蛇足4 冬の三つ星(10/10)
「おい、レヴィア、どうしたんだ。こういうのは、二人きりの時にでも……」
「だめです。こうしておかないと、ラックさんに悪いムシがつきますから」
旅行への出発の朝、俺はレヴィアに抱き着かれていた。フリースが来たというのに全く離れてくれない。
二人の間に、何かあったのだろうか。
まさか、このあいだフリースに抱き着かれた時のことを知られたりしたのだろうか。
先日、フリースの抱きしめを拒否せず、なんなら抱き返してしまったことに対する怒りだったりするのだろうか。
何でバレているのか。女の勘というやつか。おそろしい。
俺とレヴィアのイチャイチャを目の当たりにしたフリースは、なぜかコイトマルのぬいぐるみを逆さ吊りにして鞄に付け直していた。なんの儀式だろうか。
フリースは、大きな溜息を吐いてみせ、
「出発時間を遅らせてる悪いムシはレヴィアでしょ。さっさと行くよ」
レヴィアの腕を引っ張って、俺から引き離した。
フリースはレヴィアに鞄を背負わせ、自分も鞄を背負い、俺を見つめてきた。
「俺も準備はできてるぞ。行こうか」
それを見たレヴィアは、明らかに苛立っていた
「ラックさん、なんかフリースに優しくないです?」
「そんなことないぞ」
と、俺は言うが、フリースが、「そうよね、いつも通りよね、久遠」などと下の名前で呼んできたりして、いつの間にそんな呼び方をされるようになったのだろうか、ちょっと記憶がない。
レヴィアは、フリースによる久遠呼びが気に入らなかったようで、一度は背負った鞄を再び置いた。
「なんか行く気なくなっちゃいました。延期にしませんか?」
フリースはレヴィアの鞄を俺に渡すと、
「じゃあ二人で行こう。久遠、留守番のレヴィアに行ってきますのキスでもしたら。いつものように」
「いや、たまにしかしてないが」
「たまにしてるんだ……」
「あっ……まあ、な」
なんか恥ずかしいことを言わされた気がした。けれど、もうこんなの気にしていられない。俺はこれから、もっと恥ずかしいことをするんだ。
一度は隠しておこうと決めた記憶たち。全く褒められたものじゃない記憶の数々を、大好きな二人に知ってもらうのだ。一緒に思い出の地をまわり、掘り返していくんだ。
これから始まる冒険は、レヴィアともフリースとも出会っていなかった時の情けない俺をさらけ出すところから始まる。
この際だ。本当にもう、転生者としての序盤はとんでもなく恥ずかしい記憶ばかりだったけれど、包み隠さず案内し切ろうじゃないか。
「いいから、いくぞ!」
俺は全員分の鞄を持って、勢いよく家を出た。二人は言い合いをしながらついてきた。
異世界へと続く池のまわりは、誰かが悪戯でもしたのだろうか、あちこちの地面に窪みができていたり、少なくない数の樹木が傷だらけになっていたりした。
周囲に誰もいないのを確認し、汚い色の池に手を繋いで飛び込んだ。
俺たちは、カラフルで美しい、虹色に輝く池から出た。
装備を整え、少し歩くと、始まりの草原という場所に着いた。
モンスターが現れた。
初めてマリーノーツに来た時に、俺を襲った組み合わせと同じだ。
すなわち、スライムと犬である。
初めて遭遇したときは、情けなくもこんな雑魚から逃げ回ってたっけ。
今なら、こんなの全く敵じゃない。二人の最高の仲間を連れている上に、俺自身もかなりのレベルを誇っている。
俺は敵を殴り、一瞬で撃破し、勝ち誇る。
「この程度で向かってくるとは、良い度胸だな」
好きな人の手前、格好つけて言ったんだが、ちょっと考えてみれば、最弱を相手に威張り散らかす言動は、それはそれで非常に情けないものだ。
「大丈夫。久遠が無様なのは、みんな知ってる」
フリースはひどいことを言う。そしてレヴィアも、
「ラックさんの、みじめなところも好きですよ」
などと言って、拳を握ってみせてきた。
敵を倒したのに、この言われよう。果たして俺の心はこの旅を無事に乗り越えることができるんだろうか。心配だ。
ふと悪寒がして、東にある急峻なアヌマーマ峠を見上げる。
そこは、レヴィアのお父さんの住処である。強い魔族の気配を感じた。
フリースは氷の力で樹木を加工し、三人分の椅子やテーブルを用意してくれた。
レヴィアは買ってきたお菓子などをテーブルに並べ、俺が話しはじめるのを待ってくれた。
期待する二人の視線を受け、俺はゴクリと喉を鳴らした。
さあ、それじゃあ今こそ語ろうか。
あまりにも、みじめな恥から始まって、大きな願いを叶えるまでの、俺たちのマリーノーツ冒険譚を。
久しぶりの美味しい空気を思いっ切り吸い込み、語り出す。
「そもそも俺がマリーノーツに来たのは、年上の女性に――」
レヴィアとフリースは、声を重ねて「うん」という相槌をくれた。
【蛇足4 おわり】