蛇足3 ある冬の日の出来事(3/3)
人型になるのを嫌がっていたペティ・アッパーだったが、すっかり戦意喪失して、レヴィアにしがみついて震えていた。
「うぅ……こんな強いのいるなんて聞いてない……」
「ペティちゃん、約束ですよ。お願い、きいてくれますよね」
そばかす娘はうなずいた。
戦いの後のこのまちは、半そででも汗ばむような気温になった。冬の日のなかでは、観測史上の最高気温を叩き出した。
★
公園にあったベンチには、二人の女の子が並んで座っていた。
角が片方になってしまった人形つかいに合わせるように、レヴィアも片方の髪をほどいてサイドテールにしていて、おそろいを求める二人の仲の良さを感じられる景色だった。
レヴィアの横には、折りたたまれた分厚いコートが置かれていた。
反対側、ペティの横には、折れてしまった彼女の角が置かれていた。
日差しこそ柔らかいものの、冬とは思えない蒸し暑さに、半そでのレヴィアは汗だくでグッタリしていた。
この世界の住人ではない人形使いは、暑さも寒さもさほど強くは感じないため、厚手の長袖シャツでも涼しい顔をしていた。
魔族の人形使いペティ・アッパーは、人の姿のまま、人形作りをはじめた。
レヴィアの着ていた服や、かぶっていた帽子から布や糸をとり、普段から持っている細長い棒を使って編みものを始めた。
少し前にみた氷の巨像を思い出しながら、頭の中の設計図を形にしていく。実に器用な手さばきで、パーツを揃えていく。
その様子を、暑さにやられて苦しげな顔で、レヴィアがずっと見守っていた。
腕や脚、胴体と頭、大きな翼、触角。
それぞれのパーツをベンチの上にきれいに並べた。
興味津々のレヴィアが触ろうとして、「こら」と手を叩かれ怒られたりしていた。
針に一瞬で糸を通し、ペティは鮮やかな手つきで、全てをつなぎ合わせた。非常に細かな作業だった。
最後に、ペティは青いリボンを人形の首にかけて前側を蝶の形で結んだ。そして、人形を両手で握りこみ、心を込めた。
人形スキルが発動した。
抱えるのにちょうどいいサイズの可愛いらしいぬいぐるみに、コイトマルが宿った。
異世界じゃなくてもスキルが使えたのは、異世界へと続く小さな池の近くだったからだろうか。
これでコイトマルは、自分で世界を歩き回ったり飛び回ったりすることができる。
すぐに、ぬいぐるみは産声をあげた。
「最ッ高の気分ですぅ。この器は、すごくコイトマルにフィットしていますね。久しぶりに、ちゃんと自分の身体で動ける感じがします」
レヴィアは作戦が順調なことを喜び、にこにこ笑いながら語り掛ける。
「よかったですね。コイトマルさんは、新しい身体で、何を最初にやりたいですか?」
「そうですねぇ。ラックさんと話したいです」
「それはとてもいいですね。ぜひ、フリースと一緒にいるときに、いっぱいラックさんに話しかけてください」
「うーん、ご主人の幸せを願う身としては、そういう場面では黙りこくっていたいものですがね」
「重たい約束なんでしたね。それは尊重しますけど……でも、じゃあ、何かそういう、ラックさんとフリースの間に何かがあったときには、教えてくださいね」
「わかりました。それくらいなら約束しましょう」
レヴィアと青髪のぬいぐるみは握手を交わした。
夏のような暑さに耐えられなかったようで、人形使いの女の子は「またね」と池に飛び込んでいった。
レヴィアはコイトマルを手に持って、二人暮らしのアパートへと帰っていく。
公園の花壇に植えられていた花や、川沿いに並ぶ桜などの中には、季節を間違えて咲いているものもあった。
★
レヴィアがコイトマルを抱えてアパートに帰った時、明かりは落とされた真っ暗だった。鍵がかかっていない不用心さに少しだけ腹を立てながら、玄関の明かりをつけた。
――フリースは帰ったんでしょうか。コイトマルを探しに出たのかもしれませんね。
――戻って来たら、びっくりさせてあげましょう。
そして、部屋の明かりをつけたとき、びっくりしたのはレヴィアのほうだった。
制服すがたのフリースが、暗い部屋のなかで無言で待ち構えていたのだ。
ただならぬ雰囲気に、レヴィアは身構え、絞り出すように、
「た、ただいま」
フリースは冷たい声でこたえる。
「おかえり。何かいうことは?」
「ええと、なんでしょう。そうだ。フリースにプレゼントしたいものがあるんですけど……」
「ねえ知ってる?」
「え」
「契約イトムシの耳がききとったことって、全部あたしにも筒抜けなんだよね」
「そ、そうなんですね」
「で? なんでコイトマルを動ける姿にしてくれたんだっけ?」
レヴィアのコイトマルを抱く力が強まった。もはや何もかもばれている。焦りから、手汗もにじみ出し、コイトマルを少し湿らせた。
「だから、その……プレゼントと――」
「ちがうよね?」
「えっ、えっとぉ……」
「あたしとラックが二人のときに、いいムードにしないためとか言ってたよね?」
「いいましたっけ? そんなこと。ペティちゃんがキレて暴れちゃったせいで、記憶がなくなっちゃいました」
「本当、しょうがないわねレヴィアって。でもまあ、いつでもコイトマルと話せるようにしてくれたのは、本当にうれしい」
「あっ、そうなんですね! あはは。なんだ。じゃあ、怒ってないんですね」
フリースは微笑みながら、無言で手を差し出した。
「あ、これ知ってます。仲直りの握手っていうんですよね」
レヴィアは無邪気に手を握った。とても冷たかった。あまりにも冷たくて、
「痛い、痛い、つめたっ、あっあっあっあっ……」
そして苦しみに息をもらしながら、レヴィアは自分の過ちを認めたのだった。
「ごっ……ごめんなさい」
「わかればいいよ、ありがとう」
その日、そのまちは、観測史上最も寒い夜になった。
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