蛇足4 冬の三つ星(1/10)
身体がだるい。
ずいぶん久しぶりに、風邪を引いた気がする。
思えば、異世界では状態異常になることはあっても病気にかかることはなかった。
そんなことを思い返してしまうほどに、俺はまだ現実ってやつに戻れていないのかもしれない。
俺の身体は羽毛布団に包まれて、仰向けで寝ていた。頭だけが外に出ている形だが、これだけ布団を羽織ってもなお肌寒さを感じる。
かなりの発熱があるようだ。
苦しげに浅い息を吐いたとき、右側から心配そうなレヴィアの声がした。
「あのラックさんが病気で倒れるなんて珍しいですね。もしかして魔力に酔っちゃったんでしょうか」
すると、右側からフリースのいつもより小さく優しい声がした。
「ありえなくもない。昨日のあたしの魔力に耐えきれなかったのかも……」
一体何の話をしているのかわからなかったが、フリースが自分の責任を感じてしまってるようだったので、自分なりに分析した体調不良の理由を口にしようとした。
かすれた声が出た。
「そんなわけないだろ。昨日、あまりの寒暖差だっただろ? それで調子崩しちまったみたいだ」
強く言い放ってやるつもりだったが、思いのほか弱々しかった。
レヴィアは、納得したように頷いて、
「だったら私もちょっぴり責任あると思います。だいたいフリースのせいですけどね」
などと何もかも意味不明なことを言いだした。
しかし、気になったのは内容よりも、普段の口調よりしおらしかったことだ。異世界での角を模したというツインテールも、元気なく垂れさがっているように見えた。
レヴィアの言葉を受けて、フリースは少しだけ不愉快そうに、
「元凶のレヴィアにそんなこと言う資格はないでしょ。あたしのせいってのは否定しないけど」
二人して責任を感じているようだったけれど、はっきり言ってわけがわからない。俺の体調不良に関係があるのは昨日の異常気象だけのはずだ。
レヴィアはもちろんのこと、フリースも、こちらの世界ではスキルめいたものを使うことができないのだから、天候を左右するなんて、出来るはずもないじゃないか。
人類の負の遺産を背負う必要もなければ、地球の気まぐれの責任をとる必要だって、絶対にないだろうに。
それでも、体調を崩して寝込んでいるときに一人だと心細いのは確かだ。一緒にいてくれて本当にありがたいとも思う。
さりとて、こんな状態の俺と一緒にいたら、二人にも風邪が伝染ってしまうかもしれない。それは一番避けたい筋書きだ。
「二人とも、ここにいてくれてありがたいんだが、なるべく同じ部屋にはいない方がいいぞ」
と言ってはみたものの、ワンルームのアパートだった。ここ以外の部屋となると、廊下とか、ベランダとか、押し入れとか、トイレとか、風呂とか、そういう場所になってしまう。
やはりと言うべきか、二人は聞きいれず、俺の寝ているそばに留まり続けた。
「本当にいいのか? 二人とも冬休みなんだろ。俺のことなんか放っておいて、遊びに行ったっていいんだぞ」
レヴィアは首を横に振った。ツインテールがぶんぶん揺れた。
「みんなで冒険の旅に行きたいって言うつもりだったけど、でもラックさんを放って行くわけにはいかないです」
冒険か。たしかに行きたかったな。こっちの世界でもいいし、異世界マリーノーツでもいい。俺のせいで予定を乱してしまって残念だ。
フリースも叱るような口調で、
「いまのラックを一人にはできない。風邪をナメてはダメ。風邪で命を落とす人だっている」
たしかにそうだ。幼い頃、母親に連れられて行った病院で、「薬だけくれませんか」と言った母が医者から叱られていたことがあった。風邪をなめてはいけない。風邪というのは大半が何らかのウイルスが原因なのだから、ちゃんと調べて相応しい対応をすべきなのだという。
早い話が俺もさっさと病院に行くべきということである。
流行りのひどい感染症じゃないことは確認したいし、この耐え難い倦怠感と、のどの痛みと発熱を緩和して、少しでも楽になりたい。
けれども、やはり今はまだ無理か。だいぶ症状がひどいため、ちょっと動けそうにないな。
しばらくすると、レヴィアが立ち上がった。
踏み台を運んできて、棚の一番高いところに飾ってあったものを手に取った。
フリースが「何してるの?」とたずねると、レヴィアは、「おくすりです」と返した。
レヴィアの手に握られているのは、どこから持って来たのか、黒光りした巻角だった。断面はぼろぼろで、綺麗に切りとられたというよりも、叩き折られたような形状だった。
異世界での記憶がよみがえってくる。
フリースに無理矢理口に突っ込まれたことのある劇薬。
あれマズいやつだ。