている。 実を言うと、召喚前の私は結婚して14歳の娘を持つ成人男性だった。 だから妊娠時期の計算も経験から知っていたし、君が囁く嘘はだいたい見抜いていた。 生憎だったね」
「・・シルフィーナをどうするおつもりですか?」
弁解はなしか。
「マスタング卿が欲しいと言うならくれてやればいい」
「あの蛮族にシルフィーナを?」
「追放すれば波風が立つ。 半端な相手に嫁がせて真相がバレたらなお悪い。 火遊びするにも相手は選ぶべきだったね」
「知っていたのですね」
拳闘パブの勝者と酔った勢いとか、前世でも割とパーリーピーポーな部類だ。
「建前上は『真実の愛を見付けて国外へ出奔した』でいいだろう。 いま流行っているのだろう? そういった演目が」
「承知しました。 せめて、シルフィーナの身の安全だけは保障するよう、取り計らって下さいませ」
「安心しなさい。 話はついてる」
「そうですか。 それで、私の処遇はどのように? 何か理由を付けて実家に帰しますか?」
実家に帰れば、色々と都合の悪いことも知ってる彼女は消されてしまうだろう。
「う~ん。 改めて子供を作らないか?」
「ふぇ?」
力の強すぎるセレスティアを枢機卿派は煙たがる。 正当性のないシルフィーナは使い捨てられる。 ならば、正当性を持つ程々の王族こそ今この国に必要だ。
「さっ・・サトシさまは何を仰っているのです?」
「私達は夫婦だ。 何を躊躇う」
「え? いや、私のようなおばさん・・もう誰も相手にしてくれないですわ」
「いまも変わらず君は綺麗だ」
「・・お戯れを」
イリアーナに侍っていた若い燕は、彼女がアラサーになった途端に潮が引くように姿を消した。 向うの世界で私が結婚したのは29歳。 娘が生まれたのも32歳のときだった。 この世界の男は本当に見る目がない。
「結婚した際に交わした誓いは今も変わらない」
「でも、私は貴方を裏切ってきました」
結婚した当初からイリアーナは欺瞞の花嫁だった。 しかし、偉大な女王システィーナの隣で、不甲斐ない自分に葛藤する私にとって、欺瞞と知ってもなお彼女の存在は救いであった。
「過去の全てを飲み込み、それでも君に愛を請おう」
「・・サトシさま」
これが、力を持たない私の精一杯だから。
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捕らえた天誅騎士の拘束が終わっても一件落着とはいかない。 案の定、聖女を渡せとシュナイダーは要求してきた。
「貴公は誤解しておる。 我らが仕える、誇り高きレビゾン皇家はシンセスの野蛮な坊主どもとは違う。 聖女セレスティアを丁重に扱い安全を保障する」
「出迎えはずいぶん野蛮だったようだが?」
「貴公が道理の通らぬ外道であると情報があったからだ」
「それはまた、ずいぶんな仰りようで」
「茶化すな! 背中を預けた戦友を私はもう疑ったりしない。 だから、このように筋を通しているのだ」
鼻血を拭ったシュナイダーは、真面目な顔も言ってる事も一々男前だ。 つい卑屈な態度をとってしまう。
「仮にセレスティアが丁重に扱われるとして、聖女を手中に収めて何を企む?」
「我が主の深慮を私ごときが窺い知ることはできない。 しかし、先々を見通す賢き御方だとは断言できる」
「賢い者が善良であるとは限らない」
「それは貴公も同じだ。 では問うが、貴公は聖女を連れ帰り何とするつもりか?」
膝に乗せて可愛がるとか?
「答える義理はない」
「見たことか! 更に指摘するなら貴公に聖女を護りきれるのか?」
「また、踏んづけてやるさ」
それが一番の問題だ。
「シンセスは軍を編成して辺土に侵攻するだろう。 我々も大願の為ならば戦も辞さない」
「今度は脅しか」
「いや、助言だよ。 バドック王国が辺土を軽視していることは知っている。 レビゾンを敵に回して君に味方する諸侯はどれだけいる? 戦は数だ。 個人の武勇など数の前には無力だ」
マスタング辺土伯領の兵員は予備役を含めても800弱、対外戦争になったとして協力を得られる諸侯もいない。
「少し・・考える時間をくれ」
「いいだろう。 1時間待つ」
セレスティアを護ることは、僕個人のエゴなのだろうか? 領主として正しい判断は、きっと彼女を手放すことだ。 シュナイダーが約束するなら、少なくとも身の安全は保障されるとは思う。
「ブルース様、レビゾンにはダイアナ様もおられます。 大丈夫ですから」
「・・ティア」
ゴガァァァァァァ!!!!!!!
突然の咆哮と共に拡げられた襟の膜から衝撃波が放たれた。 拘束された天誅騎士は吹き飛ばされ、魔導七剣士も身を低くして耐える。
「筋肉君アウト~♪ 君にはティアを任せられません」
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