限定解除
鋼索鉄道とは名ばかりの武骨な台車に揺られて『奈落』の底へ下りていく。
「こりゃまた絶景だ」
高い峰々に囲まれた緑豊かなカルデラ盆地、中央には魔素噴火口、北側に霞む浮島から落ちる滝は、その下の湖に注ぎ、湖から流れる河が大地を潤す。 魔獣さえいなければいい場所だ。
「櫻島とは根本的に違うな」
こういう景色を見ると異世界にきたことを実感する。
ガコン
「さあ、到着しましたぞ勇者様。 足元にはお気を付けくだされ」
「ああ、ありがとう」
巡礼に同行してスケジュールを管理してくれるのは、シルフィーナの叔父ジラーモ枢機卿補佐だ。 彼はセレスティアの勝手な行動を非難しつつも、彼女を連れ帰るべく尽力してくれている。 俺のよき理解者であり頼れる大人だ。
鋼索鉄道の駅にはセレスティアが待っていた。 蛮地の騎士を従えている。
「ご無事の到着、お喜び申し上げます」
「ああ、我儘はこれで最後にしてくれ。 こんな場所に長居は無用だ。 さっさと戦乙女を呼んでこい」
胸も愛想もない女だ。
「ご案内します。 こちらです」
「・・ちっ」
本陣は天幕が整然と並び、ちょっとした村くらいの規模はある。 暫く歩くと程なく開けた所に出た。
ギチギチギチ
何だあれは? 巨大なムカデ? 列車ほどはあろう巨体。 槍を持った騎士が無謀にも攻撃を加えるが、あんな怪獣に適う訳ない。
ギチギチギチ
「ひぃぃぃ!!!!!!」
こっちを見た。 殺され・・いや喰われる。 いやだ。 こんな所で死にたくない。
ポーン♪
≪緊急警報! 『称号:勇者』から『生命の危機』が申請されました。 宛て『女神:メフィストフェレス』スキル緊急解除を要求します≫
突然、頭の中に鳴り響く警報音。
≪スキル緊急解除の要求が受諾されました。 敵性生物の排除に移行します≫
勝手に事態が進行していく。
≪敵性生物を確認。 『多足類変異型魔生物 LvⅡ』 『推奨スキル:煉獄爆炎魔法』 攻撃を開始しますか? Yes/No≫
俺にも魔法が使えるだと?
「アキラ様! 魔力を抑えて下さい。 味方が巻き添えに」
いつも邪魔して、この女は委員長かよ!
答えはもちろんYesだ。
カッ ドゴォ―――ン!!!
はははははっ 圧倒的じゃないか!
「・・なんてことを」
セレスティアはこの期に及んで何か喚いている。 ああ、余計な事を・・俺の覚醒を祝う花火が聖法結界を前に霧散していく。
「素晴らしい御力ですアキラ様! その力を以ってすれば『奈落』の平定はおろか大陸全土の支配も夢ではありません」
「ふっ これは未だ序章さ」
この力があれば、もう貴族に愛想を振りまく必要もなくなる。 ジラーモのように信頼の置ける男に仕事は任せ、シルフィーナのような美女と遊んで暮らす。 エルメスを屈服させて奴隷にするのも面白そうだ。
ポーン♪
≪『称号:勇者』の危機消失を確認。 『精神状態:傲慢』に移行。 特別措置を解除します≫
「なっ?」
「勇者様? いかがされました」
ステータス画面上で全て『明』表示になっていたスキルが元の『暗』に戻ってしまった。 そんなの聞いてない。
パシーン
「貴方は最低です! 絶対に赦しません」
「・・は?」
なに俺様に平手打ちしてくれてんだよ。 それどこじゃねぇのがわかんねぇかな。 だったら俺にも考えがある。
「おらぁ」 ダンッ
「あぁ」
弱ぇクセしていい気になりやがって。 派手に倒れやがった。
「話しかけんな! 偽善者! 醜女! 貧乳!」 ドカッ バンッ ドカッ
「うぅ くっ っ・・。」
はははっ いい気味だ。 『家庭内暴力 LvⅢ』って婚約者にも適用されんのかな。
「勇者様、人の目もありますからその辺で」
「あ? あぁ そうだな」
少しはスッキリした。 冷静になれば、予定通りジラーモの助けで権力を握ればいいのだ。
「貴殿が今代の勇者か」
「誰、お姉さん?」
「総指揮を務めるレビゾン連邦のダイアナだ。 統括軍内の私闘は厳禁とされている」
不躾に話しかけてきたのは鎧を纏った巨乳。 あーこいつが戦乙女か。 身体がよくても、気の強そうな女は嫌いだ。
「・・・。」
「はい。 いますぐ行きます」
「おい、セレスティア! 聖女が勇者をほっといて・・って、無視かよ」
助け起こした戦乙女がセレスティアに何かを囁くと彼女は突然 何処かへ行ってしまった。
「悪いが、聖女には傷付いた将兵の救護を依頼した。 貴殿の相手は私が務めよう」
「横暴だな」
「言っただろう? 指揮権は私にある。 貴殿はこの場を動かぬことだ」
「他国のあんたに指図される謂れは・・っ」
このビリビリくる感覚は俺でも解る。 周囲に集まる男達の殺気だ。
「迂闊な振舞いは慎まれよ。 貴殿の失態で兄弟、友を失った者は大勢いる」
「あれは多数を護るための必要な犠牲だった。 俺に非はない」
「笑えん冗談だな」
「戦場の倣いってやつだ。 この軍の規律はどうなって・・・かはっ?」
真っ当な抗議をする俺を遮るように、戦乙女から怒気のようなものが吹き上がった。 視界が歪んで陽炎が立つ。 いつの間にか失禁した俺はその場に尻もちをついていた。
「・・もう喋るな」
この日の内に辺土統括軍は『奈落』から撤収した。




