蛇足4 冬の三つ星(3/10)
レヴィアは、ぬいぐるみをキツい目でにらみつけていた。
おそらくレヴィアは今、自分が誰よりも活躍できていないことに対して、かなりの不満を持っているんじゃないか。
だってフリースは俺の頭に手を触れて冷やしてくれている。コイトマルも言葉の力で俺を元気づけてくれた。レヴィアだって、いてくれるだけでいいんだけどな。
それでも、レヴィアは自分だけが何もできていないと考えているに違いない。
状況を打破したかったのだろう。レヴィアは俺に話しかけてきた。
「ラックさん。昨日のことなんですが、実は、私のいちばんの友達がこっちの世界を見てみたいって言うから、連れてきたんですけどぉ――」
雑談で気を引こうと考えたようだ。いつもみたいに何気ない世間話をはじめた。しかしその時である。
「――ちょっと、レヴィア静かにして。こっちの世界は、氷魔法の加減が難しいんだから」
フリースが横から遮った。
二人の間に挟まれる俺。居心地が悪くて風邪が悪化しそうだ。
ていうか、あれ、ちょっと待てよ。こっちの世界では、魔法が使えないはずではなかったか。
フリースの修行の成果なのか、異世界の魔力がここにも流れ込んできているのか、コイトマルが喋って動けるようになったことと関係があるのか、詳しいことは不明だ。
いずれにせよ、この肌の冷たさは普通の体温じゃない。何らかの魔力がはたらいているように思える。
フリースの手の冷たさが増したのも手伝ったのだろうか、俺はぶるぶると少し震えてしまった。
それを見逃さなかったレヴィアが言う。
「あっ、みましたよ、ふるえました! ラックさん寒いんですね。あたためてあげます」
レヴィアはいきなり上着を脱ぎはじめた。
のみならず、その状態で、布団にもぐりこんできた。
「お、おいレヴィア、こんなとこ、俺の汗で濡れてるし、やめといたほうが」
小声で言ったが、きこえないふりをされた。
すこし目線をあげてみたら、フリースが蔑むような視線をレヴィアが入った布団のふくらみに向けていた。
一生くっつけないように氷漬けにしようか、とでも考えていそうな顔をしている!
さらに、心なしかフリースの手がいっそう冷たくなったような気がした。どうか勢い余って俺を氷漬けにはしないでほしい!
「ええと、レヴィア、ちょっと暑いかな。それに、こうも密着されてレヴィアに病気をうつしちまったら、罪悪感でどうにかなっちまうから、離れてくれないか?」
「だめです。ラックさんと一緒なら、よろこんで苦しみたいんです」
クールなフリースは呆れたように一つ息を吐いたが、続いて出てきた言葉に、俺はさらに混乱させられた。
「しょうがない。レヴィアは暑苦しいから、あたしの身体で冷ましてバランスをとる」
クールなはずでは?
俺は、「ちょ、フリース?」と言いたかったが、その言葉はかすれた。
なんとフリースも服をほとんど脱ぎすてて、肌面積を限界近くまで増やしたうえで布団にもぐりこんできた。クールさとは程遠い行動すぎる。一体、どうしてしまったんだ。
確かに彼女のなめらかな肌は冷たい。氷をあやつるだけのことはある。
なのに俺はいま、身体の芯からアツくてたまらないんだが。
どれくらい時間が経ったのだろう。緊張のなかで、三人でくっつきあって布団にくるまっていたところに、玄関のドアをノックする音が響いた。すぐに開く音がした。
「先輩ぁい、生きてますか~?」
まずい。鷺宮後輩だ。
大学院の仲のいい後輩で、いつも俺を煽り散らかしてくる女だ。こんなところを見られたら、何を言われるやら。
でも、俺は今、全くどうにも動けない。もうどうすることもできない。
「いやー、朗報ですよ先輩。ちょうどお米や卵が安くなってたんで、買ってきちゃいました。ごはんまだですかね? お粥でもどうです?」
後輩は、いつもの調子で勝手に部屋に入ってきて、そして、少し足音をたてた後で無言になった。
おそらく、目撃してしまったのだろう。
不自然に盛り上がりまくった布団。布団の近くに散乱している女物のセーターやブラウス。焦りに満ちた俺の顏。布団にもぐった二人の吐息。
隠す気が感じられない状況証拠から、尊敬している先輩の両手に美しい花が咲き誇っている状態を感じ取ったのだろう。
「……いやー、先輩。すみません。お邪魔でしたね。食材、自由につかってくださーい」
軽いノリで言い残して、後輩は去って行った。扉の閉まる音がした。
誤解だ、と言いたくなったけれど、誤解でも何でもなかった。風邪をひいているというのに二人の女性とイチャついているというのが、今の俺をあらわす言葉だ。
否定しようもない、紛れもない事実だった。
レヴィアというものがありながら、フリースとも深い絆で結ばれている。現代日本の制度に照らせば、敗訴確定でギルティ祭りが開催されてしまいかねない状況である。そりゃあ後輩も滞在時間十秒で逃げ出すというもの。
いや、でも、ひとつだけ言わせてほしい。これ、本当に幸せなのだ。
欲を言えば、健康な時にこれを味わいたいところだけどな。