蛇足4 冬の三つ星(9/10)
フリースは、コイトマルを連れて家に帰っていった。
ぐっすり眠るレヴィアを布団に運んでやってから、フリースを少し離れた彼女の家まで送ることにした。
俺の家を出るまでは少し機嫌が悪かったフリースだが、今は足取りが軽いようだ。
ものすごく寒い夜道を歩きながら、フリースは胸に抱くコイトマルに話しかけた。
「コイトマル、どこか行きたいところある?」
ぬいぐるみが声を返す。
「コイトマルは、ご主人の行きたいところなら、どこへだって行きたいです!」
「ああそう。つまんない答えだね」
「あぁっ、申し訳ございません。このコイトマル。場を盛り下げてしまうとは一生の不覚!」
もともと盛り上がってなかったけどな。
「やり直すね。コイトマル。この冬、どこか行きたいところは?」
「じゃあ、天国ですかね」
なかなかきわどい発言である。コイトマルが天国行きということは、フリースも同じ運命を辿るわけだ。縁起でもない。
ていうか、これはご主人様の考えとは相容れないアイデアなんじゃないか。どうもフリースは自己肯定感が低いし、自分のことを善人だなんて思ってないフシがあるからな。天国に行けるなんて思っちゃいけないとか考えていそうだ。
フリースは、コイトマルの提案に、「かなり先になるね」と返した。ほんの少し苦笑してはいたものの、そんなにネガティブな感情を抱かなかったようだ。
足音がよく響く数秒間があって、やがてフリースは俺の顔を下からのぞきこんできた。
「ラックは? 行きたいところある?」
少しだけ考えて、俺は答える。
「うーん、海外旅行かな。出会ったことのない景色を見てみたいとは思う」
「そうなんだ。いいね」
あまりピンときてはなさそうな口調だった。フリースなら知的好奇心が強めだから、海外の文化財なんかを鑑賞する機会に飛びつきそうなものなんだがな。
もしかして、フリースには、ものすごく行きたいところがあるのだろうか。
「フリースはどうなんだ?」
俺がきくと、ぴたりと歩みを止めた。
つられて、俺も立ち止まった。
静寂の中、俺の目をしっかりと見ながら、彼女は小さく口を開いた。
「あたしはね、始まりのまちに行きたい」
「それは、異世界のホクキオってことか?」
彼女は深く頷いた。
「でも、そこだけじゃない。あたしと出会う前に、どこで何をしていたか。こっちの世界でも、あっちの世界でも、ラックの……織原久遠の人生の全てを、あたしは知りたい」
「俺の旅路をたどりたいってことか? 面白くもないぞ。それに、フリースの行ったことのある場所ばかりだろうし……」
「いい。久遠のことを知るのが、つまらないわけがない」
「いやいや、そうは言ってもな」
押し込めていた記憶がよみがえってくる。
レヴィアと出会う前の俺の旅路なんて、旅にさえなっていなくて、大半がモブ狩りだったからな。本当に退屈なことになって、レヴィアなんか眠ってしまうんじゃないかと思えるほどだ。
「どこに行くかも大事だけど、誰と行くかが一番大事だから」
「まあ、それは確かにな」
「あたしは、何を知っても久遠のこと嫌いにならないから。だから……おねがい」
「レヴィアも一緒でいいか」
「うん。一緒がいい」
覚悟の決まった目をしていた。
俺も覚悟を決めようか。
あまりに恥ずかしい足跡も、全部、二人に知ってもらおう。
そこから静かに歩き続けて、フリースが暮らす廃寺に着いた。
無事に送り届け、別れの挨拶をしようとしたところで、突然、フリースは抱きついてきた。
「ちょ、フリース?」
転ばないように足を踏ん張り、フリースの背中に両手を回した。
抱きしめてしまった。
コイトマルのぬいぐるみがフリースとの間に挟まっているから、そこまで強い密着ではない。
それでも、普段とは違う行為に、俺は混乱させられた。
どうすればいいんだ。
何も言葉を掛けられないでいると、フリースは囁くようなかすれた声で言うのだ。
「明日、旅の計画を立てるから。久遠もレヴィアと二人で家にいてね」
「あ、ああ」
「おやすみなさい」
俯きながらフリースは言って、俺から離れた。
フリースらしくない姿だった。ばたばたと走っていった。新築の質素な木造平屋の扉の中へと消えて行った。