蛇足1 七月はじめの再会(5/7)
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「お風呂で後輩さんから聞いたラックの住所は、目がさめても憶えてた。だから、勇気を出して上京してみたんだけど、全然知らない人が住んでたの。
ラックのいる大学の名前も知ってたから、研究室っていうところに入り込んでみた。今じゃ無理だろうけどさ、むかしはセキュリティなんて甘あまだったから。でも、そこにラックはいなかった。
少し考えて、『ああ、時間がずれてるんだ』って気付いた。絶望したなぁ、あのときは。やがて出会えるんだってことは確信できたけど、いざその時が来ても、もうこっちはすっかり、こんなふうに、年を重ねてしまっているわけだからね。
それでも諦めきれなくて、予言者エリザマリーの暗号を一緒に解いた記憶があるはずだから、なにかそれと気づく痕跡を残しておくことにした。そうすれば、きっとすぐに、『アオイさんが呼んでる』って、駆けつけてくれると思った。ラックの通うはずの研究室に忍び込んで、大事なものが入っていそうなところにノートを入れた」
「これっすか」
後輩は言いながら、シミのついたノートを差し出した。
「うん。そう。なつかしい。……でもね、待っても待っても、ラックが大学に入る年になっても、卒業する季節になっても、全然会いに来てくれなかった」
「そんなこと言われても、今日になって、はじめてこのノートが発見されたわけで……」
「言い訳かっこわるいよ」
「いや本当、俺にはどうしようもなくない?」
こういうの、逆恨みっていうんじゃない?
ていうか、本当にさ、ノートが発見された今日の今日に、この場所まで辿り着けたことを、むしろ褒めてほしいものだ。
そして、そんなノートをずっと残してくれていた研究室の諸先輩がたの、ある意味で厳重な管理能力も考慮に入れてほしいものだ。
そんなことを考えていたら、アオイさんはボソリと呟くように、
「目が合ってすぐ気付いてくれなかったのは、ひどいでしょ?」
「あーまあ……。でもすみません。アオイさんが、俺のことずっと長いこと待っていてくれてたとしても、俺は――」
「違う違う違う、違うよ。別にラックのこと好きとかじゃないし。全然だし。待ってないし。ラックとはほら、一緒にいろんな世界の秘密を解き明かしたいなって、それだけで」
たぶんこれは嘘が含まれている。俺は追い討ちをかけることを心苦しく思いながらも、慎重に言葉を選ぶ。
「俺としても、アオイさんとは、これから先も、その、ずっとパートナーでいたいんだ」
慎重に選んどいてこんな誤解を招くクソみたいな言い回しかよと自分でも思ったが、半分パニック状態なんだ。許してほしい。
俺が願望を口にした時、鷺宮後輩が、「わーお」とか言った。
「い、いやパートナーってあれだぞ、世界を研究する相棒ってだけの話だぞ」
「あー、じゃあ、つまり碧池さんは、わたしのライバルってわけっすね」
「お前ただの出来の悪い後輩だろ」
「ひっどォ」
そしたらアオイさんが俺の眉間を指差した。
「ラック、いろいろギルティだよ」
「なんでだ」
「女の子は大切にしないと。誰もお嫁さんになってくれないよ」
「大丈夫だ。誰がどう言おうと、俺の嫁はレヴィアだけだからな」
「うわっ、もうこっちの世界に戻って来て長いでしょ? まだ諦めてなかったんだ。超しつこいんだね、ラックは」
アオイさんは、すでにレヴィアがこちらの世界に来ていて、すでに俺と一緒に住んでいるなんてことを知らないようだった。
何と説明したらいいか言葉を探していると、後輩が横からずずいと割り込んできた。
人差し指を立てて説明する。
「それがっすねぇ、碧池さん。事実なんすよ」
「え?」
「レヴィアさんという人は、なんと先輩のカノジョさんなんすよ」
「え……」
これまで見たことのないほどの絶望の表情を見た。どういうわけか、俺はアオイさんから、思いのほか好かれていたのだった。
以前に後輩から、「先輩髪の長いきれいな人に、めっちゃ愛されてましたよ」的なことを聞いてはいて、マジかよと思っていたものだが、どう見たってこれはマジなやつだ。
こう言うと、自惚れてるみたいだけども、なんだかんだで俺との奇跡の再会を嬉しがっていたアオイさんは今、天国から地獄に落とされたような心境なのかもしれない。
えっと、これは、どうやってフォローしたらいいものか。
おろおろしかけていたら、見かねた後輩が俺の方に顔を向けて、
「あれれ、先輩、いつものように言って来ないんですか? こういう時はたいがい、『今のは一つだけ間違っているぞ後輩。カノジョじゃなくて嫁だァ、二度と間違えるなよ』とかイキり散らかすじゃないっすか」
見かねたっていうか、これは……。
どうも後輩は、俺に似て無神経らしい。いや無神経っていうか、これもう煽ってるよね。俺に対してだけじゃなく、無差別煽りマシーンになってるじゃないか。
ストレスでも溜まってるんだろうか。いや、研究なんてものに真面目に取り組むっていうのは、苦しみと楽しみとストレスだらけではあるけれど。
しばらく無言で俯いていたアオイさんだったが、やがて顔を上げた。
「わかった。ラック、悪趣味だよ」
「何がわかった。どういうことだ?」
「人を驚かせて楽しむ、あれ、何て言ったっけ。テレビとかでよくやってたやつ」
「ドッキリのことかな」
「そうそれ。ドッキリなんでしょ? レヴィアちゃんと再会できてるとか、万が一にもありえないこと聞かされたときに、こっちがどう反応するかって楽しんでるんでしょ?」
「いや違う。万が一が有り得たんだ。フィフスディメンジョン・エリクサーっていう、時空を超える霊薬を使って、あいつが来てくれたんだ。紛れもない事実だぞ」と俺。
アオイさんはかすれた声で天井をみながら、
「そーんな必死にドッキリを続けなくてもいいのになー」
「先輩、まずいっす。碧池さん、現実逃避してますよ」と煽り散らかす後輩。
「お前ッ、今日ほんと何なの? 怒っていいか?」
「怒る度胸なんて先輩にあるんすか」
「クッ……」
そして、すっかり場をかき乱しまくった末に、鷺宮後輩は言うのだ。
「だからね、先輩。レヴィアという人が本当に存在するってのを、証明するしかないっすよね」
「そうだよ! この目で見るまで信じない!」
あれ、これ、うまいこと後輩に誘導されてない?